光の悪魔

ドラコニア

第1話 青葉タカシ


「我が血と臓物の叫びに応えよ光の悪魔ッ」


 時刻は夕暮れ。場所は寂れた小さな神社の境内の裏手。青葉タカシは地面に描いた魔法陣に向かって、できるだけ低く囁くように言い放った。魔法陣には梵字に似た蛇がのたくったような奇妙な文字がびっしりと書かれている。


「……」


 境内にまばらに生えている痩せ細った木から、カラスがガァとひと鳴きして飛び去って行く。静寂な境内に異様に大きく響く羽音に、青葉タカシはびくりと身体を震わせる。


「……だめ、か。」


 タカシはがっくりと肩を落とす。これで三十二回目の失敗。インターネットで調べた悪魔召喚の方法はこれであらかた試し尽くしたことになる。ほんとうに悪魔なんているのだろうか。いてくれなきゃ、困るのに。


 パキッという乾いた音がタカシの後方から響く。タカシはこの音を知っている。境内に散らばる枯れ木の枝。それが踏まれて弾けた時の音だ。


「だ、だれっ!?」


 み、見られた!? どうしようっ! タカシは音がした方向を思い切り振り返る。


 そこに立っていたのは、やけにくたびれた印象を与える三十代くらいだろうと思われる見慣れぬ男性だった。上はパーカーに下はズボンというなんとも締まりのない格好をしていて、髪は長いこと切っていないのか前から見てわかるくらいに襟足がふさふさで、もみあげももっさりと茂っていた。髭は申し訳程度に剃っているらしかったが、剃り跡が青々としていて剃らない方がまだましなんじゃないかとタカシは思った。


「私を呼んだか、少年」


「えっ! あ、悪魔、ですかっ!?」


 タカシの声がうわずる。


「私は…光の悪魔」


 喉に何かつっかえてるような、通らないだみ声だ。


「ひ、光…ですか」


「ああ」


「そ、そうは見えませんけど…」


 ちょっと身なりのいい浮浪者。それがタカシが抱いた正直な感想だった。


「……私は上位悪魔だからね。身分を隠すためにカモフラージュしているのさ」


「なっ、なるほど」


「信じていないな?」


 自称光の悪魔はそう言うと、いつの間にか左手に持っていたジッポライターを、カチンッという小気味よい金属音と共に着火し、これまたいつの間にか右手に持っていた煙草に火を点ける。


「光はすべてを遍く照らす。青葉タカシ十三歳。県立怒世目希けんりつどよめき中学一年生で部活には所属していない。一人っ子で両親は共働きで遅くまで帰ってこない。」


「えっ―」


 タカシは息をのむ。


「今学校の図書館から借りている本は『少年エドの大名行列3』で、二章のところから読み進めていない。昨日は夜中三時までネットフレックスでダークヒーロー映画『サバイブプール』を観ていた」


 淡々と語る自称光の悪魔の顔から、タカシは目が離せなくなっていた。彼の表情は、そこまで足を延ばしてきている夜のせいもあってか読み取れない。


「じゃ、じゃあ、僕の好きな食べ物は?」


「母親が作ってくれるハンバーグ。嫌い食べ物はロールキャベツ。肉を包むキャベツの葉を留めておくために刺してあるつまようじを気づかずに思い切り噛んだことがあるから」


「う、うそ……」


 当たっている。嫌いな食べ物と、その理由までも。ということは、僕は本当に呼び出すことができたんだ! ……悪魔を。


「どうするね、少年。私と契約すれば…あれだぞ。ほかにも光の速度で人を蹴ったりできるようになったり、ならなかったり…」


「し、しますっ! 契約っ」


 せっかく、やっとのことで召喚することができたのだ。僕の平穏な日常を取り戻すためにも契約しない手はない。アイツらさえいなければ。アイツらさえいなければ、きっと。興奮して大きく開いた鼻の穴から入ってくる煙草の匂いが、タカシには不思議と嫌と思えなかった。


「よし、契約成立だな」

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