第13話 プチ好景気
豆酒の商いを始めてから、我が家は少しずつだが潤い始めた。
着古した服は新しいものに買い替えたし、クワやフォークを新調して畑仕事も楽になった。
特に妹のレナにちゃんとした服を着せてやれたのが嬉しい。
ずっと古着を紡いでいたのでどうにかしてやりたかった。
樽や桶に投資した分はもうすでに回収しつつある。
それに原料がタダなのが功を奏した。
畑を拡張し、今ではカインの畑の豆まで酒にしている始末だ。
(もちろんその分はきちんと買い取っている)
だが流石に一人では手が回らなくなってきた。
できれば酒造り、酢造りに一日専念したい。
昼間は畑を耕し、夕方までひたすら豆の搾りかすを混ぜるのは大変だ。
気力だけでは維持できなくなっていた。
カインと相談し、共同で管理している畑のうち我が家の分をカインに貸すことにした。
その代わり作物を安く納めてもらう。
また緊急時には貸した分をうちが管理するという約束をした。
それからカインは早速、自前の畑を持ってない他所の家の次男坊を雇い、畑を耕すようになる。
「いくらカインさん相手でも畑を貸して大丈夫なの? また食べ物がなくなったりしたら……」
「その時のために多めに買い取るつもりだ。どうせ原料で必要だからな。芋からも酒が作れるみたいだから、その酒も売ってお金で買おう」
心配するリナにそう説明した。
カインから作物を買い取り、それを酒にして行商人や商人に売る。
そのお金でまた作物を買う。
これを繰り返していく。
酒の生産を聞きつけたのか、訪れる商人も増えて村そのものが賑わってきたように思う。
「ビネスはたいしたもんだ。まさかこんなことを思いつくなんてよ」
「本命の酢は全然うまくいかないんだけどね」
「いいじゃないか。酒は売れる。俺ももっと沢山畑を耕すからじゃんじゃん買ってくれ。お前に安定して売れるから人も増やしやすい」
「ほどほどにしておいてくれよ。大きくしすぎて困るのはお前だからな」
カインはこの暮らしが気に入ったようだった。
地主のような振る舞いをしているのをみかけるようになった。
畑が大きくなってからは自分で畑を耕すことなく、監督役になる。見ていて正直少し不安だ。
家畜も増やしているようで、下手したらカインは村で一番の金持ちになりつつある。
うちはそれ以上に稼いでいるはずだが、リナに少し渡してそれ以外のほとんどが材料費と施設の拡張に消えていた。
倉庫には山のように酒用の芋と豆が積み込んである。
いまのところ全てが順調にいっていると思う。
酒を作る過程でできる粕は酒粕と名付ける。
これを少し土に撒くだけで立派な作物に育つ。
だがそれでもまだ余るので何かいい使い道を考えなければ。
芋と豆の酒は味が全然違うし、熟成期間も異なるようだった。
たくさん造れるのはやはり一個一個が大きい芋の方だ。
少量の酒を使って酢造りも継続して行っており、ようやく味がよくなってきた。
試しに都市で売ってみようかと考えていると、村長から呼び出しがきた。
今回は村で比較的裕福な者たちだけが集められる。
どうしたのかと思ったら、領主の使いがもうすぐ到着するらしい。
事前にお触れだけきたという。
「今まで税を免除してもらっていたが、さすがに今回はそうもいかんだろう」
「おいおい、うちはこれからようやく楽になるかどうかなんだぞ。また四割も持っていかれたら……」
「税率はどうなるか分からん。だがわざわざ使者が来るということは覚悟しておいてほしい。特にビネス。お前は最近酒を作って利益を上げているだろう。確実に領主様の耳に入っているはずだ。だがもし何か言われても決して逆らうな」
「それは……分かりました」
領主にとっては領民は大切な働き手だ。
だが同時にいくらでも替えの利く部品でしかない。
下手に逆らえば村全体がどうなるか。村長はそれを危惧し事前に俺に注意した。
「カインもだ。別に家畜を殖やして畑を大きくして人を雇うのは構わん。実際助かる家も多い。だが同時に目につくということは覚えておいてくれ。地主と名乗るなら権力者と無縁ではいられん」
「もうしばらくは大丈夫だと思ったんだが……」
領主の使いはそれから二日後に到着した。
騎士を連れ、立派な馬に乗っている痩せぎすの男だ。
その後ろにはえらく身綺麗な女がいる。
場違いなはずなのに、女が集団の中で最も高貴に見えるのは気のせいだろうか。
「ごほん。ここは川沿いの西の村で間違いはないな」
「はい、もちろんでございます」
村長がぺこぺこと頭を下げる。
体格は圧倒的に村長の方が大きいのに、下手に出ているので見ていて少しアンバランスだ。
「うむ。エリーナお嬢様、こっちへどうぞ」
エリーナと呼ばれた女は馬から降りると、金髪の髪をなびかせてこっちへ来る。
ほのかに甘い匂いが漂ってきた。
「村人たち。この方は領主閣下の娘のエリーナお嬢様だ。此度勉強のために視察に訪れることになった。御尊顔を見れたことを喜ぶがいい」
「ありがたいことです。ええ、本当に」
領主の娘か。
道理で品がいいと思った。
着ている服もシルクで編まれたものだ。
買えばどれだけするだろうか。
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