第5話 昨日の敵は今日の下僕
『どうしたもんかね、これは』
目の前に横たわるのは、さっきまで大暴れしていた元・真っ黒オオカミ。
ワタシの中で真っ白に漂白され、今は目の前でスヤァ…としているのだけど。どうしたら良いんだろう。見た感じ、もう身体の方も大丈夫そうなんだよね。子犬の親っぽいし、二匹並べて寝かせておけばいいか。起きたらあとは自分で何とかするでしょ。
それよりも、気になるのは黄金の光を放つ大きな樹。この木、なんの木、気になる木。
マナとは違う、でも力強くて心地いい光は何だか食欲をそそられちゃう…
『小さき者よ』
『うへぇぇい?!』
いきなり声が聞こえてビックリしてしまった。どこから聞こえたんだろ。気の所為?
『私は
『あ、いえ…ドウモ…』
眷属とか穢れとか、一体なんのことだろう??
『精霊と神と違う世界の光を纏う者よ。この白い獣は私を護る神の獣。あの暗きマナは穢れといい、全てを狂わせる危険なモノなのです』
『あぁ、だからピリピリしてヤバそーだったのか。納得ぅ』
『ところで、その奇怪な姿は…。アナタほどの力ならどのような姿にもなれるでしょう?』
『ふぇ?そうなの??』
え、ワタシってばクリオネがデフォじゃなかったの??
『ワタシは気が付いたらこの姿だったし、フリョウヒンだって他の精霊に襲われたから…』
『なるほど。それは恐らく、異界の魂の記憶に姿が引き摺られたのでしょう。精霊達のいうフリョウヒンというのは、自我が宿らないマナ塊の事。自我を得た時点で立派な精霊なのですよ』
『そうなの?…自我を得たのはユージュリアの魂が混ざったからだと思ってた』
『ふむ…アナタに混ざる神の子の魂に自我は残されていません。だからこそ混ざり合っても狂う事なくいられるのです』
『へぇ…知らなかった』
知識はバッチリ!とか思っていた自分が恥ずかしい。でも、そっか。ユージュリアは居ないのか…。
薄々、そうじゃないかとは思ったていたんだ。知識や思い出はちゃんとある。なのに、思考の中にユージュリアは居ない。つまりそれは、ユージュリアという自我が無いって事で…。その事実に、胸がギュッと痛くなった。
ワタシに溶けた綺麗な光を思い出す。貴女が得た記憶と知識は、大切に持っておくから。今はゆっくり眠っていてね、もう一人のワタシ。
(約束ね?)
そう言って、一人の少女がフワリと笑った気がした。
『さて、守護者を起こさねばなりませんね』
そんな声とともに、黄金の光がオオカミ達に降り注ぐ。
【ウッ…私は一体何を…】
オオカミがゆっくりと身体を起こす。そして―
【世界樹から離れろ異形の輩ッッッ!!!!】
ワタシを見るなり飛び掛かってきた!!
バチコーーーーン!!
『控えなさい!!!愚か者ッッッ!!!』
樹から蔓が伸びて、オオカミを押さえつけた!!!そんなワザがあるなら、さっき使ってよ!!!
『穢れで動けなくて…』
そんな『てへペロ。』みたいな雰囲気で言わないでほしいな!
【うぐぅ…大樹さま、この奇っ怪なモノは一体…?】
押さえつけられたまま、オオカミが尋ねる。その姿勢でなお、ワタシを奇っ怪なモノと言える勇気に脱帽だよ!
『この者はお前と私の穢れを祓い、この地に安寧をもたらしてくれたのです。頭を垂れて敬うべき相手を見極められぬとは、守護者として未熟な証拠。再び修行を積むべきですね』
【なっ?!…申し訳ありませんっ】
あーあ、耳も尻尾も垂れちゃって…。ま、当然だよね!反省しなさい!
『それと、お前の仔。見境なく精霊を襲うような
【ピッ…!】
あ、子犬も起きてたんだね。こっちは耳と尻尾が垂れるだけじゃなくてプルプル震えてる。
『仔は霊峰に預け、お前はこの者に付き従いなさい』
『はぁ?!』
【えっ?!】
いや、躾のできてない犬とか嫌なんですけど。
『そう言えば、名を聞いていませんでしたね』
『えっ、名前?…なまえ…』
えぇと、名前かぁ。そもそも精霊に名前なんてないのだけど?
『魂に刻まれた名があるでしょう?』
それは、たぶん前世の名前とワタシに溶けた魂の名前だよね。柚子とユージュリア、ふたり分。どちらを名乗るかって事なら…
『ユージュ…かな』
何となくだけど、こっちの方が良いかなって。名前の響きも似てるし、伸ばしたほうが異世界っぽいし。
『わかりました。ユージュ、手…えぇと…身体の一部を守護者の額に』
『あ、はい』
どうしようかと悩んだ結果。バッカルコーンではなくて、下の大根の先みたいな部分をオオカミの額に当てた。一応ワタシの中では足扱いなんだけど他意はないよ。ほんとだよ。
『当てた場所にマナを流しながら、名前を呼びなさい。貴女が思う、この者の名を』
えっと、つまり名前をつけろって事かな?
白…シロ…ブラン…ホワイト…スノー…
見た目の色から連想できる言葉を思い浮かべながら、オオカミをじっと見つめる。そういえばこんな至近距離で見つめなかったから分からなかったけど、綺麗な金色の瞳をしているんだね。金…キンタロウ?いや流石にそれはナシだわ。
あ、そうだ。
『…ルノ』
そう口に出した瞬間、オオカミの額がペカーッと光り不思議な紋章が浮かび上がった。
『ふぉぉ…不思議現象…』
紋章は消えることなく、入れ墨のように額に付いている。コレは一体…
『これで主従契約が結ばれました』
はいィーーーー?!
何言ってるのかな、この金ピカな樹はぁ?!
『ユージュを護り、導くのですよ』
【はっ、必ずや】
ワタシを無視して話が進んでるぅーーー?!
知らない間に二人…一本と一匹?の間で話が纏まっていた。どうやらオオカミはワタシについてくる気マンマン。いや、普通に困るし迷惑なんだけど。
【なんと…!?】
そんな『ガーーーーン』って顔されてもね。ワタシは成長するのに忙しいし、オオカミがいたら食事の邪魔だもん。
『仕方がないですね。一先ず、ルノはこのまま聖域を護る任を続け、ユージュが森の外へ出る時に供をなさい。ユージュ、構いませんか?』
『まぁ、それなら良いけど…』
『それまでに、ルノを貴女を案内するに相応しい男にしてみせますよ』
『うん、是非よろしく』
案内役をしてくれるなら断る理由はない。ユージュの知識も偏っていそうだし、森の外にどんな危険があるか未知だから。安心材料は多い方が良いってね!
それにしても…
ワタシは大きな樹に一つだけ生っている黄金の実をチラリと見る。
ツヤツヤしてて、マナも豊富そうで、見ているだけでヨダレが出そう。形はリンゴににているけれど、あれは何の実なんだろう?枝が揺れる度にワタシを誘うようにユラユラとして…
『バッカルコーン』
触手を伸ばして実をモギッとする。
『なっ?!』
【あっ?!】
一本と一匹が驚いた声を出しているけれど、そのまま黄金の実を捕食!
『んほぉぉ〜〜〜〜!!!濃厚〜〜〜〜〜〜』
今まで食べたマナの中でも特別上等な
『ユージュ?!』
【あああああっ?!】
外野が煩いけれど、それよりも満足感のほうが凄い。いつまでも味わっていたいけど、食べ物って儚いよね。
はふーっと息を吐けば、樹がプルプルと震えていた。
『わたっ…わたしの…わたしっ…実がっ…』
あれ、食べたらダメだった?でもさー、あんな風に見せられたら食べたくなるじゃん?
【我が君、世界樹の実というのは数百年に一度しか生らない幻の果実。その実には数百年に渡り世界樹が蓄えてきた神気が含まれ、神々はこの実を食すことで寿命を延ばし奇跡の術を扱うと云われています。また、ヒトにとっては死者蘇生の薬として知られているものです】
すんごい早口で説明されたけど、なんか思った以上にスゴイ実だった!?
はわわ…ってなったけど、食べちゃったから後の祭りだね。
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