1 うさぎパンツは宇宙を救う……!?

「私の機嫌損ねるな。宇宙の藻屑になりたくなければな」


 博士は物騒な口癖を吐きながら、その場で腕を広げてバレリーナにようにくるくると美しく二回転。ああ、今日も死人が出るな……今週で二人目だと僕は哀れな同僚の最期を見送った。


「何故回るのか、だと? わからないのかゴミクズめ。この白衣とスカートがふわりと舞う様が美しいだろう?」


 理解できなくもないが、僕達はその 光景を見たことがない。何故なら、彼女の白衣とスカートの背面の裾はいつも捲れ上がり、ふっくらもちもちプリッとしたお尻……というよりも、可愛らしいうさぎ柄のパンツが丸見え。スカートがふわりと舞うどころが、パンツを360℃に見せつけているだけなのである。


 ああ、今日もうさぎパンツが見えている。きっと着替えかトイレのタイミングでスカートと白衣の裾が乱れるのだろう。毎日違ううさぎ柄なので、きっと博士は相当なうさぎ好き。彼女が開発したこの真っ白な宇宙船の名前だって『スイート・ラビット号』という、ふざけた名前なのだ。


「全く、気分が悪い。もう一人殺してしまいそうだ」


 言いながら、第一廊下で朝礼が始まる。壇上に上がった博士は、先程十八名に減った隊員達を腕を組んで見下ろした。


「もうすぐ木星近くのエウロパが見えてくる。何度も言うが、私はここに生命体がいると考えている。地球外生命体の発見という我等の目的を果たすために! 死力を尽くすように。それと……皆警戒を怠るなよ。死にたくなければな」


 かっこいい台詞を吐いても、うさぎパンツは丸見えで。おまけに眼鏡が額の僅かに上だ。後で「眼鏡がない!」と騒ぐ姿が目に浮かぶ。博士のドジっ子属性に隊員達は皆慣れてしまったので、誰も口に出すことはない。優しさ、それに恐怖心。指摘すればきっと殺されてしまう。



 ──ビーッ! ビーッ!



 突然、船内に響き渡る警告音。まさかこの船に限って、外部からの侵入を許してしまうなんて!博士を見ればわかる──口元に手を当て、やべー……と目を泳がせている、黒髪白衣の科学者。またうっかり何かのスイッチを間違えて押してから部屋を出てしまったのだろう。畜生!ドジにも程があるだろうこの科学者!


「不味い! 侵入者か! さては仮称木星人だな!? すぐにここへ到着するぞ!」


 不味いって、招き入れたのはアンタだよ?という言葉を皆が飲み込む。壁のモニターに映るのは、仮称木星人の姿。どら焼きのような頭部、胴体は無く、無数の触手がにょろにょろと生えている様は、数百年前にとして描かれた姿形に酷似していて。皆がモニターに釘付けになっている間にも、僕達の後方は仮称木星人達で埋め尽くされた。


「くそぅ! 眼鏡がない! よく見えない!」


 博士がドジを踏んでいる間にも、仮称木星人は言葉を発し始める。僕達は出航前、博士の開発した宇宙語翻訳機なるものを体に埋め込まれているので、地球外生命体の言葉の翻訳など朝飯前であった。


「突然 押しかけてしまイ 失礼をしタ 我々ハ かの星ヨリ やってきたモノ」


 真っ黒で底が見えない瞳に、タラコのような唇を動かして言葉を発している。うにょうにょと蠢く触手は、おぞましくて仕方がない。


「青イ 星ノ 生命体ヲ 我々ハ 研究対象ト シテイル 青イ星ハ 我々ノ 管理下ニオキ 研究させてモラウ」


「私は青い星の生命体で最高の頭脳をもつ科学者、キノシタ サクラコだ。誰の命令も受けん。研究対象となるのはお前達だ……仮称木星人」


「うるさい 生物ダナ」


「お前の方が喧しい。私の機嫌損ねるな。宇宙の藻屑になりたくなれればな」


 無事眼鏡を発見した博士は、そう言ってその場でくるくると回る。仮称木星人たちはどよどよと騒ぎ始めた。


「なんだ アノ ぷりぷりな 肉 それに 白い 布地 アノ白い毛 目の赤いモノは 生物カ?」


「アレ ハ 下着 青イ 星ノ 生命体たち 独自ノ 文化 白い生き物ハ 不明」


「体ガ 顔ガ 熱いのハ 私 だけカ?」


「ワタシ モダ」

 

 仮称木星人達の頬は赤々と染まり、明らかに様子がおかしい。あの真っ黒な瞳から零れ落ちているのは……涙か? うさぎパンツに感動した地球外生命体がありがたそうに触手を合わせて泣いている……?


「なんだかわからんがチャンスだ撃てー!!」



 ──キュイーン! ババババッ!!



 光線銃から青い光が放たれ、博士の高笑いが響く。


「はっはっは! エウロパへ行けばまだ仲間はいるのだろう! そこで回収させてもらう! お前たちは皆殺しだ! 私も撃つぞ!」


 ドジだが射撃の腕は超一流。銃口は的確に青いどら焼きを捉えて撃ち抜く……が、パンツを晒しているので、絵面がシュールだ。本人も気が付いていないし。


「博士! 動力室で異常が!」

「なんだと!? 先程私が直々に操作設定をしていたというのにか?!」


 あーそれが原因だよ博士。大丈夫かな。


 僕達は任務を果たし、無事地球へ帰れるのだろうか。出航時も問題はなかったし、きっと大丈夫だろうと信じたい。


 よし、仕事だ。僕は光線銃を構え、銃口をどら焼き達に向けた。

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