妻を自称する怪しげな女が記憶喪失の俺を献身的に世話してくる

志波 煌汰

プロローグ:病室にて

(遠くからぼやけた声)


「……して。目……して」


「お願い……目を……」


(声はどんどん鮮明になる)


「頼むから……きて……」


(やがてその声ははっきりと耳に届く)


「目を、覚ましてよぉ……っ!」


「……あ」


「嘘、本当に……目を覚ました……?」


「……ううっ」


「うわぁあ~~~~!! 良かったよ~~~~~!! 目を覚ましてくれて~~~~!!!」


「このままずっとっ、目を覚まさなかったらっ、わた、私、どうしようって……」


「良かった……本当に……」


「……ん?」


「そのぽかんとした顔、もしかして……状況が分かってない?」


「ここは病院だよ」


「事故に遭ったの、覚えてる? 車に跳ねられて……」


「……え?」


「……私のことが、分からないの?」


「これって、もしかして……」


「記憶喪失って奴!?」


「ちょ、ちょっと待ってて! お医者さん呼んでくる!!!」


【SE:ぱたぱたと走る音】


「すみませ~~~~ん!!! 目を覚ましたんですけど、記憶喪失みたいで~!!(遠い声)」


……

…………

………………



「……ふぅ」


「ようやく落ち着いた、かな」


「検査の結果、頭に深刻な外傷はないって。良かったね」


「これなら、そう遠くないうちに元の生活に戻れるだろうってお医者さん言ってたよ」


「それで……その」


「やっぱり、私のこと、分からない?」


「……そっか」


「逆に、どこまで覚えてるの?」


「……自分の名前くらいしか分からない?」


(溜息)


「……そっかぁ~」


「う~んこれは……困ったね」


「事故のショックで一時的な記憶障害になってるだけだから、ふとした瞬間に思い出すかもってお医者さんは言ってたけど……」


「しばらく無理は禁物かもね。ゆっくり療養していこう」


「……え?」


「結局、私が誰なのか、って?」


「……まさか改めて自己紹介することがあるなんて、思いもしなかったな」


「それじゃあ説明すると、私は和音かずね。どういう関係かって言うと――」


「――はっ」


「え? いやいや、なんでもないよ?」


「何か思いついたような顔をした、って……まさか、そんな」


「なんでもない、なんでもないって」


「……で、私が誰か、だけど」


「(小さな声で)……恋人」


「あ、あなた、の……恋人、だよ?」


「……って言うか、妻?」


「そう、妻! 妻だよ!」


「私は、あなたの、可愛い妻! です!」


「……何その顔」


「絶対信じてないでしょ! 嘘だーって顔してる!」


「ほ、ほんとだよ? 嘘ついてないよ?」


「いやいや、考えてもみてよ。私、あなたの病状についてお医者さんに教えてもらってるんだよ?」


「今だって、もう面会時間過ぎてるのに病室に居ることを許されてるし……赤の他人のわけ、ないでしょ?」


「……まあ、記憶喪失だから信じられないのも無理ないけど」


「こ~んな美人の妻が居るなんて、びっくりしたでしょ? したよね?」


「……何、そのリアクションに困ったような顔は」


「暗いからちゃんと見えてないんじゃない? よーく見えるようにしてあげる」


(顔を近づける)(耳元で囁く)


「ほら……よく見て」


「……ね? 美人でしょ?」


「こんな綺麗なお嫁さんが居るなんて、本当にラッキーなんだから」


「思い出せないのは、仕方ないけど……これからたーっぷり教えてあげる」


「……ね? あ・な・た♡」


(耳に息を吹きかける)


「……ふふふっ」


(離れる)


「顔真っ赤にしちゃって。照れてる照れてる。かーわいっ♡」


「……私も顔赤いって? み、見間違いじゃない?」


「だって、これくらいのスキンシップはいつもしてるんだから。……ほんとほんと」


「……もう一度聞くけど、本当に私のこと思い出せないんだよね?」


「……そっか」


「まあ、無理に思い出さなくてもいいよ。分からないことは、私が教えてあげるから」


「明日には退院していいって先生言ってたから……そしたらお家帰って、ゆっくりしよ」


「私たち、二人の家で、ね」


(再び耳元に顔を近づける)


「い~っぱいイチャイチャして、私がお嫁さんだってこと、分からせてあげるから」


「楽しみにしてて、ね?」

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