第40話

 その日は太陽の日差しが強い日だった。しかし、私の担当していたクラスでは折り紙を作って遊ぶことが流行っており、昼休みになっても誰も外に出て遊びに行くことは無かった。


「見ろよ俺のサバイバルナイフ!」

 男子生徒の中では強度のある武器になりそうなものを作ることが流行っていた。

「私はワンピース作ったの」

 女子生徒の間ではかわいいものを作るのが流行っているようだ。


 私はその様子を微笑ましく思いながら見ている。


 一見するとクラスの雰囲気は良く見える。しかし、このクラスには問題児の男子生徒が三人いた。

「なんだよそのごみ、ちょっと貸せ」

 その問題児の一人であるA君は、片瀬という女子生徒が作っていた折り紙を取り上げようとする。

「ああ、ちょっと、やめて」

 片瀬は嫌がり、折り紙を手から離さない。


 あー、これまた私が行かなきゃいけないやつだ。もう面倒くさいな。

 私はほぼ毎日、A君を注意している気がする。

 怒るのは体力を使う。それも小学生であれば尚更。


「それは私が作ったの!」

「うるせえ」

 A君と片瀬は折り紙を奪い合っている。


 私が注意しようと思ったその時、A君が片瀬の頭を叩いた。

 一瞬で血の気が引いた。これはまずい。


「ちょっと、何しているの⁈」

 私がその二人の所に行ったときにはもう遅かった。片瀬は泣き出してしまっていた。

「大丈夫? ほらちゃんと謝りなさい」

 私はA君に謝るように促す。しかしA君は私の言う事を聞かなかった。

「なんで俺が謝らなきゃいけないの? そもそも、俺にこれ渡さなかった奴が悪くない?」

「それは、あなたが作ったわけじゃ――」

「うぇーーーーーん!」

 片瀬は謝ってもくれないA君への感情を爆発させるように、大きな声で泣きだした。私は片瀬の頭をなでながら、言う。

「大丈夫、大丈夫、一度保健室に行きましょう」

 私は一度、A君の事を後回しにし、保健室に向かった。


 ―――――※※※※※―――――


 保健室から教室に戻ると、A君は片瀬から奪い取った折り紙を手に、問題児のB君、C君と共に三人で話をしていた。

「なんだよこれ、ゴミ?」

「マジでセンスねーわ」

「あいつが作るんじゃそれが限界だろ」


 はあ、またこれか。


「ちょっとあなたたち!」

 私が彼らに怒鳴りながら近づいていくと、彼らはキョトンとした表情をした。

「そんな事言って、片瀬さんに失礼だと思わないの? それにA君は片瀬さんのことを叩いて、あの子泣いてるんだよ。そもそもその折り紙だって、片瀬さんの作ったものでしょ。それを奪い取るなんて、最低。君たちのやってることは最低な事だよ」

 私は冷静さを崩さず、言わなければならないことを言う。

「はーい、すみませーん」

 私の事をあざ笑うようにA君は言った。その様子に私はさらにイライラを募らせたが、怒ってももう意味が無いと思った。

「ちゃんとあの子が教室に帰ってきたら謝るように、それと、その折り紙は返すこと!」

 私はそう言い残して、その場を後にした。


 ―――――※※※※※―――――


『ちゃんと面倒みてくださる?』

「申し訳ありません」

 放課後、私は職員室で親からの電話対応をしていた。電話の相手はA君に叩かれた片瀬の親だ。


『しかも、あなた教室に居たんですよね? どうして娘が叩かれるのを止められなかったんですか?』

「……申し訳ありません」

 片瀬は、保健室に行った後、教室に帰ってくることはなく、五時間目で早退した。自分が作ったものを馬鹿にされたことがショックだったのだろう。

『私は理由を聞いているんですが、もういいですわ。ちゃんと仕事してくださいね』

 そう言って、片瀬の親は電話を切った。


 電話から鳴るプー、プー、という音を聞きながら、思わずため息を漏らす。

「福島先生、大丈夫?」

 声のした方を見ると、そこには大学時代からの同期の田宮理子先生がいた。

「うん、何とか」

 私は田宮にバレないように、笑顔を作った。

「大丈夫? いつでも相談乗るからね」

「うん、ありがとう」

 そう言うと、田宮は自分の机に座り、仕事を始めた。


 相談しようかな。でも迷惑かな……。はあ……。


 私は迷いながらも相談はせずに、自分の席に座って仕事を始めた。しかし、何も手に着かないので、今日は思い切って早退をすることにした。


 学校からの帰り道の電車には、制服を着ている高校生がたくさんいた。


 あの三人も高校生ぐらい大人だったらいいのに。


 心から思いながら、電車を降りた。

 自宅は最寄り駅から5分の所にあるアパートだ。駅から3分ほど歩いたところに、小さめの公園がある。いつもなら何とも思わない公園だが、今日は違った。

 その公園で小学生が遊んでいる。楽しそうにブランコを漕いで、話をしている。


 微笑ましいな。


 公園を横目に歩いていると、私の前に真っ白な美しい花が現れた。とても美しい花だった。私はなんとなく、その花に不思議な力があるような気がした。


『どうか、私の仕事が楽になりますように』


 その白い花にお願いをして、私は家に帰った。

 その日の夜、学校から、「台風のため明日を休校にする」という連絡が入った。教員も休みして、学校を開けないという事だった。

 私は早速花の力が出たと喜んだ。その時は何も知らないまま。


 ―――――※※※※※―――――


 台風が抜けた次の日。

 昨日の台風が嘘のような快晴だった。

 今日からまた頑張ろう、そう思うような青空だった。しかし、現実は非情なものだった。


 学校に行ってみると、なんだか職員室が騒がしかった。

「おはよう。何かあったの?」

 私はカバンを机の上に置き、田宮先生に質問した。

「おはよう。教頭先生~」

 田宮先生は私を見るなり、すぐに教頭先生を呼んだ。

「え、ちょっと、何?」

「実は――」


 田宮先生が説明するより先に教頭先生がやってきた。

「福島先生、困った事に昨日の台風で生徒が三人無くなってしまったそうです」

「え?」

「亡くなったのは福島先生のクラスの生徒で、A君、B君、C君の三人です。昨日の台風に巻き込まれて――」

 教頭先生はまだ何か喋っていたが、もう覚えていない。


 やった。これで私の仕事が楽になる。


 私は無意識にそう思った。

「これから保護者が来るそうで、私も一緒に対応します」

 教頭はそう言って、自分の席に戻っていった。


 ―――――※※※※※――――――


「そっちが誘ったからでしょ?」

「嫌なら遊びに行かせなければいいでしょ!」

「台風の日に遊びに行くと思わないでしょ⁈」

 諸々の事が終わり、三人の母親が教室へ荷物を取りに行った。しかし、彼女たちは何処の親が悪いかで喧嘩をしだした。


 一方で私は時間が経つにつれて、どんどん冷静になっていた。

「福島先生はホワイトフラワーってご存じですか?」

 一緒に喧嘩を見ていた教頭先生が私に話しかけてきた。

「知りません、何ですかそれ」

「どんな願いも叶えることができる花の事ですよ。しかし、代償もありますがね。その花は真っ白であるため、ホワイトフラワーと呼ばれています。私は今、目の前にその花があれば、と思うのです。そうすれば、まだ若く可能性のある命を呼び戻すことができるのにと思わずにはいられないのです」


 私は気づいてしまった。ピンときてしまった。

 あの時、帰り道で祈った白い花には本当に力があったのだ。そして、彼らを殺したのは私であることにも。

 ああ、こんなはずじゃなかったんだけどな。

 私は、どうしてこんなにも汚れてしまったんだろう。

 彼らが居なくなって、仕事が楽になると思ってしまった私は教員失格だ。私は教頭先生のような、深い愛を持った先生になろうと思っていたのに。

 気が付くと涙が溢れていた。


 私はその年で教員をやめた。

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