第27話 揺れる決断

ソウルの夜は静寂に包まれていたが、ルナの心は激しく揺れていた。父が遺した手帳、その中に記された数々の名前と取引記録が彼女の脳裏に焼き付いていた。特に「北朝鮮」という単語が、彼女の中で大きく響き続けている。父カン・ジョンウが単なる財閥のトップであるだけでなく、国家の裏で何か重大なことに関与していた事実を、彼女はどう受け止めるべきか迷っていた。


「お父さんがこんなことを…」


ルナは手帳をじっと見つめながら、ソファに腰を下ろした。その目は驚きと怒り、そして深い悲しみに満ちていた。彼女の脳裏には、幼い頃の父との思い出が蘇っていた。冷たく厳しい父の背中を追い続けていたあの頃、彼が本当に自分を愛してくれていたのかどうかさえ、いまは分からなくなっていた。


その時、テジュンが無言で隣に座り、手帳をちらりと見た。彼の表情もまた、硬く引き締まっている。二人はしばらく言葉を交わさず、ただ互いの存在を感じながら時間が過ぎていく。


「どうする?」テジュンが重い声で口を開いた。「この手帳…どうやって扱うべきなんだろう?」


ルナは黙ったまま、考え込んでいた。すべてを公表すれば、父の遺産はすべて崩れ去る。ジェハン財閥だけでなく、国家そのものに大きな影響を与えるかもしれない。しかし、真実を隠したままにしておくことは、自分自身を裏切る行為にも思えた。


「本当に…どうするべきなのか分からない。」ルナは小さな声で答えた。「でも、このまま放っておくわけにはいかない。お父さんが何をしていたのか、真実を知りたい。」


テジュンは軽く頷き、深く息を吐いた。「そうだな。でも、その代償は計り知れない。俺たちだけの問題じゃないんだ。」


二人は再び沈黙したが、その沈黙の中には互いに対する理解と支えがあった。どちらも、今後の行動が自分たちだけでなく、韓国全体に影響を及ぼす重大なものであることを理解していた。


数日後、ルナとテジュンはシン・イェジンの手配で、秘密裏に活動している情報機関「SIGMA」の本部に招かれた。父が設立したこの機関が、国家の安全保障に深く関わっていることを初めて知った二人は、目の前に広がる巨大な情報ネットワークに圧倒されていた。


「ようこそ、SIGMAへ。」シン・イェジンが冷静な声で迎え入れた。彼女は黒いスーツに身を包み、鋭い眼差しでルナとテジュンを見つめている。「ここが、あなたたちの父が残したもう一つの遺産です。」


広大なモニタールームには、韓国内外の情勢がリアルタイムで映し出されており、複数のエージェントがそれぞれのモニターに向かって忙しなく情報を確認していた。スクリーンには、北朝鮮や他の国々に関する情報が次々と流れ込み、その全てが重要な意味を持つことが感じられた。


「これは…一体?」ルナは思わず呟いた。


「あなたの父が国家を守るために作り上げた組織です。表向きにはジェハン財閥の資産運用に見えますが、その裏では、韓国を守るために必要な情報戦を行っています。」シン・イェジンは淡々と説明した。


「お父さんが…こんなことを…」テジュンは言葉を失っていた。


「彼は常に、国家を守るために行動していました。あなたたちが知らなかったのも無理はありません。これは極秘のプロジェクトでしたから。」シン・イェジンは続けた。「あなたたちは、この遺産をどう扱うか、決めなければならないのです。」


ルナは迷いながらも、シン・イェジンに問いかけた。「父は本当に、これを韓国のために作り上げたの?それとも、彼自身の権力を守るために?」


「それは、あなたたち自身が判断することです。」シン・イェジンは静かに答えた。「しかし、ここに記された情報は確かです。北朝鮮が韓国に対して仕掛けている数々の攻撃、その裏にはさらに大きな勢力が関与しています。」


ルナとテジュンは顔を見合わせた。彼らが背負うべきものが、予想以上に重いことを改めて実感していた。


「この情報を使えば、北朝鮮の動きを止めることができる。でも、その代わりに、父が関与してきた裏の顔も暴かれることになる。」テジュンが冷静に話した。


「それが、この戦いの現実です。」シン・イェジンは冷徹な表情で答えた。「すべてを守ることはできません。何かを守るためには、必ず代償が伴うのです。」


「じゃあ、私たちは何を選べばいいの?」ルナは焦燥感を隠しきれずに問いかけた。


「その答えは、あなたたち自身で見つけるしかありません。」シン・イェジンは彼女の目を真っ直ぐに見つめた。「あなたたちには、そのための力が与えられたのです。」


その言葉に、ルナは深く考え込んだ。彼女の頭の中では、父がどのような人物であったかという疑問と、これから何をするべきかという問いが渦巻いていた。だが、まだその答えは見つからない。


夜、ルナは一人でSIGMAの施設内を歩いていた。巨大なスクリーンに映し出される無数の情報、そして行き交うエージェントたちの姿を見ながら、彼女は自分の存在がこの大きなシステムの中でどう位置付けられるのかを考えていた。


「私には、こんな大きな責任を背負う覚悟なんてない…」


そう呟いた瞬間、背後から足音が聞こえた。振り返ると、テジュンが近づいてきていた。


「まだ迷ってるのか?」テジュンは優しく尋ねた。


「当然よ。」ルナはため息をついた。「これから何を選ぶべきなのか…父が私たちに何を望んでいたのかさえ、分からない。」


テジュンは少し考え込み、やがて小さく微笑んだ。「父さんが何を望んでいたかなんて、もう関係ないさ。俺たちは、俺たちの選択をすればいいんだ。」


「そうね…でも、それが簡単じゃないことも分かってる。」


「簡単じゃないさ。でも、俺たちはもう大人なんだ。これをどうするかは、俺たち次第だろう。」


ルナは兄の言葉に少し勇気をもらい、微笑んだ。「そうね、ありがとう。」


二人はしばらく言葉を交わさずに歩き続けた。SIGMAの本部の中で、国家の未来を担う選択肢が迫っていることを感じながら、彼らは次第に強い決意を固めていった。


---


ルナとテジュンが揺れる心を抱えながら、国家を守るために隠された情報機関「SIGMA」と向き合う日々が続いていた。彼らの父、カン・ジョンウがどれほど深く国家の裏側に関わっていたのか、その真相を突き止めるために二人は動き始めた。しかし、今彼らが立っているのは、あまりにも重い責任と陰謀の狭間に揺れる場所だった。


「ルナ、テジュン、ここに来てくれ。」


シン・イェジンの冷静な声が響く。彼女が案内したのは、SIGMAの地下にある秘密のファイル保管室。そこには、ジェハン財閥が築き上げた莫大な情報資産と、国家の裏側で交わされた無数の契約や取引の記録が保管されていた。


「ここにすべてがあるのね。」ルナは、無数に並んだファイルの山を見上げた。


「そうだ。この部屋には、あなたたちの父親が過去に行ったすべての取引や、国家との協力体制の記録が詰まっている。あなたたちがこれからどう進むべきか、そのヒントはここにあるかもしれない。」


シン・イェジンは、冷たい眼差しを二人に向けながら、ゆっくりと説明した。彼女は、ルナとテジュンにとって重要な存在でありながら、その裏には何かを隠しているような雰囲気が漂っていた。


「ここにあるのは、すべて事実。これが私たちに残された父の遺産ね。」テジュンは、棚から一冊の古びたファイルを取り出し、ため息をついた。


ファイルを開くと、そこには一連の取引記録が並んでいた。特に目を引いたのは、北朝鮮の政府高官との秘密裏のやり取りに関する書類だった。それは、単なるビジネス取引ではなく、国家の裏側で動いていた影の交渉であり、ジェハン財閥が韓国の安全保障にどれだけ深く関わっていたかを示す証拠だった。


「これが父のやっていたことなの?」ルナは、驚愕の表情を浮かべた。「父は、国家の安全保障を守るために北朝鮮とも取引をしていたなんて…」


「彼は国家を守るために手段を選ばなかった。それが、あなたたちの父親の本当の姿だ。」シン・イェジンは冷淡に言い放つ。


「でも、だからって…こんなこと…」ルナは言葉を失いかけた。


「ルナ、冷静になれ。」テジュンが優しく肩に手を置く。「今は感情で動くべきじゃない。これをどう扱うかが、俺たちの未来を決めるんだ。」


ルナは頷き、ファイルを握りしめた。「そうね。感情で動いては駄目よね。でも、父のやってきたことが正しいのかどうか、私にはまだ分からない。」


「それを判断するのは、君たち次第だ。」シン・イェジンは静かに言い、立ち去った。


その夜、ルナは父の残した手帳とファイルを広げ、ひとりで部屋にこもっていた。手帳には父が書き残した暗号のようなメモが無数に書き込まれていた。北朝鮮の高官との接触記録や、国家機密に関わる取引の痕跡が、手帳のページをめくるたびに浮かび上がってきた。


「お父さん、いったい何をしていたの…?」


彼女の心の中で、父親に対する感情が次々と交錯していく。尊敬と裏切り、愛情と憎しみ。そのどれもが彼女の胸に重くのしかかっていた。


突然、テジュンがノックもせずに部屋に入ってきた。


「ルナ、聞いてくれ。シン・イェジンがまた何かを企んでいるみたいだ。」


「何のこと?」


「彼女が俺たちに見せてくれた情報の一部に、重要なことが抜け落ちている。彼女は隠しているんだ、何か重大な事実を。」テジュンは焦りを隠せずに言った。


「重大な事実…?」ルナは驚きの表情を浮かべた。


「父さんが北朝鮮との取引をしていたことは確かだ。でも、彼が本当に守ろうとしていたものは、まだ全部が見えてこない。シン・イェジンが俺たちを利用している可能性がある。」


「それってどういうこと?」


「俺もまだ確証はない。でも、彼女が何かを隠しているのは間違いない。もっと深く調べる必要がある。」


ルナは一瞬考え込み、やがてテジュンに頷いた。「分かった。私たちで真実を探し出しましょう。」


翌日、二人は再びSIGMAの内部に入り、さらなる情報を探るために動き出した。シン・イェジンの監視をかいくぐりながら、彼女が隠している真実を突き止めるために、内部のエージェントに接触を図る。彼らは、SIGMAの中でも機密中の機密にアクセスできる数少ない存在であり、テジュンの父カン・ジョンウが最も信頼していた部下たちだった。


「このファイルを見てください。」一人のエージェントが手渡したファイルには、シン・イェジンが密かに進めていたプロジェクトの詳細が記されていた。


「これは…」テジュンはその内容に目を見張った。


「彼女は北朝鮮と単に取引をしているだけじゃない。彼女は、ジェハン財閥を完全に掌握し、国家の裏側で動かす計画を進めているんです。」


「どういうこと?」ルナは焦りを隠せずに問いかけた。


「シン・イェジンは、自分の野心のためにジェハン財閥の全資産を利用しようとしています。彼女が密かに動かしている取引の背後には、さらに強力な国際的な勢力が関与しています。彼女は、財閥と国家の力を一つにして、自分が韓国の裏側を支配することを目論んでいる。」


その瞬間、ルナの中で何かがはじけた。父親が守り続けたジェハン財閥が、シン・イェジンという野心家の手によって利用されようとしている現実が、彼女の心に重くのしかかる。


「そんなこと…許せない。」ルナは静かに呟いたが、その声には強い決意が込められていた。「私たちがこの財閥を守る。父のやり方が正しかったかどうかは別にして、これ以上彼女に好き勝手させるわけにはいかない。」


テジュンもまた、力強く頷いた。「俺たちが動くしかないな。」


その夜、ルナとテジュンは父親が遺した財閥と国家の運命を背負い、新たな戦いに身を投じる決意を固めた。彼らが守らなければならないものは、単に財閥の利益だけではない。韓国の未来、そして国家の裏側で進行している陰謀を暴き、正しい道を選ぶ責任を感じていた。


「行こう、テジュン。私たちがこの道を切り開くんだ。」


兄妹は再び強い絆を確かめ合い、次なる一手を打つために動き出した。その先に待ち受けるのは、さらに深い陰謀と裏切り、そして彼らの運命を変える新たな真実だった。


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