第29話
「シオ!!行ったぞ!」
「りょー…………かい!!!」
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両手のナイフを熊型の魔物の眉間に突き刺す。この魔物のイグアベアという魔物。僕が知っているクマよりも一回り大きく、木の棍棒を振り回すBランク指定の魔物である。
僕たちと遭遇するやいなや力量を見定め僕ばかりを狙ってくるほどの狡猾さ。ある程度の魔術に対しての耐性に加え聴覚と水平感覚を奪う咆哮。
パーティ単位の俊敏性が低いと直ぐに全滅してしまうことで有名な魔物である。
その点僕とサルサはこの魔物に対して天敵と言ってもいい。
太くて長い棍棒は操作性に欠け、素早く動く僕やサルサに対して当たる気配は無い。咆哮も予備動作が非常に鈍重であり方向の予想が容易い。
サルサも僕も魔術はあくまで補助、メインは両手に握るナイフや短剣類である。もちろんイグアベアの皮膚は硬く、並の刃物は通さない。しかしこいつも生き物。急所は存在する。
「サルサ!」
「あいよ!!」
僕の掛け声と共に、サルサはイグアベアの懐に潜り込む。そして、ナイフを逆手に握り替え、その刃を根元まで突き立てた。
「グオオオォォォォ!!!」
イグアベアは痛みに悶えるが、その太い腕でサルサを振り払おうとしてくる。しかしそれは悪手だ。僕から注意が逸れた一瞬の隙を突き僕は奴の眉間にナイフを突き刺す。
「ガアァァァァ!!」
イグアベアは断末魔を上げ、その巨体を地面に沈めた。
「こいつぁデカイな……シオ、大丈夫?」
「大丈夫、あ〜、この血の獣臭絶対取れないよぉ……。」
僕は返り血で汚れた顔を拭いながらサルサの方へ歩いていく。今回トドメを刺したのが僕というのもあるが、僕と彼女とでは汚れ方がまるで違う。
これが技量の差なのだろう。
それでもこの世界に来てから1年と少し、僕もかなり動けるようになった。サルサやシャノみたいな強者が僕のレベルに合わせて鍛えてくれたのだ、当然であろう。
ナイフに付いた血を拭き取り、鞘に納める。
僕の腰のナイフフォルダーはサルサのおさがり。サルサが4年前に使っていたものなのだがベルトを少しキツく締めなければずり落ちてしまう。
なんというか体格で恥を覚えるのは久々の感覚だ。
さて、この魔物の素材は非常に高く売れる。胴体部分の皮はそのまま丸々加工されるためいかに傷付けないかが重要だ。
心臓付近の肉は特に美味しいらしい。
毛皮は防寒具や寝袋などとしても使うことが出来る為かなり高値で売れる。
二人で解体をしていると唐突にサルサが疑問を投げかけてくる。
「なぁ、シオには何が見えてるんだ?」
「はぇ?」
あまりに素っ頓狂な質問のため変な返事をしてしまった。
「いやさ?アタシはあんまり人と組んで来なかったからさ。連携とか意識してねぇのにやけにシオとは合う気がして。」
「ん〜?」
心当たりが無さすぎる。
「相性の差とか?前衛二人が組むなんてほぼ無いでしょ。一応できるだけサルサが動きやすいようにはしてるよ?」
「それもそうなんだけどさぁ、シオは動きが何か違うんだよなぁ〜。気を遣われてるのは分かるんだがなぁ。」
僕もサルサもウンウン唸りながら思考をめぐらす。
しかしサルサは何かに気付いたようだ。
「シオ、お前戦闘中何見てる?」
「サルサのこと見てるよ?」
「は?普通は魔物のこと見るだろ?」
「サルサのこと見てれば魔物のことも分かるもん。」
僕はようやくサルサの疑問を理解できた。
僕は戦闘中魔物を見ない。いや、見ない訳では無いが戦闘中の大半はサルサのことを見ている。
「えっとね、違法探索した時に何回も高ランクパーティの戦闘見たんだけどさ、強い人ってその一挙手一投足にちゃんと意味があるんだよ。最近色々分かるようになってからは感動したね。視線や得物の角度、呼吸とか。全てに意味がある。」
「サルサの目線やナイフの向け方が僕に魔物の動きを教えてくれるんだ。例えばそう、鏡みたいに。」
「あともう一つあるんだけど人の・・・・・・なんて言えばいいんだろう・・・・・・その人のリズムっていうかの波長っていうか・・・・」
「んだよそれ?」
「んー、他の種族は知らないけどさ、僕たち人間や亜人は無意識にいっぱい信号を発してるんだよ。視線や呼吸と連動して色んなことを教えてくれる。昔はさ、そういうのを死ぬ気で見続けて見続けて、そうやって生きてきたからさ。実は最近までこの感覚無くしてたはずなんだけど、あの日以来少しずつ戻ってきてるんだ。」
いい機会だ、ちょっとだけ話そう。
話したい。
「ねぇ、手動かしたままでいいからさ、聞いてくれる?」
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サルサは殴られたこと、あるよね?•・・
前にも言ってたよね、辛いこと思い出させちゃってごめん。
僕もさ、今より小さい時、少し酷いことされてきたんだ。別に同情して欲しい訳じゃない。前にサルサが話してくれたからさ、僕も話しておこうと思って。
当たり前だけど昔はもっと小さかったからさ、いっぱい殴られると簡単にダメになっちゃってたんだ。
―――――――ああごめん、このダメっていうのはね、身体中が痛くて痛くて、意識がハッキリしなくて言う事を聞けなかった状態のこと。よくお前は「ダメな子」って言われてたからつい、ね。
そうして毎日毎日殴られていくうちにちょっとずつ分かるようになるんだ。最初は呼吸だったり、それがどんどんと鋭くなっていくんだ。
次は視線、心臓の鼓動。
毎日痛みを抱えながら少しずつ相手のことを観察していく。そうすると少しずつ分かってくるんだ。今日は機嫌が良い、逆に今日は何か嫌なことがあったんだなとかね。
……それでも、やっぱり暴力が無くなることは無い。だから少しでも痛みを和らげるために観察して観察して…………そして色んなフリをするんだ。
あいつは……ただ単に自分が気持ち良くなるために殴ってくるだけだから。
段々暴力に性が絡んでくるようになって…………その欲望に応えられるように……
「僕は……神なんて信じてないけど………それでもこの能力は神様がくれたものだと思ってるんだ。僕が生き延びられるように。これのおかげで僕は人の信号を敏感に捉えることが出来る。サルサのほんの少しの信号から魔物の行動やサルサ自身の次の行動も少しだけ分かる。」
「…………ってえっっ!?」
気付くとサルサがポロポロと涙を零し始めた。
不思議なことに彼女からは今にも爆発しそうな怒りを感じる。
「……ど、どうしたの?」
「わかんねえよ……」
サルサは泣きじゃくりながらも声を振り絞った。
「なんでシオみたいな優しい奴がそんな生き方をしなくちゃいけないんだよ!」
彼女の手は力強く僕の手を握り締め、爪がくい込むくらい力が入っている。痛い……。だがそれはきっとこれは彼女の優しさの大きさなのだろう。
「サルサ。」
「僕のために怒ってくれてありがとう。でもこれはもう過ぎたことなんだ。それよりも僕はサルサが僕のためにこんなに怒ってくれたことが嬉しい。」
人が人のために流す涙はとても綺麗だ。
彼女にこんな表情をさせる僕は最低ではあるけれど。
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