第14話 食事会③

「謝罪は?」


「何も悪いことをしてないのに謝る必要ってあるの?」


 珠唯すいさんに連れられて嫌々やって来た食事会。


 珠唯さんと話して山中やまなか 紅葉もみじ達を待っていたらずっと建物の影から覗き見していた。


 そして最終的にはさも今やって来たみたいに「待った?」とふざけたことを言ってきたので店に入りこうして説教を始めようとしたのだが、悪気がないときた。


「むしろ感謝して欲しいぐらいなんだけど?」


「とりあえず聞こうか」


「優男だなぁ」


「帰るよ」


 隣でメニューを眺めている珠唯さんの手を取って立ち上がろうとすると「ヒューヒュー」と、うざい野次が飛んできた。


 珠唯さんは珠唯さんで「大胆……」とかふざけるし。


「なるほど。女子の群れに男が一人いると味方はいないのな」


「私は常に悠夜ゆうやさんの味方です。ただ悠夜さんをからかうのが好きなだけで」


「そうか。後で説教」


 いくら俺が珠唯さんにからかわれるのが好きだからって、女子しかいないこの状況ぐらいは味方でいて欲しかった。


 しかも説教をすると言っているのに「はーい」と手を挙げて喜んでいるし。


「紅葉ちゃんよ、やっぱりこの二人は付き合ってるの?」


「うちも気になった。というか聞くまでもないてしょ。もみちゃんが違うって言うから仲のいい先輩後輩として見ようとしたけど、さすがにねぇ」


「私も信じてないけど、佐久間さくまが認めないんだよ。だから透子とうこ亜美あみもそういう体で話進めて」


 なんで被害者の俺がそんな生暖かい目を向けられなければいけないのか。


 山中 紅葉がそういう人間なのは今更だから別にいい。


 問題なのは久しぶりに会ったのに俺をからかってくる二人だ。


「透子さんと亜美さんですか?」


「そっか、珠唯ちゃんは初めましてだよね。真ん中のパッと見はお嬢様みたいなのは倉中くらなか 透子」


「どうもです。私は大学に上がるタイミングでバイトを辞めたからが年下の女の子を連れて来るって紅葉ちゃんに聞いた時は驚いたよ」


「ん?」


「それで珠唯ちゃんの前に座ってるのか山田やまだ 亜美ね」


「まさか本当にが年下の女の子を連れて来るなんて、時の流れは人を変えるんだね。ちなみにうちは去年バイトを辞めたから珠唯ちゃんさんとは入れ替わりだね」


「……」


 二人の問題児が自己紹介を終えると、なぜか珠唯さんがジッと俺を見てくる。


 それはいいけど向かいのニマニマしたやつらはどうにかならないのか。


「何か気になることでもある? それとも気分悪い? それじゃあ仕方ないから帰ろう」


「何かにつけて帰ろうとするな。珠唯ちゃんからしたら気になることがあるでしょ」


「倉中さんとの自己紹介に変なとこあった?」


「わざとなのか? 佐久間の天然やばくない?」


 なんかいきなりディスられた。


 倉中さんと亜美も呆れたような顔をしてるし、まるで俺が何かしたように感じてしまう。


「……まえ」


「ん?」


「亜美さんのこと名前で呼んでます」


「あぁ、同級生に『山田』って何人かいたから」


「知ってますか? 私と悠夜さんのバイト先にも『島田』って二人いるんですよ?」


「そういうね、前にも言ったけど、女子の名前を呼べないんだって」


「矛盾してます!」


 確かにとてつもないブーメランだ。


 亜美が実は男とかいう事実はないし、このままでは誤解が誤解を生んで大惨事になる。


「まずね、亜美とは同じ部活だったんだよ。それで多少は絡みがあって、いつの間にか名前で呼んでた」


「大事なところを飛ばしてます!」


「正直きっかけとか忘れた。何かあった?」


「んー、みんなうちのことは『亜美』って呼んでたし、が呼び始めた時も気にならなかったから多分スルーしたと思う」


「だよね」


「じゃあ私のこともいつの間にか呼んでください」


「それは無理だよ」


 恥ずかしいから。


「……」


 珠唯さんが拗ねて俺の足を叩いてくる。


「珠唯ちゃんさん、多分だけどはうちのことをなんとも思ってないんだよ」


「なんとも?」


「そう。中学の時のって、ほんとに一匹狼みたいだったからね。人に一切興味がない感じで、話しかけられたら相づちを打つぐらい? 自分から話しかけるなんてめったになかったよね?」


「ない。というか今もそう」


 一匹狼かどうかは置いておくとして、俺が誰かに話しかけるなんて本当になかった。


 部活中はそれなりに話したりしてたけど、やっぱり自分から話しかけることはない。


「えっと、つまりどういうことですか?」


はうちに興味がないから名前で呼べるんだよ。だけど珠唯ちゃんのことは意識しすぎて名前を呼ぶのが恥ずかしいってこと」


 珠唯さんが勢いよく俺の方を向く。


 いや、向かれても困るんだが?


「俺はそう言ったでしょ」


「……って、騙されませんよ!」


「既視感。どうした?」


「それを言うなら紅葉さんのことだって名前で呼ばないじゃないですか!」


「確かに」


 珠唯さんの言う通りで俺は山中 紅葉を名前だけでなく名字ですら呼ばない。


 心の中ですらフルネームだし。


「それは私が説明しようかな」


 どうやら俺が山中 紅葉の名前を呼べないことにも理由があるようで、それをなぜか倉中さんが説明してくれるらしい。


ってさ、私のこと名字で呼ぶでしょ?」


「そうですね。基本的に悠夜さんは女の人のことは名字で呼びます」


「うん。亜美ちゃんと珠唯ちゃんの場合は同じ名字の人がいるから名字で呼ばないようにしてるんだろうけど、じゃあなんで同じ名字のいない紅葉ちゃんのことも名字ですら呼べないのか。それはね、距離感だと思うんだよね」


「距離感ですか?」


 倉中さんの立てた人差し指に全員の視線が集まる。


「亜美ちゃんのことは呼べて珠唯ちゃんのことは呼べないのも同じ理由なんだろうけど、は仲が良くなると名前が呼べなくなるんだよ」


「普通逆じゃないですか?」


「普通はね。だけどの場合って、仲がいいってわけじゃない相手のことは興味ないでしょ?」


「亜美さんもそう言ってましたね」


「だからそういう相手にはどう思われてもなんともないから普通に呼べるんだよ。だけど珠唯ちゃんとか紅葉ちゃんみたいに仲がいい相手には嫌われたくないから接し方を丁寧にしてるんだと思う」


「なるほどです」


 珠唯さんと同じように俺も納得してしまった。


 確かに倉中さんの言う通りで、ぶっちゃけ倉中さんと亜美にどう思われようと気にならない。


 だけど珠唯さんと、一応山中 紅葉には嫌われたくないと思っている。


 それと倉中さんの言った『距離感』というやつのせいか、山中 紅葉を『山中さん』と言うのも嫌だ。


 それはわかってたことだけど、さん付けで呼んだら絶対にからかわれるのがわかっているから。


 だからって『山中』と呼ぶのもなんか違う気がするし。


「ほうほう、つまり佐久間は私のことが大好きすぎて名前が呼べないと」


「は?」


「照れんなよ」


「キレたんだが?」


「まったく、珠唯ちゃんっていう子がいるのに私のことが好きとか」


「……」


「これは地雷だったか。失礼」


 俺が本気でキレたことに気づいた山中 紅葉が頭を下げてくる。


 こういう、悪いと思ったことは素直に謝れるところがあるから嫌いになれないんだ。


「律儀な私に惚れたか?」


「もういいよ」


「呆れられた。まぁ実際のところさ、そろそろ私のこと名前で呼ぼうよ。さすがに寂しい」


 山中 紅葉が小さく笑いながら言う。


 確かにこうしてよく話すのに名前が呼べないなんて失礼ではある。


 だから頑張ってみる。


「やま、なか……さん」


「お? 下の名前」


「もみ、じ……さん」


「いいね、次はちゃんでいこう」


「それは無理」


 今まで呼んでなかったのを呼ぶだけでも難しいのに、ちゃん付けなんてできるわけがない。


 いや、マジで。


「えー、頑張ってよー」


「紅葉ちゃんすごい楽しそう」


「ほんと。こんな生き生きしてるのも珍しいね」


「そうなんですか? 紅葉さんって元気なイメージでしたけど」


「元気だよ? だけどダウナー系ではあるから、基本はここまでならないんだよ」


 倉中さんの言う通りで、中学時代の……山中 紅葉はここまで人をからかうような感じはなかった。


 だからバイトで再会して話すようになった時は少し驚いたのを覚えてる。


「私のことはいいの。じゃあちゃん付けはいつかしてもらうとして、呼び捨てにしよ。せっかくだから私も下の名前で呼ぶから、悠夜も私のこと紅葉って呼んで」


「紅葉……」


「……ありがと」


 なんか微妙な雰囲気になった。


 向かいの二人はニマニマした顔で俺と山……紅葉のことを見てくるし、隣の珠唯さんは頬を膨らまして睨んでくる。


「や、やっぱり呼びがいいかぁ?」


「照れ隠しでそういうのしなくていいから」


「それです!」


 珠唯さんが体をこちらに向けて少しだけ身を乗り出してきた。


「何が?」


「そのってなんですか?」


「あぁ、それは──」


 楽しい時間はあっという間だ。


 俺が珠唯さんに謎の『さくくん呼び』について話そうとしたら、嫌な気配を感じた。


 俺がこの場に来たくなかった理由。


 少し遅れてやってくると言われたけど、もっと遅れて良かったのに。


「遅れた。なんか変なのも居るけど、その分いいのが増えてるからいいか」


 さぁ、俺は頑張れるだろうか。


 頑張って帰った後に珠唯さんの頭を撫でることを考えて頑張ってみる。

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