第二章
第13話
木島に写真を渡した次の日の放課後
僕は、ホワイトフラワーを見た生徒に会うために佐藤の教室に向かった。
佐藤の教室に着くと、もうすでに帰りのホームルールは終わっていて、部活に行く生徒や家に帰る生徒が波を作って、教室から出てくる。僕はその波をかき分けながら佐藤を探した。
「あんた、いや、柿崎、ここで何してる?」
僕は聞き知った声に振る向くと、そこには小原がエナメルバックを持って立っていた。小原は僕のことを不思議そうに見つめている。
「まさか、この教室に佐藤は俺のものだと戦線布告しに来たのか?」
小原は思い出したようにおびえている。小原の言葉に教室を出ようと波を作っていた生徒が一斉にこちらに振り返った。特に男子が。どうやら佐藤はクラスの男子から人気があるらしい。
「一年生相手に、大人げない!」
小原は、駄々をこねる小学生のようだ。これからこの教室には来れないな、と思いつつ
「そんなんじゃないって。佐藤はただの後輩だって、この前も伝えたよな?」
と答えた。その時、背後から冷ややかな視線を感じた。振り返ると佐藤が無言の圧を掛けながらこちらを見ていた。
「先輩。待たせているので早くこちらに」
笑っているけど、目が笑ってない。波を作っていた生徒と小原はどこかに行ってしまった。佐藤の前には一人の女子生徒が、不安げな表情で座っている。僕は一つ机を拝借して、佐藤の机にくっつけて座った。
「では初めに、自己紹介からしてもらえますか?」
佐藤は目の前に座る女子生徒に事務的な声でそう促す。
「ええと、一年二組宮崎優子です。よろしくお願いします」
宮崎はそう言って頭を下げる。彼女は髪を一つに結んでメガネをかけている。制服もきっちりと着ているのできっと真面目な生徒なのだろう。
横に居る佐藤は僕の方を見て、僕にも自己紹介を促してくる。
「二年二組の柿崎壮太です。よろしくおねがいします」
僕もそう言って頭を下げる。
「知ってます。先輩のクラス見に行ったことありますから」
宮崎は僕の挨拶にそう返事をした。僕は驚いた。僕は教室にいても目立つ方ではない。
「そっか。でも喋るのは初めてだよね」
「まあ……そうですね」
宮崎はどこか気まずそうにしている。その様子はまるで何かを隠しているようだった。
「じゃあ、自己紹介も済んだところで、本題に入りたいと思います」
佐藤はクラスメートだというのに敬語を使っている。二人はよく話す間柄、というわけではなさそうだ。
今日は宮崎にホワイトフラワーについて聞きに来たのだ。佐藤がホワイトフラワーを撮影するために、どんな条件でどんなところに出現するのかを解き明かさなければならない。そもそも噂と違うところがあるかもしれない。
「まず、ホワイトフラワーに何を願ったんですか?」
その質問を聞いて宮崎は心臓をつかまれたような表情になった。
「私は……」
彼女は言葉に詰まってしまって、次の言葉を探すように机の上に視線を泳がせている。
一人の生徒の存在を消したことはもう知っている。これはそんなに重要な質問ではないだろう。僕は佐藤に目で合図をし、次の質問に行くように促す。
「質問を変えます。ホワイトフラワーの形や特徴を教えてもらえますか?」
「ホワイトフラワーは、名前の通り白かった。あと、すごい綺麗だった。この世界のものとは思えないぐらい」
宮崎はどこか安心したように、すらすらと質問に答えていく。
「宮崎さんはホワイトフラワーの噂については知っていますか?」
「ええ。知ってた。確か、不幸があった人にしか見えないってやつだよね?」
「そうです。祈ったら他人に不幸が及ぶという話は?」
「それも知ってた。でも祈ってしまった。あの時はそれぐらい、辛かった」
宮崎の表情はどんどん暗くなっていく。思い出したくないことを思い出させているような気がして、僕は罪悪感に苛まれた。
「存在しなかったことにした人との関係性を聞いてもいいですか?」
僕とは対照的に佐藤は聞きずらそうなことを事務的な声色でズバズバ聞いていく。
「あの人は一つ年上の幼なじみだった。幼稚園も小学校も中学校も同じだった。家も近くだったからよく遊んでもらってた。でもコバは一つ年上だったから大体私よりもなんでも出来て、いつも私は何かを教えてもらってた。家族ぐるみの付き合いで親同士も仲が良かったから、コバとずっと一緒に居れたらと思ってし、私はコバの事が好きだった。だからコバを追って、この高校を受験した」
コバと言う人物がきっと存在を消された人物の事だろう。しかし、二年二組にコバと言う生徒はいない。僕もクラスの事に詳しいわけでないが、自己紹介はしっかり聞いていた。しかし、僕自身も全くと言っていいほどコバと言う名前にピンとこない。
「私は入学式の後、コバに会いに二年二組の教室に行ったの。でもコバには彼女がいた。私の知らない女の人。でもその人と一緒に居るコバの方が、私といる時よりよく笑っていた。ショックだった。せめて教えてほしかった。だから結局、入学式の日は声もかけずに帰ったの。そうしたら、学校を出た並木道の所に白くて美しい花が咲いていて、私はその花に見とれた。その花は、私に喋りかけるみたいに風に靡いていたの。だからその花に言ったの」
彼女の瞳から一粒の大きな涙が頬に線を描いた。
「彼を居なかったことにしてください――って」
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