魔生の女

@popopress46ha12

第1話 プロローグ

黒い雲が重く垂れ込め空一面を覆い尽くし今にも雨が降り出しそうな暗い日の夕方、女は上機嫌で車を走らせていた。

「フン♪フン♪ふふ~ん♪」

その場のノリで奏でている鼻歌は適当な音程で、ちゃんとした原曲があるわけではなかったが、上機嫌の女は鼻歌の音程などどうでも良かったのだ。

「ア・イ・ド・ル・は~あ~た~しだけっ♪」

女が上機嫌なのには理由があった。最近女の職場の同僚女性達数人が次々に不可解な事故で亡くなっていたのが理由である。

普通、職場の同僚達が亡くなるなど一大事で、ましてや人の生死に関わる事件となると普通は落込み厳粛な気持ちになり鼻歌どころでは無いのだが、この女の場合は違った。

暫く車を走らせていると、進行方向の道は酷く渋滞しており動きそうにも無い。

「今日くらいは回り道しちゃおうっかな。」

女は車をUターンさせると、進行方向とは別の道に車を走らせていった。いつのまにか空からは雨がポツポツと降り落ちてきて、白い霧のカーテンが閉じられたのを女は気にも留めはしなかった。

相変わらず上機嫌で車を走らせていた女は、自分がいつのまにか知らない道を走っている事に気がつくと車のカーナビに目線を泳がせる。地図は山道の方向を示していた。

「あっれ~?ここ何処だろ?こんな道知らない。」

前も後ろも白い濃霧に包まれ、一寸先も見えぬ見知らぬ山道で車を急停車させた女は慌てて道路脇でバックギアにシフトチェンジしてUターンさせようと試みた。しかし、道路脇の地面はぬかるんでいてタイヤが填り、アクセルをふかしても車が前方に進むことは無かった。タイヤがぬかるみに空回りする音だけが空しく鳴り響くだけだった。

「ヤダ!ちょっと・・こんな場所で立ち往生なんて最悪。せっかく会社で良いことがあったのにぃ~。」

女の言う『良いこと』とは、最近立て続けに起こった会社の同僚女性達の死の事である。女は自分こそが誰よりも一番輝いており、自分だけが職場の男達にチャホヤされていなければ気が済まない性悪な性格であった。それゆえ社内での女の評判はすこぶる悪かったが、他の女子社員や管理職の上司は触らぬ神に祟り無し、と女の好き放題に振る舞わせていたのだ。そして最近起こった同僚女性達の不審な事故死が立て続けに起こった事が自分以外の女達が会社から居なくなり自分だけが会社のお姫様になったと思い込んだ女の気分を良くさせていたのだ。事故死した同僚女性の中には女が仲良くしていた女性もいたのだが、表面上仲が良くても女性同士の嫉妬心もあったのか、いなくなった事に喜びを感じ、それを隠そうとはしなかった。

「もうっ、お願い動いて。」

思いっ切りアクセルをふかすも、車体は一瞬前に進んだかと思えばまたすぐさま後ろに引き戻されてしまう。まるで誰かが引っ張っているかの様に・・・・。

霧は段々濃くなり車を囲い込み、雨の威力も強くなっていく。自分と車以外の物体は何も見えず、自分がもはや何処にいるのかさえも判らない状態で誰一人通らないこの山道で女は段々と不安な気持ちになっていった。時計をみるともうすでに18時を過ぎようとしていた。

「ヤバッ・・・こんな所で一晩過ごすなんてご免だわ。」

女は車から降りると後方に回り込み車を自らの力で前方に押し出そうとした、その瞬間・・・足が地面のぬかるみに取られ後方に滑らし、体制を崩した女は後ろに倒れるように悲鳴を上げながら崖から転落していった。

女の姿が見えなくなってほんの少ししてから不思議な事にあれほど土砂降りだった雨は止み、重く立ちこめていた霧は晴れ、綺麗な夜空が広がっていった。空にはくっきりとした満月が綺麗に鎮座している。

ぽつんと残された車のすぐ後ろは崖になっており、女の体を飲み込んだまま沈黙していた。


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