不死身のフシさん

極楽司狂

第1話 不死身のフシさん


私の高校には、不死身のクラスメイトがいる。その女子は、今日も気さくに話しかけてきた。

「ねェねェ聞いてヨ。この前さァ、ソノ辺に落ちてタ炭酸水飲もうとしたらさァ」

「落ちてるもの飲んじゃ駄目だよ……」

私は今日も至って冷静に口を挟んだ。

「ソレデさァ!なんかさァ!喉がヤケにパチパチいッテさァ!『ナンカコノ炭酸水めっちゃキくなァ〜〜』トカ思ってたらさァ!…………ククッw」

その子はしばらく感情を押し殺す様に口元をギュッと抑えたが、やがて堪えきれずに、ブラックホールの様な黒い瞳をギョロリと回し、ピエロみたいな不思議な声で笑いだした。


「そしたラさァ!ソレ、炭酸どころか、硫酸デさァ!気付いたラ、ワタシの喉………w


溶けテやがンのwwwwwwwwww」


ゾンビの様に身体を反らしてケラケラ笑うその子の姿を、私は波立たぬ水面の様な態度でただ静かに見つめ、呟く様に指摘した。

「……どうして女子高生が散歩道で硫酸にエンカウントするんだろうね」

──彼女の名前は、藤ヶ谷フシさん。整っていない長めの黒髪を持ち、ずっと見てると昏倒してしまいそうな瞳を眼鏡で覆った、パッと見は割と普通の女子高生。

だけど、周りと決定的に違う事がひとつ。

フシさんは、どれだけ身体が傷ついてもあっという間に再生してしまう程の、不死身の体質の持ち主だったのだ。

その事を当の本人はあまり気にしていないらしく、学校やクラスメイト達も、フシさんのその恐るべき不死性に特に疑問を持つ事もなく、「多様性の時代」という事で彼女の存在を当たり前の様に受け入れている。

フシさんはようやくひぃひぃと息を切らして笑うのを止めると、何やら透明なタッパーを取り出し、子供が自分の作った泥団子を見せる時の様な純粋な笑顔を浮かべながら中のものを私の目の前に差し出してきた。

中には、ぐちゃぐちゃに潰れ、血に塗れた楕円状の肉片と、黒ずんだ歪な形の石の様なものが乱雑に詰め込まれていた。

フシさんが嬉々として言った。

「見テ見テ!コレ、ワタシの舌と歯!ぐッッちゃぐちゃに溶けちゃッタwww」

「見せなくていいよ……お陰で私のSAN値もぐちゃぐちゃだよ」

タッパーにぐちゃっと詰められた彼女の舌だったものは、突然まるで生き物の様にビチャッと跳ねると、そのまま中を陸に打ち上げられた魚の如く、黒く濁った血飛沫を散らしながら、ビチッ。ビチビチビチッ。と這い回った。

私は眉間に皺を寄せたが、フシさんはまるでテンションを落とす気配なく続けた。

「いーーでショ、記念ニ!……ア、欲しけリャあげるヨ」

「要らないよ……コレに価値があると思ってるその頭に疑念しか湧かないよ」

私は溜息を吐いた。

フシさんと私の関係は、なんて訊かないでほしい。

私にもよく分からないんだから。

ある日気が付いたら、私は彼女の良き(?)話し相手になっていた。

フシさんは、普段から人がやりたがらない事も率先してやってくれたり、人の話も真摯に聞いてくれる。多分根は優しい子なんだろう。

私自身も、大抵は彼女と話していて楽しいし、助かる事も多いのだが——時々、明らかに「ズレてる」と感じる事がある。

私は常に冷静だから、ちょっとやそっとの事では取り乱したりしないのだが……ひとつ、彼女について語る上で、是非ともピックアップしておきたいエピソードがある。

——あれは、私やフシさんを含め、何人かのクラスメイトとBBQしに行った時だ。


「……ところで皆、具材持って来てるよね…?」

私がそう言った瞬間、時が止まった。

しん、と静まり返った空気の中、皆が口々に呟いた。

「まさか……」

「嘘だろ……?」

「私ちくわしか持ってない……」

「俺さっきそこでセミ捕ってきた!」

なんと通達ミスで、誰も食材を持って来ていなかったのだ。

皆が困り果てた時、フシさんが勢い良く挙手した。

「心配ゴ無用!このワタシに任せナさいナ!」

フシさんはそう言うなり、何処かへ走って行ってしまった。

——数分が経ち、戻って来た時には、両手にカゴいっぱいのソーセージを抱えていた。

「さァオ食べ!沢山用意しといテ、良かッタァ〜〜!」

カゴが重いのか、ヨタヨタと足取りをふらつかせながらも、フシさんは満面の笑みを浮かべて自信満々に叫んだ。

「すごーーい!こんなによく用意出来たねー!」

「フシさんナイスゥーー!」

まるで駆けつけた飯屋メシアを称えるかの様に、歓声を贈るクラスメイト達。

そうして、そのBBQではフシさんの持ってきた変わった形のソーセージを焼く事となった。

こんがりと焼けたソーセージを皆が頬張る。

それは、「パリッ」というよりかは——「グシャッ」という食感だった。

クラスメイト達が口々に言った。

「フシさん、このソーセージ美味しいよ!ちょっと変わってるけど……」

「形はちょっと歪だけど、クセになる食感だなぁ!」

フシさんは、ニコッと笑って言った。

「エヘへッ!ワザワザ切ってきタ甲斐がありましたヨ〜〜!思ッタより好評デ良かッタ!」

「……〝切ってきた〟?」

妙な食感のするソーセージを奥歯で噛み潰しながら、私は眉を顰めた。

——ふいに、ガリッ、という感触がして、私は今さっき齧ったソーセージの表面を覗き込んだ。

本物のソーセージと差程遜色ない肉の中に埋まっていたのは、白くて小さな、三日月型の固い謎の物体。

私は思わず隣に居たフシさんに、ボソッと訊ねてみた。それが、間違いだった。

「……ねぇ、コレって」

私のソーセージ——その代わりにされたモノについて問おうとすると、フシさんはすぐに驚いて詫びた。

「アア!ゴメンネ!処理ガ行き届いテ無かッタみたイ!ケッコーー難しいンデスよネ……」

申し訳なさそうに右手で額を押さえながら、左手でポッケから取り出したものは——切り落とされた、何本もの人間の指だった。

赤黒く染まった断面からは、一滴一滴を刻みつける様に、微かに血の雫が垂れていた。


「デモ……味は、悪く無かッタでしョ??」


私はそれから1ヶ月くらい、ソーセージを食べられなくなった。

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不死身のフシさん 極楽司狂 @Gokurakusikyo

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