Le demande de Raffine ラフィネの依頼

第52話 伝えておきます

 セルメント・ドゥ・コントロレが国王になったという御触れは、城から一番離れたこの辺境の町にも届いた。

 セルメントは忙しくしていて、今後の魔法使いたちとの関わりに対する方針の改定以外にも、国内の性差を失くす政策や、職業の格差などを含めて王としてのあらゆる職務に忙殺されていると言う。



「なのに、ここに来て油を売っていると」



思わず苦笑してしまう。

 相変わらずラフィネさんに勝るとも劣らない品のあるティーセットの扱い方だ。けれど艶めく赤茶の水面に視線を落として紅茶を嗜む彼の目元のクマは疲労困憊だと物語っている。いつも通りまあまあな調子といった風を装っているけれど、かなり疲れている様子だ。こっそり角砂糖を多めにソーサーに乗せておいて正解だったかもしれない。



「手厳しい意見だね。息抜きぐらいさせておくれよ」



そう言って彼はよく、仕事と仕事の合間を縫っては頻繁にロン・ドルミールへ訪れていた。

 そのせいで遊びに来たシャルロットとばったり出くわしてしまったこともあった。

 国王がここにいると知られては大騒ぎになってしまうと慌てたが、彼女は「こんなところに国王陛下がいらっしゃるわけがないわ」とセルメントの自己紹介を信じなかった。セルメントもその方が都合がいいと、彼女には本当のことを伏せるかたちで落ち着いた。その結果、セルメントはほら吹き男としてシャルロットに認識されることとなってしまったが。

 顔もきっと他人の空似だ似だろうと彼女は思ってくれたようだ。国王陛下のご尊顔をまじまじと見たことがある国民などは案外いないものだ。仮にいたとしても、それはとても稀なことだろう。見たとしてもせいぜい遠目からその姿を眺めた程度で、細かな顔の造形までははっきりとは見えない。それだけ国王陛下は、国民にとって御伽噺と同じくらい身近で遠い存在なのだ。

 それがいいことなのか悪いことなのかは別として、勉強や絵を描くことに息詰ったシャルロットと仕事に追われるセルメントはすぐに意気投合した。二人にとってここでのお茶の時間がいい息抜きになっているようだ。

 それを見ている僕も二人のいい表情を見て、近頃抱えている不安をひと時忘れることが出来た。



「今日は、ラフィネさんは?」



尋ねられたくなかった言葉を投げかけられ、胸がぎりぎりと痛んだ。



「…ここ数日、部屋にこもっていて」



数日前に突然、「素晴らしい作品の案を考えるので開けないでください」と言いつけられて以来彼の顔を見ていない。それが嘘であることに薄々気がついていながら、何も言うことが出来なかった。それくらいあの時のラフィネさんの笑みには有無を言わせない何かがあった。



「用があるなら伝えておくよ?」


「実はロン・ドルミールのことを国民に広めたくてね」



死を迎えても望めば大切な人の元にいられる、大切な誰かは死んでしまっても作品となって自分の傍にいてくれようとしてくれる。

 パトリシアさんのお父様は亡くなった後、額縁として娘の元へ。

 サンセリテさんは亡くなった後、モノクルとしてセルメントの元に。

 モルガンおじさんは亡くなった後、薔薇として奥様のいる墓地を管理する教会へ。

 オンドさんは亡くなった後、魂柱として教え子であるクロシェットさんの元に。

 オレリアンさんは亡くなった後、コンパスの針として次に騎士団長を引き継ぐ者の元へ。

 死した後も思いが繋がる作品の依頼を受ける店、骨董品店ロン・ドルミール。素晴らしい作品を生み出す作家――ラフィネのことを国民に知ってもらいたいと、真摯な目を僕に向けて話すセルメント。



「伝えておきます。恐らく嫌がると思うけど」


「僕もそんな気はしているよ。しかし言ってみるだけ言ってみようと思ってね。伝言、よろしく頼むよ」



 護衛に部下さんを連れながら城へと帰って行くセルメントに手を振り返し見送りながら、数ヵ月前のことを思い返す。

 オレリアンさんたち騎士様の一件があってからも、大金を手にして嬉々とするラフィネさんはいつもと変わりなかった。

 巡る季節の中、僕はいつの間にか大人と言える年齢にまで成長していた。そのことに気づくのが遅れてしまうほど、もっと腕を上げるためにとラフィネさんに沢山のことを時間をかけて教わっていた。

 任せてもらえる依頼の量も格段に増えて、作品の精度も自分が満足出来るくらいにはなった。彼にも『一人前になりましたね』と褒めてもらえた。だけど



『もう大丈夫ですね』



同時に彼はそう言った。そしてその日から少しずつ、彼は自分の依頼のほとんどを僕に一任するようになっていった。

 きっとこれまで一人で働いていたのだから長い休暇を取ってもいい頃合いだとでも思っているのだろうこの人は、と深くは考えずに黙々と依頼をこなしていった。

 最初は一人でなんとか頑張る僕を見守ってくれていた彼も、その日を境に安心しきったように一人部屋にこもるようになってしまった。

 初めは食事もいつも通り一緒に摂っていたし、花の手入れもしていた。だから仕事を一任されたことも違和感程度にしか思っていなくて、違和感に対する不安よりも仕事を沢山任せてもらえることに喜びの気持ちの方が勝っていた。

 でもここ最近は僕一人だ。

 いつの間にか、気がついたら、そんな風に意図されたように店のことも生活に必要なことも全て僕一人でやりくり出来るようになっていた。されていた、と言った方がいいかもしれない。依頼人の応対も、報酬額を決めることも、料理も花の手入れも。

それも全部、ラフィネさんがいないせい。

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