第33話
今日はヴェーラさんと会う日である。
僕たちの出立の日も近いがヴェーラさんは明日にはもうこの都市からおさらばするらしい。
正装で来てと言われたので以前変装で使ったスーツのようなパンツとジャケットを使い回し、待ち合わの場所へ向かう。
「シオくーん!」
と後ろから僕を抱きしめるように飛びついてくるヴェーラさん。
ちょっとだけ手の当たり所が悪かったのだ。未だに僕の身体からあの日の火照りが完全に抜けきっていないせいかもしれない。
「んッ...///」
とヤバい声が出てしまった。
「はぁ?」
ヴェーラさんのとても怖い声がした。
ヴェーラさんは僕を後ろからひとしきり見回し、恐る恐る襟を捲り首の傷を発見した途端
「あぁぁぁぁ!あぁぁぁぁ!あのクソ猫ヤリやがった!!」
とヴェーラさんがとても大きな声で叫ぶ。
「シオ君、その傷どうしたのかな!?」
すごく笑顔なのが逆に怖い。
僕はどう答えようか迷ったが正直に答えることにした。
「証です。」
「そっか、あのクソ猫がつけたんだね。」
「いえ、クソ猫ではなくサルサにつけてもらいました。」
その僕の言葉を聞いてヴェーラさんはしばらくの沈黙の後
「それは百歩譲っていいとして、さっきの可愛い声はなに?」
「そうだ、僕もヴェーラさんに聞きたいことがあったんです。」
「………何よ?」
僕はシャツの上部のボタンを外し、指を入れ、隙間から身体を覗けるようにする。
「男の胸に対して可愛いって思います?」
その瞬間ヴェーラさんは僕の手をパチンと叩き落とし、ついには手で顔を覆いしゃがみこんでしまった。
「そうだったわね、君はそういう子よね。」
「シオくん、そのことについてもじっくり話すからお店向かうわよ。」
今日はいつもより少し上層、ギルドや僕たちの宿がある場所とは雰囲気がまるで違う。少しリッチな感じがする。
僕はヴェーラさんの案内でとあるお店に着いた。内装も外装と同じようにオシャレなバーと言った感じだ。シャノとよく行っていたガールズバーとは違い明らかに格式漂う店。少し身が引けるような感じがする。
「ここね、私のお気に入りの店なのよ。やぁレヴィ、久しいわね。」
「ンだよヴェーラかよ……可愛いお客さん連れてんじゃねぇかコノヤロー。」
「あ、シオくん?今日は私が奢るからね?お金の心配はしなくていいから。」
「ほら!あそこに座って!」
僕は促されるままに席に着く。
「シオくんに今日は美味しいお酒の味を覚えて帰って貰います。」
「何か苦手な味とかある?」
「辛いやつはあまり……」
「レヴィ、だって。」
「人任せかよ、ちょっと待ってな。」
そう言うとレヴィさんはカウンターの奥へ消えていった。
「さっきのことは置いておいて、ひとまずシオくん、その首の傷はね、獣人にとって最上の愛されてる証拠なの。だからもっと自信持っていいのよ。」
なんだかこの人には全部見抜かれているようで変な気分だ。
「でもねシオくん、君は自分がエッチだということをもっと自覚するべきだわ?」
「…………は?」
「それはこの変態だけだから安心しな、可愛いお客さん。」
レヴィさんがいくつかのお酒の瓶を持ってやってきた。
「ホラよ。」
レヴィさんはテーブルの上にグラスを3つ置くと、それぞれの前にお酒の瓶を置いた。そしてヴェーラさんはロックアイスの入った入れ物を僕の目の前へ置いた。
「まずはこれ飲んでみな。」
僕は言われるがままに一口飲んでみる。するとそれは今までに飲んだことの無いような味だった。しかしとても飲みやすい。
「これは?」
「ン、いい反応だな。これはな『月見酒』っていうんだ、私が作ったんだよ。」
「え!すごい!」
僕は素直に驚く。
「君みたいなかわい子ちゃんが、それも恋人のいる子が無闇矢鱈に肌を見せるのはお姉さん関心しないなぁ。このヴェーラみたいな性癖イカれた奴は星の数ほどいるもんなんだよ少年。」
「私の性癖を酷い風評被害のように言わないで頂戴。」
「どうだか。」
ヴェーラさんは僕に向かって少し真面目な顔をする。
「いい、シオくん?率直に言うとね、君は脇が甘いの、甘すぎる。だから、これからはもっと気をつけること!いい?」
「………はい。」
「その顔またピンと来てないわねぇ。いい?他人にベタベタ触らない、人に素肌を見せない触らせない。シオくんだってサルサが他の男とベタベタしていたら嫌でしょう?」
「当たり前じゃないですか。」
「なら、シオくんにもそれはできるはずだよね!」
「………」
「だそうだ。」
「……はい……善処します……。」
「そこは善処じゃなくて『はい』でしょう…。」
シャノと飲んだお酒も美味しかったが今日のお酒は特段美味しい。味もさることながら見た目がいい。無くなるのが惜しくてチビチビ飲んでいると、ヴェーラさんが僕の顔を見てクスクスと笑う。
「そんなに気に入った?可愛いわね。」
_____________
しばらく飲んでいるとなんだか身体の内側から熱が広がっていくような、全身がポカポカになってきた。思考も鈍い、きっとこれが酔いなのだろう。シャノと飲んでいた時はここまで深酔いしたことは無かったから初めての経験だ。
横を見上げるとヴェーラさんはまだまだピンピンしている。
「はいシオくん、あーんして。」
「これなんですかァ?」
「骨付きソーセージよ。つまみってどうしてこういつもいつも味の濃い肉に帰ってきてしまうのかしらねぇ。………ってシオくん!?それ骨は食べちゃダメよ!?……え、君顎の力強いのねぇ〜じゃなくて、ほらシオくん、出しなさい……」
僕は鈍い頭を何とか動かしながらこれからの行先の候補や街の情勢などの情報交換をした。
そうして頭がトロトロに溶けてしまいそうになった頃。
「ねぇ、シオくん。聞いてもいいかしら。」
「んん?なにぃ〜?」
「君はどうやって生きてきたの?」
「(おいヴェーラ、さすがにそれは卑怯じゃないか?)」
「(分かってるわ、でもどうしても聞いておきたいの。)」
そんな二人の小声の会話に気づくはずもなく、僕はポツポツと動かない頭で言葉をつむぎ始める。
「僕は……、」
「うん。」
「僕はね……お母さんが死んじゃってから……お父さんがおかしくなっちゃって………」
「うん。」
「毎日殴られて蹴られて、10歳の時に犯されて………そこから僕を売り物にして…………毎日が地獄だった……」
「うん。」
ヴェーラはシオの頭を撫で、続きを促す。
「でも14歳くらいの時に……知らない人……絵里さんって人に引き取られて……普通の生活をした……でもその人も急に死んじゃって……」
「うん。」
「それから僕は……人生で初めて自分で決断しなきゃいけなくて……でも決められなくて……いつの間にか……あの路地にいて…」
「うん。」
「そしてサルサと出会って……」
「……そっか……」
「……うん。だから僕……今すごく幸せだよ?」
そう言って微笑む彼を見てヴェーラは少し涙ぐむ。
「そっか、そうだね。」
「……?」
レヴィは空気を読むために席を立った。その隙にヴェーラは小声でシオに囁く。
「君はね、もっと幸せを実感していいんだよ?もう君を傷つけようとする人は誰もいないんだから。」
「でも……僕は……汚れて……」
「それは違うわ、だって君の心はこんなに綺麗なんだもの。」
そう言って彼女は彼の胸に手を当てる。
「そっかぁ、そうなのかなぁ。」
そう呟くとシオの意識は落ちた。
離れた場所でレヴィが煙草をふかす。
「軽蔑するぜヴェーラ、てめぇどこまで分かってたんだ?」
「以前、軽く彼の身体を触診したことがあったのよ。あからさまではないけれど明らかに人に素肌を触られるのを嫌がっている節があった。上半身でも性的接触の多い首筋や胸付近は嫌悪よりも怯えが強くてまさかとは思ったけどあれほどとは……」
「あの子の魔法発現はやはりそれが原因か?」
「そうね、そう見るのが一番ね。恐らく治っているだけで身体中傷だらけだった可能性もあるわ。」
「んで、ヴェーラはどうするんだ?」
「どうするも何も。私はもう魔法に目覚めた、ただそれだけで無惨に殺される子供を見たくない 。それだけよ。」
「そうか、でもここ出るんだろ?」
「そうね、教会を潰すためにやれることはやっておきたいもの。ここは領主が外法に手を出した可能性がある。あなたも出ることを考えて方がいいわよ?元同僚からのありがたい警告よ?」
「へいへい、さすが元成績トップは優しいですね〜。………まぁ、互いに数え切れないくらい殺してきたんだ。精々長生きしよーぜ?」
「えぇそうしましょう。」
________
「シオくん、起きて。」
「んぅ……?」
僕は目を覚ますとヴェーラさんの膝の上で寝てしまっていたようだ。少し頭が痛い。
「……………ヴェーラさん……ごめんなさい………」
頭が鈍く言葉が中々出てこない。
「いいのよ、可愛い寝顔が見れたもの。サルサちゃんのところに帰りましょうか。」
ヴェーラさんはそう言うと僕を抱えてお店を出た。
「じゃあねレヴィ、次会うときは棺の中なんて嫌よ?」
「……墓にはなんて?」
「『焼き方はレアでもローストでも御自由に』って。」
「もう焼かれたあとじゃねーか。」
そうして僕たちはサルサが待っている宿へと向かった。
……………その道中。
「ねぇシオくん、君の好きなことはなに?」
「んう~、サルサと一緒に居ることかなぁ。」
「じゃあ嫌いなことは?」
「…………そんなのもう全部…全部忘れちゃったんだア~。人も……世界も…………ぼくじしんもぜんぶぜんぶきらいだったんだア。だからなんども……なんどもなんども…………」
___死のうとした。
「なんども?」
「……なんでもないぃ。」
_______
「テメェ、何もしてねぇだろうな?」
「当たり前でしょ?もうあなたのものなんだから。大体ねぇ、私は確かにシオくんを性的に見ていたわ、それは認める。でも今は元気に健全に育ってほしいというか…いえ、あまり育ってほしくはないけど……とにかく!もうこの子に手出そうなんて考えてないわ。」
「……そうかよ。」
「……ねぇ、サルサちゃん。」
途端にヴェーラの纏う空気が変わる。サルサもそれを感じ咄嗟にシオを抱えながら戦闘態勢に入ってしまう。
「この子を悲しませたりしたら私は必ずあなたを殺す。命乞いする暇もなく確実に殺す。」
そう言い残すとヴェーラは闇に消えたのだった。
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