第15話 僕の兄貴分

 僕は酒場の屋上へと上がった。

 ここからはスラムが一望できる。

 シュテンの旦那はよくここで晩酌を楽しんでるそうだ。

 かっこいいね。僕もお酒が似合うようなカッコイイ大人になってみたいもんだ。


 路地に1人、また1人と人が倒れていく。

 そのどれもが血で染まりピクリとも動かない。


 ここはラスラトファミリーのシマだ。

 そして今倒れている者たちは皆、このスラムで悪事を働いたものたちである。

 彼らは法によって裁かれること無く、ただ暴力によって断罪されるのだ。

 それはこの街では日常茶飯事であり誰も疑問に思うことはない。


 僕は今、シャノにナイフ投げを教えてもらっているところだ。

 シャノはナイフの名手である。


 ちなみにシャノのシャノは早撃ちの名手らしい。

 …………名手?


 この前ギャンブルでボロ負けし、一緒に飲んでいたところ、たまたま居合わせた嬢にバラされていた。


 ……なんかごめん。

 ちなみにその日は珍しく僕が奢った。


 スラムの路地で1人、名の通っている彼はただ立っているだけで何人ものチンピラに絡まれる。

 しかし彼はその全てをいなし、時にはナイフを投げて返り討ちにするらしい。

 かっこいいよね、正直結構憧れてる。

 女運もギャンブル運もクソほど悪いけど。


 ………ごめんやっぱそんな憧れてはいない。


 それでも彼の投げるナイフは正確に相手の急所に吸い込まれるように刺さる。

 僕はこの数ヶ月でシャノから様々な技術を学んだがその中でも特にこのナイフ投げは僕の興味を引いたのだ。


 え、なんで興味が湧いたのかって?

 カッコイイからに決まってるじゃん。


 実は僕とシャノ、傍から見れば正反対に映る僕らだが何故だか異様に気が合う。

 シャノは普段から僕に構ってくれ、お酒やガールズバー、隠れ家的なお店を教えてくれる。2人でギャンブルで大負けした後そういう店で飲むのが主流になっている。

 ファミリーの抗争にも付き合わされたのは心外だったけど。

 ちなみに僕はなぜだか女の子よりもバーテンダーと仲良くなることが多い。


 良い闇医者はバーテンダーに好かれちまうのさ………???意味が分からん。


 次第に僕は1人でぶらぶらすることが減り、診療所が休みの時はシャノかサルサと一緒に行動するようになった。


 ただ彼はあんなだがラスラトファミリーの幹部。

 普段から戦ってばかりの人間。

 そんな彼と一緒に過ごすには戦闘能力が必須だ。

 もし僕が治癒術を使えなかったら20回は死んでる。


「いいか、シオ。おめぇは線が細いからな。スピードを出すために身体全身を使え。絶対に腕だけで振るうな。

 そしてもう1つ、あくまでナイフ投げは選択肢の1つってことを絶対に覚えておけ。普段のナイフ術があってこその奇襲だ。」


「おめぇは身体の小ささを活かして相手の懐に入り離脱を繰り返すヒットアンドアウェイが武器だ。相手は必ず離脱時に気が抜ける。

 そこを狙うんだ。チャンスは一瞬、だがナイフが通るなら誰だって命を奪えるチャンスなんだ。そこで命を奪えなくても目や首、最悪怯ませるだけでもいい。スピードだけは俺に匹敵するからな、それで十分だ。懐に入り込んで急所に押し込め。

 何度も言うがな、トドメを刺す時、その体格で絶対に得物を振り抜くな。急所に突き刺せ。」


「あとなぁ、胸糞悪いから治療前提の捨て身はやめろ。それをやってる限り一生強くなんてなれねぇからな。もし次俺が見たらぶん殴る。」


 と戦闘面になるといつものちゃらんぽらんは影を潜め、戦士の顔が表に出る。

 こんな僕の利点を見出し、そのために何が最適なのかを教えてくれるいい先生だ。


「にしてもナイフ投げかぁ、シオちゃんはガキんちょですねぇ〜」

 と言ってシャノは僕を嘲笑し始める。


 訂正する、これのどこがいい先生なのか。


「………そういやガキだった…」


 こんな兄貴面のシャノを僕はなかなかに嫌いになれない。

 もし模擬剣で僕をボコボコにした後じゃなかったらもっと尊敬してたかもしれない。


「ところでシオさん?もう一度私にお金を………」


 ごめん、やっぱこいつは愛すべきクズ野郎だわ。


 その後僕はもう一度シャノに模擬戦を挑み再びボコボコにされた。


 最近の僕の課題は明白である。


「だから避けるために飛ぶなっつってんだろ!!!」


 最近見切りがどうしても楽しくなってしまい、受ければいいものを上に飛んで回避してしまうのだ。

 ただ空中ではもう相手の好き放題。


 僕はお腹に蹴りを入れられ吹っ飛んだ。


 僕の名はシオ。


 明日をも知れぬ全身打撲だらけの闇医者さ。

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