第16話 勇者の魅惑

「紹介します。アベラルド・ヴァンポリスです」




「どうも。アベラルドと言います。よろしくお願いします」




 一挙手一投足が美しい。


 全ての動きが不格好な俺とは違ってどの動作にもキラキラという効果音やエフェクトが入っているような、そんな錯覚すら覚えてしまう。




 優しく穏和な声は一言だけで人に安心感を与えるだろう。


 天使がどれだけ大勝すればこんなイケメンが生まれてくるのか、是非ともアサエルに聞きたいところだ。




「オー~―!!」


「へぇー~」




 そんなイケメンの登場に他二人はそれぞれの反応を見せた。




 ナタリアは感嘆の声を挙げ、アサエルはニヤニヤしてこちらを見てきている。


 おそらくはナタリアの反応は突如現れた三英傑、つまりは自分よりも強いであろう者と出会えた事への歓喜。アサエルの反応は脳が破壊されている俺を見ての嘲笑なのだろう。


 


「紹介しますね。天使がアサエル、眼帯がナタリア、それであれがシュウジです」




 もとパーティーメンバーでこれほどのイケメン。


 いまだに交流をもっている俺たちを除いたルィーズの数少ない知り合い。高度な魔法技術と鍛えぬかれた剣技をもっており、最前線で人類の希望として魔王軍と戦い続けている男。




 駄目だ。


 事実を列挙しただけなのに勝てる気がしない。 


 というか考えれば考えるほど目の前の男が男として魅力的すぎる。




 唐突な寝取られ展開。 


 ただ別にルィーズと俺がどうにかなっているというわけではないため、寝取られですらない。


 近年ではBSS。僕の方が先に好きだったのにというジャンルが開拓されているらしいがそれすら怪しい。どう考えても二人の方が付き合いは長いだろうから下手するとBAS僕の方があとに好きだったのに、になりかねない。


 


 なんだよ。そのごみジャンルは。


 というか陰キャの恋愛なんてだいたいそんなもんだろう。下らねえ。




「じゃあすいません。私たちはちょっと別室で」




「ぐはぁっ!!」




 二人っきりになりやがった。


 効果は抜群だ!! 俺のメンタルは折られた。




「残念だねぇ~―。シュウジくん」




「うるせえよ」




 そんな脳破壊されている俺を面白がらない筈がないのがこの天使。


 性格の悪さは超一流。ここぞと言わんばかりに俺の肩に肘を置き、煽ってくる。




「なにやってるか覗きにいかない?」




「いや、見たくない。それに屋敷内のことはルィーズが全部把握してるし、バレるだろ」




「分かってないなあ。人間に見たくないものを見せる。それが天使だよ?」




「絶対に違う」




「まあまあいいからいいから。ナタリアは?」




「私は遠慮しとくよ」




「はーい」




 そんな嫌がっている俺を無理やり、二人きりになっている部屋へと連れていく。




 なんでこいつこんな力強いんだよ。 


今までにないくらいニコニコだし。ほんとうに録でもないな。天使というのは。




 そして彼らのいる部屋の前に到着。


 二人の話し声が聞こえ、それだけでもショックなのだが。


 


 ドアの隙間から部屋のなかを覗くと、上裸のアベラルドが。


 もう行為をはじめようとしているのか。もう見たくない。そんなときだった。




「ああ。来たんですか? 別にいいですけど」




「すまないね。醜い体で」




 当然のように気付いたルィーズに声をかけられ、部屋のなかに入れられた。 




 そこで見えた光景に絶句している二人に、アベラルドは謝った。




 文句のつけようがないほど洗練された肉体美。美しい肉付きに力強い息づかい。それだけで落ちてしまう女性がいてもおかしくないと思えるほどのボディ。


しかしそれを台無しにするかのようにアベラルドの肩から腕の間接にかけて、グロテスクな赤い何かがアメーバ上に広がっていた。


 赤い何か、血管にもにているそれらは脈打っており、その度にアベラルドは少し肩を震わせている。




 惨たらしい傷、しかしそれを感じさせない毅然とした態度で、覗きに来た俺たちに謝罪するというメンタル。


イケメンという言葉は顔だけに言及した言葉ではないということを彼という存在が証明していた。




「治療してるんですよ。これの。私しかできないので」




 ルィーズはそう説明すると、俺が酔っていたときの何千倍の濃い治癒魔法を、その部分にかけていた。


 心なしかそれによって、その血管のようななにかは薄くなっているようにも感じる。




 何だか直前の俺たちの発想や思考回路が申し訳なくなってしまうような内容に俺たちは黙り込む。




「よし!! 終わりました。私は居間に戻りますね」




「うん、じゃあ私も」




「シュウジくんはここに残ってくれるかな?」




「へ? ああ。はい」




 そんな安直な思考をした俺に何か言いたいのか。


 俺だけ名指しで居残りを命じられる。とりあえず従うしかないが怖い。


 


「君がルィーズと一緒にいてくれてよかったよ。ありがとう」




「え?」




 とびくびくしていると、聞こえてきたのは感謝だ。


 意外過ぎる言葉を掛けられ、困惑するしかない。




「ルィーズがずっと一人で気がかりだったんだ。でも、君のことを楽しそうに話しているのを見て、安心したよ」




「……」




 衝撃的なセリフとともに放たれる笑顔。


 それは破壊力抜群だ。


 


 え? 何この人。惚れてしまいそうなのだが。




「ルィーズは、あなたにとってなんなんですか?」




 もう仕方ない。


 はっきりさせよう。彼にとってルィーズとはなんなのか。そこまで彼がルィーズを気にかける理由はなんなのか。




「妹みたいなものかな」




 プレイボーイ、やりチンが使う、恋愛感情はないということを伝える常套句。


 


 しかし彼からは下心など一切感じ取れず、意味の通りに受け入れるしかなかった。その時点で俺は負けていた。




 彼に惚れてしまったのかもしれない。

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