怖い夢

こくまろ

第一の夢_背を向けた女


 夢の中で僕は、塾からの帰り道だったのかな、夜道を一人で歩いていたんだ。すると、前の方に若い女の人が歩いているのが見えた。夜道で女性の後ろをずっと歩くのって、相手を不安がらせそうでなんか気まずいじゃない?だからさっさと追い抜いちゃおうと思ってちょっと歩くペースを上げたんだ。

 でも、不思議なことに全然追い抜けない。それどころか距離が縮まってる感じもしないんだ。その女の人はヒールのある靴とロングスカートで、どう見てもそんなに早く歩けるような格好じゃないのに。

 なんだか急に気味が悪くなってきて、ちょっと遠回りになっても良いから別の道から帰ろうと思った。ちょうど交差点に差し掛かったんだけど、その女の人は真っ直ぐ歩いていったから、僕は右に曲がったんだ。

 でも、しばらく歩いていたら、いるんだよ。なぜか。あの女の人が。さっきと同じように、僕の行く先をつかつかと歩いている。ここに至ってようやく気付いた。僕はあの女を追い抜けないんじゃない。あいつが僕を追い掛けて、追い詰めようとしているんだ。一定の距離を保ちながら、じわじわと。

 僕はもう怖くなって、来た道を全速力で引き返した。走って、走って、もう流石に引き離しただろうというところで、恐る恐る後ろを振り返った。僕は思わず「ひぃっ」と悲鳴を漏らしてしまった。そこにはやっぱりあの女がいたんだ。しかも、さっきと同じように、こちらに背を向けた状態で。もう歩いてはいなかった。じっと佇んで、顔はこちらに向けていないはずなのに、背中で僕のことを睨めつけているようだった。

 僕は冷や汗を流しながら、必死になって考えた。どうすればこいつから逃げられる。どうすれば……どうすれば……


 その時、ふと、考えが閃いた。

 女の背を凝視したまま、後ろに一歩下がる。

 女は動かない。

 試しにもう一歩下がってみる。

 やはり女は動かない。これだ。

 女から目を離さないようにして、僕は一歩一歩下がっていった。女の姿はどんどん小さくなる。そして小さな点になり、やがて見えなくなった。僕は後ろ歩きをしながらほっと胸を撫で下ろした。


 瞬間。


 背中にどんっと衝撃があった。人の感触。背中同士でぶつかったようだった。


「あっ、すみませ……」


 振り向きながら慌てて謝罪を口にしたところで、全身が粟立った。この背中はまさかあの女の……。だとするとマズい、絶対に振り向いちゃ駄目だ。

 でも体はもう振り向く動きをしてまっていて、止めるには遅すぎた。相手もこちらと同じように振り向こうとしているのが分かった。ああ、見てしまう。見えてしまう。

 そしてついに僕は見た。

 その女の顔を。



「あれぇ、覚史さとし、あんたこんなとこで何してんの」


「……姉ちゃん」


 ぶつかった相手は、僕の姉だった。きょとんとした顔でこちらで見つめている。拍子抜けしたのと安心したのとで、僕はその場で崩れ落ちそうだった。


「こんな夜道でふらふらしとったら危ないよ。塾からの帰り?ほら、行こ」


 姉が手を繋ぐようにと差し伸べてきた。中三にもなって流石に恥ずかしかったけど、さっきまで散々怖い思いをしていたというのもあって、人の温もりが嬉しかった。姉と手を繋ぐと体に血が巡るように安心が広がっていった。

「いくつになっても、怖がりでしょうがないねぇ」

「うるさいな」

 姉に揶揄われながら夜道を歩いていく。これでようやく家に帰れる。

 でも、まだ何かが僕の中で引っ掛かっていた。

 何かおかしい気がする……何かが……

 すると、急に違和感がはっきりとした形になって腹の底からせり上がって来た。僕は繋いでいた手を振り払って「わーーーーーっっっ!!!!」と叫んだ。その自分の大声で目が覚めた。

 僕は一人っ子で、姉なんていなかった。










「いや怖っ、最後ゾワッとしたわ。見てこれほら、寒イボ」

拓也が感想を口にしたのをきっかけに、響介も「いいじゃんいいじゃん、覚史さとし君、持ってるね〜」とヒソヒソ声で囃し立てた。潤一は余程怖かったのか、布団を頭まで被っていた。


 僕達は塾の夏休み合宿に来ていて、相部屋になったメンバーがこの5人だった。全員同じ中学で、クラスはバラバラであまり交流はなかったんだけど、今回の合宿で一気に仲良くなった。最終日、このまま寝ちゃうのは勿体ないよなということで、誰が言い出したのか怖い話をしようということになったのだ。まぁ夏だし。それに、明かりをつけていると見回りの先生に見つかって怒られるのは目に見えているので、暗い中でも小声で盛り上がれる怖い話はぴったりだった。

 僕達はうつ伏せのまま輪になって、頭を寄せ合い、順番に手持ちの怖い話を披露していった。その最後が、この覚史さとしくんだったのだが、


「僕はみんなみたいに怖い話を知らなくて……つまんないかもしれないけど、夢の話でもいいかな?」などとおずおずと言うので、「怖ければ全然OK!」「とりあえずいってみよう!」とノセて語らせたのが今の話だった。

 正直に言うと、他人の夢の話はつまらないと相場が決まっていると思っていたし、所詮夢オチでしょ(笑)と舐めていたのであまり期待していなかったのだが。くそっ、ちょっと悔しい。僕がさっき話した、人形達だけが住む洋館の話よりも怖かったかもしれない。


「悠介君は、どうだった?」

と、急に覚史君に振られたので、

「いや、正直面白かったよ。怖い夢を見る才能があると思う」

と、よく分からない賞賛をしてしまった。


 覚史君ははにかみながら

「実は、怖い夢の話ならもういくつかあるんだけど、それも話しちゃっても良いかな……?」

とこれまた遠慮がちに言った。

「いいやんいいやん、出し惜しみなしでいこ」と響介が言い、僕も「言っちゃえ言っちゃえ」と乗っかった。拓也は「俺も手ぇ繋いでくれる優しくて美人の姉ちゃんが欲しいよ」とズレた感想を今更述べた。


 覚史君は一瞬照れたように笑った後、次の夢を語り始めた。

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