第16話 兄妹の葛藤

暗い路地裏を抜け、ルナとテジュンは疲れ切った体を引きずるようにして、近くの古びたカフェに身を潜めた。カフェは閑散としていて、客はほとんどいない。二人は誰にも気づかれないように奥のテーブルに腰を下ろした。


カフェの窓の外には、まだ湿った路地が広がり、遠くで響く警察のサイレンの音がかすかに聞こえる。だが、二人の間に漂う静けさは、その外の音さえ遮るほどに重苦しかった。


ルナはテーブルに顔をうずめるようにして、何も言わずに深く息をついた。テジュンもまた、視線を落とし、言葉を探しているようだったが、しばらくの間、ただその場に佇んでいた。


やがて、ルナが静かに口を開いた。「私たち…兄妹だったなんて。」


その一言が、二人の心に積もる重荷をさらに際立たせた。ルナはその事実を受け入れようと必死だったが、どうしても心の中で折り合いがつかなかった。


「ずっと…父を憎んできたのに。母を失って、それをずっと恨んで…それだけが私の生きる理由だったのに…」彼女は声を震わせながら、感情を吐き出した。


テジュンは彼女をじっと見つめ、静かに頷いた。「俺も…父に疑問を感じながらも、彼に従ってきた。だけど、まさかお前が妹だったなんて…そんなこと、一度も考えたことなかった。」


ルナは苦しそうに笑い、手をテーブルの上に置いた。「そうよね。私たち、これまで何度も会っていたのに、ずっと敵対してきた。お互い、知らないまま戦ってきた…」


「兄妹としてじゃなく、敵として。」


その言葉に、二人の間に一層の沈黙が流れた。ルナはテーブルに置いた自分の手を見つめ、混乱と憤りが心の中で渦巻いているのを感じていた。母の死と父への憎しみ、そして自分を兄妹だと言われたテジュンへの感情――それらすべてが彼女を混乱させていた。


「私、どうすればいいのか分からない。」ルナは力なく呟いた。「母を守るために戦うべきなのか、それとも…」


テジュンが言葉を継いだ。「それとも、俺たちの父を許すべきなのか、か?」


ルナはその言葉にかすかに眉をひそめた。「許せるわけない。あの男が母を殺した。私の…すべてを壊した。なのに、今さら兄妹だなんて言われても…どうすればいいか分からない。」


テジュンは静かに頷き、彼女の気持ちを理解しているかのように言葉を選んだ。「分かるよ。俺だって、父のことを許せない部分はある。でも、俺たちが兄妹だと知った今…それでもお前と戦いたくはない。お前を失いたくない。」


ルナはその言葉に一瞬だけ動揺し、テジュンを見つめた。彼の目には、これまでとは違う真剣な眼差しがあった。今までは敵として、疑念を抱きながら向き合ってきたが、兄としての彼の姿がそこにあった。


「でも、私たちが選ぶ道によっては、また戦わなければならないかもしれない。」ルナはそう言いながら、心の奥底にある恐れを口にした。「私は財閥を倒すつもりだし、父を打ち倒すことを決めている。だけど…あなたはどうするの?」


テジュンは深く息を吸い込み、そして真剣な声で答えた。「俺はお前と同じ気持ちだよ。父のやってきたことには、どうしても納得できない。だけど、俺たちの戦いは本当にこれでいいのか、迷っている。」


「迷っている?」


「うん。」テジュンは窓の外を見つめ、遠くを見つめるように言った。「俺たちの母親たちは、違う理由で父を許さなかった。でも、俺たちはどうすればいいんだろう。復讐を続けることだけが正解なのか、それとも違う道があるのか。」


「違う道…?」


「お前も俺も、もう復讐だけで動くべきじゃないんじゃないかって思ってる。もちろん、父の罪は許されるべきじゃない。でも、俺たちは何かもっと大きな目的を見つけるべきなんじゃないかって。」


ルナはテジュンの言葉にしばらく耳を傾けた後、静かに息を吐き出した。「たしかに、復讐だけじゃ何も残らないかもしれない。でも…」


「でも?」テジュンが彼女を促すように問いかけた。


「私は母のために、戦わなきゃいけないって思ってる。母の遺志を継ぐために、ジェハン財閥を倒す。それが、私の選んだ道なの。」


テジュンは黙って彼女の言葉を聞き、そして再び頷いた。「分かった。でも、その戦いの中で、俺はお前を守る。兄として。たとえどんな結果になろうと、俺たちは一緒にこの戦いを終わらせるんだ。」


ルナはしばらく彼を見つめ、彼の決意を感じ取った。そして、深く頷き返した。「兄として、ね…ありがとう、テジュン。」


二人の間にあったこれまでの葛藤は、まだ完全に解決したわけではない。だが、兄妹としての新たな絆が今、ゆっくりと形を取り始めていた。


---


翌朝、街は穏やかに目覚めたかのように見えた。だが、その静けさを打ち破るように、ニューススタジオから緊急速報が流れた。大画面に映し出されたのは、ジェハン財閥本社ビルの映像。赤い警告灯が点滅し、ビルの周囲は警察や報道陣で溢れかえっていた。


「速報です。本日午前9時頃、ソウル中心部に位置するジェハン財閥本社ビルに武装したテロリストグループが侵入し、CEOであるカン・ジョンウ氏を含む幹部数名を人質に取っています。現在、警察特殊部隊が現場に急行していますが、状況は未だ不明です。」


画面に映るのは、ジェハン財閥の高層ビル。その頂上近くに位置するCEOのオフィスフロアが映し出されており、ビル全体が封鎖されている様子が見て取れた。


ルナはカフェのモニターでそのニュースを見つめていた。手に持っていたコーヒーカップが小さく揺れる。まさかこんなことが起きるとは思っていなかった。


「ジョンウが…人質に?」ルナは思わず呟いた。


一方、テジュンもそのニュースに釘付けになっていた。彼は信じられないという表情を浮かべ、すぐに立ち上がった。「くそ…」


ルナはテジュンを見上げ、「まさか…」と口を開いたが、次の言葉が出てこない。彼女の心は混乱していた。財閥を壊すことは自分の目的だったが、今の状況は予想を超えていた。ジョンウを救うべきなのか、それとも、このまま事態が進行するのを見守るべきなのか…。


---


場面転換: ジェハン財閥本社ビル内


ジェハン財閥の本社ビル内は、緊張と恐怖で包まれていた。武装したテロリストたちはビルの上層階を完全に制圧し、CEOのオフィスを占拠していた。


中央の大きなデスクに座らされているのは、冷静な表情を保ちながらも、内心は不安でいっぱいの**カン・ジョンウ**。彼は状況を見つめ、テロリストのリーダーと思われる男の動きを冷静に観察していた。


「お前がカン・ジョンウか?」リーダー格の男が冷たく言い放つ。


ジョンウは鋭い目で男を睨み返し、ゆっくりと頷いた。「そうだ。何が目的だ?金か?それとも…」


リーダーは笑みを浮かべながら首を振った。「金など興味はない。俺たちが欲しいのは、お前が隠してきた**真実**だ。財閥の腐敗と、その背後にある闇を暴くことだ。」


「真実…」ジョンウは小さく笑いを浮かべた。「そんなことのために命を賭けるのか?バカげている。」


「バカかどうかはお前が決めることじゃない。」リーダーは冷徹な声で言い放ち、ジョンウのすぐ近くに銃口を向けた。「だが、お前が隠してきたその真実が、今お前の命を左右することになる。さあ、話せ。すべてを。」


ジョンウは一瞬だけ考え込んだ。財閥の秘密――それは彼自身の力の源であり、これまで築き上げてきた帝国の根幹だった。それを暴かれるわけにはいかない。しかし、この状況下では、彼の人生が文字通り危機に瀕していた。


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場面転換: ルナとテジュンの決断


ルナとテジュンは緊急事態に追い込まれた状況を見つめ、何をすべきか考え込んでいた。二人の間には複雑な感情が渦巻いていた。カン・ジョンウは彼らの父親であり、これまでのすべての問題の源だった。それでも、彼を見捨てることができるのか――。


「どうする?」ルナが問いかけた。


「行くしかないだろう。」テジュンは短く答えた。「俺たちがやらなきゃ、誰も救えない。」


「でも、父を救うために命を危険に晒す価値があるの?」ルナの言葉には、迷いがあった。彼女は復讐のためにずっと動いてきた。だが、この状況では、復讐だけでは進むことができないと感じ始めていた。


テジュンは立ち上がり、彼女の肩に手を置いた。「父が何をしてきたにせよ、彼が死ぬのをただ見ているだけでは後悔する。俺たちは彼と向き合うべきだ。今こそ、その時だ。」


ルナはその言葉に黙り込んだ。テジュンの決意は固かった。彼女もまた、自分の心の奥底にある迷いを整理しようとしていた。そして、彼女は覚悟を決めた。


「分かった。」ルナは静かに頷いた。「行こう。これが、私たちの最後の戦いかもしれない。」


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場面転換: テロリストとの対峙


ジェハン財閥の本社ビルに潜入したルナとテジュン。二人は警察の包囲線を超え、秘密の入り口を使ってビルの中に入る。廊下は静かで、テロリストたちが上層階に集中していることが伺えた。


「気をつけろ。」テジュンが低く呟く。「ここからは何が起きるか分からない。」


ルナは頷き、手に持った武器を握りしめた。二人は静かに階段を上がり、CEOオフィスのフロアへと近づいていく。ジョンウが囚われている部屋が目の前に迫ってきた。

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