バッカルコーンで異世界を生き抜きます!

高井真悠

第1話 ワタシが『私』から『クリオネ』になるまでの話

『痛い…痛いよ…』


全身が痛すぎて叫ぶ事も出来ない。息を吸うのも吐くのも難しく、指先一つ動かせない。


脳裏に浮かぶのは、水槽に漂う流氷の天使の優雅な姿。


『あぁ…ようやく本物を…見れると思ったのに…』


そんな無念を胸に、少女の意識はプツリと掻き消えたのだった。


* * * * * * *


森の奥深く、木々の間に漂う色とりどりの光があった。


フワフワと浮かんでは、風に舞うようにツイッと移動するソレを注意深く観察すると、やがて集まりだし塊になっていく。


(いまだ!)


光の粒が全て集まり一つになったその時。私は光の塊に向かってを伸ばし、それを『捕食』したのだった。




『ふぅ、満足♪』


あれから、何個もの光の塊を食べて満足した私は、木の枝で一休みをしている。地面からは相当離れた場所だけど、高さなんて何の障害にもならなかった。


『まさか、こんな事になるとは思わなかったな』


改めて自分の姿を確認してみる。


真っ白でツルリとした大根のような胴体に、羽のような手。頭は巾着を絞ったような形で全体的にうっすらと透けて見える。


『まさか…クリオネになるとはね…』


私の名前は上之保かみのほ柚子ゆずこ16歳の高校1年生…だった。


高校生になって、初めての夏休み。私は大好きなクリオネが隣県の水族館で展示されたと聞いて、居ても立ってもいられず両親を説得し、日帰りで目的地まで向かっていた。


駅について水族館の送迎バスに乗り、山道を走っている時だった。


前方から来たトラックが車線をはみ出してバスに向かってきたのだ。バスの運転手さんがハンドルを切ったのだけど、運悪くバスが走ってた道は左側に川。…あとは良く覚えていない。たぶん、あのまま川に向かって転落したんだと思う。高さはそこまで無かったから、運が良ければ助かってたと思うんだけど…こうして、ここに居るって事は運が悪かったって事だよね。


今でこそ慣れたものだけど、初めてこの世界で目覚めた時は大変だった…。


* * * * * * *


『うぅ…』


気がつくと、ワタシは森の中に浮かんでいた。そう、んだ。


『あれ…えっと…?』


なる前の事を必死で思い返す。


『えと…ワタシは…』


はマナが集まって自我を持った精霊の一つ。神の姿を写したと云われるの姿を持つことの出来なかった『フリョウヒン』というヤツだ。フリョウヒンは他の精霊のエサになるのが宿命なんだけど、ワタシはそれが嫌で他の精霊から逃げ出した。


必死で森の中を飛んでいた時に、不思議な色の光とぶつかって《混ざり合ってしまい》、その衝撃でワタシは精霊になる前、『上之保柚子』だった事を思い出した。


それからまず最初にしたのは、自分の姿を確認することだった。森の中を飛んで泉に辿り着くと、水面に自分の姿を映してすごく驚いた。


だって…クリオネになってたんだもん!!


あれだけ見るのを楽しみにしていたクリオネが、今目の前にいるのだ。それはもう飛び上がって喜んだ。…喜んだけど、別にクリオネになりたかったわけではないんだよ。ヒトの姿で水槽の中を優雅に泳ぐクリオネが見たかっただけで、クリオネになっても…ねぇ?


とは言え、クリオネになってしまったものは仕方がない。今のままでは他の精霊に捕食されてしまうのが、フリョウヒンの運命。


産まれたての精霊というのは、マナ塊を吸収して大きく育つ。なら、フリョウヒンなワタシでもマナ塊を食べて育てばヒトの姿になれるかもしれない。そう考えた私は、マナ塊…あの光の塊を食べる事にした。


しかし、ヒト型じゃない精霊はマナ塊を食べる事が出来ない。ヒト型じゃないフリョウヒンは殆どが形の崩れたヒト型だったから。しかし、ワタシはヒト型ではないけれど。ということは、捕食する為の器官もしっかりと備わっているという事。


それが『バッカルコーン』。某女性タレントの一発ギャグ的扱いになっているけれど、元々はクリオネの頭部にある捕食用の触手の名前。可愛い頭からグワッと触手が出てきて食べ物を捕食する映像を見たことはあるだろうか?アレである。


そんなワケで、何度か他の精霊仲間達に捕食されそうになりつつも、バッカルコーンを駆使して何とか今日まで生き延びている。身体も二周りくらい大きくなったし、飛ぶのもずいぶん速くなった。


まぁ、まだヒト型にはなれないんだけどね。


ワタシの根っこには柚子がいるんだけど、精霊としての知識もちゃんと備わっているんだ。だから、迷わずマナ塊を食べられたし精霊の生態も理解出来てるんだけど、それとは別に知識がある。


この世界はアースゼアといって、地球に良く似た星。地球と違うのはワタシのような精霊や魔獣に魔法使い、エルフや妖精といったファンタジーな世界なこと。マナと呼ばれる魔法の素が、酸素や二酸化炭素のように空気として存在しているんだ。


アースゼアでは、地球で言うところの『人間』は沢山のヒト型種族のうちの一つに分類されていて『ヒト属ヒューメ種』という種族になる。その他にも獣人属や魚人属、魔人族に天人属といった具合だ。そして、各種族よりも上位に位置するのが『神族』と呼ばれる種族のヒト達。…つまり、この世界の神様達という事になる。


神様といっても他の種族のヒトがそう勘違いしているだけで、本当は星が誕生した頃に生まれた長命で自在に魔法を操れるヒト型種族、全ての種族の祖先的存在。ファンタジー漫画で言えば『ハイエルフ』になる。本物の神様はもっと別の次元に住んでいるらしい。


何でワタシが神族の話をしたかと言うと、ワタシの中に溶けたの持ち主が、神族だったからだ。


名前はユージュリア、年齢は16歳。


衰退する一方だった神族の中で、久しぶりの子供だったユージュリアは身体が弱かった。


体内のマナをうまく循環出来なくて、あまりベッドから出られなかったみたい。ユージュリアは本を読むのが好きで、様々な本をたくさん読んでいた記憶がある。


そんなある日、神族の里に魔獣が現れた。神族の里はアースゼアの森の中にあって、魔獣が出るなんていつもの事なんだけど、運悪くユージュリアの家の近くに出現してしまった。それだけでなく、この日体調が良かったユージュリアは庭に出ていたんだ。


身体の弱かったユージュリアは魔獣から逃げられず…そこからの記憶はない。こうしてワタシの中に溶けたという事は、柚子と同じく命を落としたのだと思う。


フリョウヒンだった精霊

異世界転生の上之保柚子

神族の子供ユージュリア


この3つが奇跡的に混ざり合い、今のワタシが出来上がった。


死を迎えた事実に心は痛むけれど、今はこうして生きている。


だからワタシは、この世界を目一杯楽しんでやるんだ!

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