何でも探偵
アトゥサリ王国の王都エウィンは冬も賑わっていた。
「タマラ、準備出来たよ」
「はーい。じゃあデニスさんの所に届けるね。後、お父さんへの手紙も」
母親からそう言われ、タマラはチーズが入ったバスケットと手紙を持つ。
山の上で酪農を営むタマラ達シェンケル家だが、基本的に冬は雪が厳しいのでヤギ達を連れて山の麓の町にある別邸で暮らしている。
そしてタマラは王都で商売をする母方の祖父母の元に、母と共に手伝いに行くこともあるのだ。
タマラの父は山の麓の町に残って、ヤギ達の世話をしている。山の麓の町は王都から少し離れているので、タマラと母親は時々手紙を書いてやり取りするのだ。父からの手紙はその日起こったことが面白おかしく書かれており、タマラは楽しみだった。
「行って来ます!」
十六歳になったタマラは相変わらず元気だが、大人の女性に近付いていた。栗毛色の髪もすっかり伸びている。
王都には何度か来たことがあったので、慣れた足取りでタマラはデニスの元へ向かう。
このデニスという人物は祖父母の商店と取り引きがある初老の男性だ。
タマラは彼からも孫のように可愛がられていた。
(お父さんへの手紙も出したし、今日はデニスさんとの話も短めにしないと。予定の時間に間に合わなくなっちゃう)
この後予定があるタマラは、いつもより早足でデニスの元に向かい、話も早めに切り上げるのであった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
(えっと、確かここだよね?)
タマラはメモを見ながら目的の場所で立ち止まる。
メモと建物を交互に見てから、タマラはゆっくりと建物の扉を開く。
「こんにちは」
恐る恐る室内を見渡しながら挨拶をするタマラ。
古びているが重厚な雰囲気の家具が取り揃えられている。
「ようこそ。『何でも探偵』アントン・グレッツナーの館へ」
タマラを出迎えたのは、長い赤毛を後ろで結った男性。眼鏡の奥に見えるムーンストーンのようなグレーの目は、考えを読ませないかのようであった。壮年ではあるが、年齢不詳といった感じである。
恐る恐るタマラは口を開く。
「あの、予約をしたタマラ・シェンケルと申します」
「タマラさん、お待ちしてました。僕はアントン・グレッツナーです。どうぞよろしく」
アントンからスッと差し出された手を、タマラは恐る恐る握り返した。
「さあ、おかけください。今紅茶を出しましょう」
「ありがとうございます」
タマラはゆっくりと椅子に座った。
古びた椅子だが、かなり質は良い。
「さて、それでタマラさん、どういったご相談ですか?」
紅茶を淹れたアントンは早速そう切り出した。
「はい……その、上手く言えないのですが、両親の態度の原因というか、私が昔何をしてしまったのかを調べて欲しいんです」
自信なさそうな様子のタマラ。
「タマラさんのご両親の態度の原因、タマラさんが昔何をしてしまったのか……」
考えるような素振りでタマラの言葉を繰り返すアントン。
「はい……。私は王都から離れた地域の山の集落に住んでいて、十年前、川に水を汲みに行った時に石につまずいて転んでしまったんです。それで、思わずつまずく原因になった石を蹴ったら、斜面を勢い良く転がって、大きな岩にぶつかったんです」
アントンは黙ってタマラの言葉を聞きながらメモを取る。タマラは話を続ける。
「そしたら大きな岩がまた転がり出したということがありました。その話を両親にしたら、最初は心配してくれたりいつも通り優しく笑ってくれました。ですが、確かその三日後、急に両親が、石を蹴ったことは誰にも言うなと今まで見たことないような怖い表情で言ってきて……」
メモを取りながら、アントンは紅茶を飲んだ。
「あれから、外に出る時は私がそのことを言わないか両親に見張られているような感じでした。それ以外のことについては、いつもの優しい両親なのですが。それである日、確か八歳の時なんですけど、熱を出して意識が朦朧とした時があったんです。それで記憶が曖昧になった振りをして、六歳の時水汲みに行った時、転んで石を蹴ったことを忘れたって言ったら、両親はあからさまに安心したような表情になって、監視の目も緩んだんです」
タマラは不安そうにクリソベリルの目を伏せた。
「なるほど……」
アントンはメモを見返す。
「その後は、自分なりに両親の態度の理由や
ため息をつき、紅茶を飲むタマラ。
「それで最近、ちょっとした落とし物から大きな事件まで取り扱ってくれる『何でも探偵』のアントンさんのことを知って、依頼してみようと思ったんです。どうして両親の態度が変わったのか、私が転んで石を蹴ったことで何が起こったのか、調べて欲しいんです。お願いします」
タマラは弱々しい表情でアントンを見ていた。
「そうだったんですね。タマラさん、今まで色々と不安だったでしょう。でも、大丈夫ですよ。タマラさんの両親の態度、タマラさんが転んで石を蹴って何が起こったのか、僕が調べましょう」
アントンは優しく包み込むような笑みだった。その表情を見たタマラはホッと安心感に包まれる。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。あ、お代はこれで良いんですよね?」
タマラは思い出したように懐から貨幣を取り出した。
十六歳のタマラが持ち歩いていてもおかしくない額である。
「はい。前金はこれで構いません。ただ、情報収集に少しお金がかかる場合もありますが、何とかしましょう」
アントンはタマラを見てフッと笑った。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
タマラはホッとしたように微笑み、すっかり冷めた紅茶を飲み干した。
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