第35話

「……シオ?」


 不意に名前を呼ばれ顔を上げるとそこに居たのはサルサだった。しかしその姿はいつもとは違う。檻に囚われ、目は虚ろで焦点が定まっていないようで、何より拷問でも受けたかのように身体中傷だらけだった。


「サルサ……」


 檻の隙間をぬって手を伸ばし、治癒魔術で彼女の傷を癒す。しかしすぐに彼女の手が僕の手を払いのける。


「シオ……逃げ……逃げて………」


 虚ろな目のままサルサは言う。


「おぉすっげー!あのガキ、傷がもう治ってやがるぜアルシェ。もしかして手抜いた?」


「そんな筈無かろう。あれは常人なら確実に死ぬ量の出血だ、間違いない。」


「だよなぁ?お前にしてはやけにムキになってたもんなぁ?あれか?ご自慢の精神魔術が効かなくてムカついたかぁ?」


「うるさい。」


 アルシエルは不機嫌そうに答える。


「でもよ、あの猫獣人はなんで生きてんだ?バッカーハントの拷問に耐えられる奴なんかそうはいねぇぞ?」


「馬鹿め、あれはワザとと生かしているのだ。」


「そらまたなんで?」


「あのガキは、自分の命よりその猫獣人の方が大事なのだ。もし自害でもされたら困るのだろう。」


「……なるほどな。でもよ、そのサルサって猫獣人が死んじまったらどうすんだ?ガキが治したからいいもののあと少し遅かったら死んでたぜ?」


「その治癒能力を確かめるためだ、少し考えれば分かるだろう阿呆め。……しかしあの回復速度、噂なだけある。」


 アルシエルはそう吐き捨てるとシオの檻を開け、首を鷲掴みにして持ち上げる。


「がっ、あ……ぁ……」


 そしてそのまま地面へ叩きつけた。しかしそれでもなお、シオは意識を保っていた。そしてシオは気付く。囚われているのがサルサではなく自分だということに。


「このガキ、まだ生きているぞ?もう殺すか?」


「駄目に決まっているだろう、生け捕りにするのが旦那様の意向だ。だが、治癒能力の限界は確かめなくては。」


 アルシエルはそう言うとシオを地面に叩きつける。


「あ……ぁ……」


 そしてアルシエルはシオの腹を蹴り上げ、仰向けにさせる。そしてそのまま馬乗りになり、シオの首に手をかける。


「その辺にしておけアルシェ、口が聞けなくなったら興が冷める。」


 足音から察するに、一人の大男が歩いてきた。


「やぁやぁ初めまして、死克の闇医者殿。」


 振り返ると醜悪な笑みを浮かべた男が立っている


「死克?……」


 僕は聞き慣れない単語のため聞き返してしまう。


「ふむ……そうか、君は知らないのか。巷で自分がどう称されているのかを。いいかい?君は闇の界隈で半ば都市伝説のように囁かれているんだ。曰く『死をも覆す治癒魔術』、『死克の闇医者』とね。」


 大男は僕を見下すようにして言う。


「そして君はその噂に違わぬ治癒魔術を見せてくれた!………あぁ!自己紹介がまだだったね。」


「我の名はトリントン・バッカーハント、この迷宮都市スリムリンの領主である。」


 僕はこの醜悪な笑みを知っている。


…………これは僕の父親と同じ目だ。


────────────


「シオ……逃げて……」


 サルサが虚ろな目でうわ言のように繰り返す。その目には涙が溜まっていた。


「お前ら!サルサに何をした!!!」


 怒りに身を任せ、檻に掴みかかる。


「やれやれ、君はまだ自分の立場というものが分かっていないようだな。」


 そう言うとバッカーハントは檻の隙間から僕の頭を踏みつける。その足からは血と泥の臭いが漂い吐き気を催した。


「この猫獣人はな、お前のせいで死にかけてんだよ。」


 ネルケが僕にそう告げる。


「………僕のせい……」


 ネルケの言葉に呼応するかのようにサルサの目から涙がこぼれる。


「違う…違うんだ…シオは悪くないんだよ……」


 サルサは必死に訴えかける。しかし、その体は傷だらけで拷問を受けたことは明白だった。


「……そうだ!いい事思い付いたぜアルシェ!」


「そのガキの前でこの女を犯してやろうじゃねぇか!そうすりゃあもっといい顔を見せてくれるだろうよ!」


 ネルケは下品に笑いながら言うが、アルシェは興味無さげに傍観している。


「ははっ、そりゃいい!それでこそネルケだ!」


 ネルケの提案を聞いたバッカーハントは下品に笑う。


「やめて!嫌だ……何で…何でこんなこと……」


 僕は涙を流しながら懇願する。


「何で?……何故貴様のようなゴミにこの我が疑問を呈されねばならない?」


 バッカーハントが吐き捨てるように言う。その言葉に僕は絶望するしかなかった。彼は僕の檻の前に来ると髪を掴み僕を蹴り始める。


「なぜ!我が!貴様なんぞの!疑問に!答えてやらねば!ならんのだ!!」


 靴の仕込み刃により僕の体には無数の刺傷が生まれ、檻の中に血溜まりができる。バッカーハントはひとしきり蹴り終えると、今度は僕の頭を掴み上げ、そのまま壁に叩きつけた。


「あぁ、言い忘れていた。治癒魔術以外を使った瞬間、この猫は殺す。」


 バッカーハントはそう言うと、再び僕を地面に叩きつける。僕がサルサに目をやると既に彼女の元に剣を構えた男が立っていた。


「だからせいぜい治癒魔術で耐えてみせろよ?」

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