第28話 運命とはこういうものを言うらしい

 サルサはスリムリンの冒険者ギルド支部長、ウェスダブルに話を付けている真っ最中である。

 ウェスダブルもサルサの変容は聞いていた。

 優秀だが人を寄せつけず、常に冷たい目と精神を持っていた彼女が今やこれだ。口数も少なく、表情こそ変わらないものの、纏う空気には確かに温もりがあるのだ。


(これは・・・・・あのシオとかいうガキの影響かねぇ?)


「あのシオとかいう冒険者と一緒にか?」


 久しぶりに見たウェスダブルの旦那はとても痩せていた。だが旦那は表情は一切変えずにアタシを見つめ続ける。


「そうだ、シオと一緒にだ。」


「あれは……あのガキは…もう人間として半分壊れているようなもんだ。俺はああいう輩を五万と見てきた。あの種の輩は簡単に天秤に命を乗せやがる。自分の命に欠片も価値が無いと思ってるからな。それがどんなに周りを悲しませるのか理解しない、理解しようとしない。お前はそれに付き合う覚悟があるのか?」


「ある。それにアタシはシオと生きたいと思った。それだけだ……。シオが…自分を大切にできるように……幸せを享受できるように……

 少しでも長く生きる事ができるように……」


 涙ぐんできた。こんなことを言うつもりじゃなかったんだけど……アタシって奴はこういうところが駄目なんだ……

 でもどうしても言っておきたかった。シオはアタシが居なくなったら簡単に命を投げ出すだろう。そんな危うさがある。


 でもシオには生きて欲しい、生き続けてほしい。ただ生きているだけでいいんだよ、そう思っていたことを初めて他人に言えた。


「それにアタシはシオに命を救われてんだ。例え世界が敵になったとしてもアタシはシオの隣に居続けるさ。」


 そう語るサルサはとても暖かく微笑んだ。

 以前の、冷たい彼女はもうここにはいない。


「お前も随分変わったものだな……。惚れた女に言わせる言葉としてはゼロ点だ、勿論男としてもゼロ点だな。」


「でもシオもあれはあれでカッコイイところもあるんだぜ?」


「あんなガキがかぁ?」


 ウェスダブルの旦那が笑った。

 こんな表情を見たのはいつ以来だろう、いや……初めてかもしれないな。


「でも二人っきりの時は可愛い奴なんだ。」


「惚気は他所でやってくれ。」

 ウェスダブルの旦那は心底呆れた顔をした後また笑った。


 転出の手続きは複雑だ。主に税金関係、高ランク冒険者は必然と高額納税者である。

 悲しきかな異世界でも死と税金からは逃れられないのだ。


「それで?あれはお前が仕込んだのか?」


「大半はアタシだな、ナイフと体術の一部スラムのチンピラに習ってたってよ。」


「なるほど合点が行く。昇格試験で見たが、対人の喧嘩技は魔物相手にゃあちと火力に欠ける。だがあのガキの体格と柔軟性を活かしたいい戦い方だな。教えた奴は良い腕してる。」


「それ今度シオに言ってやってくれ、多分喜ぶ。」


「だがなぁ〜、動きは悪くないがあのガキ、戦闘センスはちと厳しいぞ?引き出しが少ない上に……なんつーか…あれだあれ。剣戟の最中に話しかけると言葉がおかしくなる奴がいるだろ?戦闘中に余裕を持てねぇってのは前衛では致命的だぞ?」


「シオは治癒士ヒーラーだからな。しかもかなり腕の良い。いつでも治癒魔術を使えるようにさせてるだけだ。それが無ければそこらのDランクくらいなら圧勝できる。」


「回復前提の接近戦か……考えたことも無かったな。ちょいと前に出すぎなのはそれが原因か………。」


「旦那、前はもっと酷かったぜ?シオは目は良いのに避けようとしねぇ。あれでも大分マシになった方だ。

 あの子は………治癒士ヒーラーってだけでも引く手数多。その上アタシが仕込んだ斥候シーフの技術。目の良さに柔軟性と身体強化の強度。穴はあるがシオはまだまだ強くなる。なんたってアタシが教えてんだからな。」


「サルサ………………お前、先を見ているのか?…」


「そうだ、仮にアタシが――――――――」

 やっぱり旦那は勘がいい。


 そうこうしている間に書類が全て片付いたようだ。


 アタシはペンを手に取りサラサラっと名前を書いた。

 ウェスダブルの旦那も同じく名前を記入した。

 これで正式に転出の届出が完了したことになる。


「旦那、昔アタシが荒れてた時のことは……すまないと思ってる。………本当に。」


「気にするな。もう昔のことだ。お前はこれからの事を気にしろ?あのガキのことを…………いや、なんでもねぇ。」


「あぁ、分かってるさ……。」


 そう言い残しサルサはギルドを後にした。


 _____________


 ウェスダブルはサルサが部屋から出たのと同時、まるで電池が切れたかのようにソファにもたれ掛かる。


「ウェス………」


 部屋に入り開口一番彼を愛称で呼ぶのはこのギルドの副支部長であり、彼の妻であるエルである。


「何もあそこまで入れ込むこと無いじゃない……だってこれからあの子たちを…………」


「いいや、あれは俺のケジメだ。どうせ地獄に落ちるんだ、ならば俺はもっと苦しまねばなるまい。もし仮に全てが上手くいったとき――――――――――」


 ウェスダブルの言葉は自分に対する呪いだ。それはエルにも分かっている。だがそれを止めることも、また咎める事も出来ないのだ。何故なら彼はもう覚悟を決めているのだから……。


「エル、密書を出してくれ。………そうだ領主、トリントン・バッカーハント宛に。“死克の闇医者は生きている”、と」

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