第51話 私が力を貸していたら

「ところで、コンパスにかけた魔法は何だいムッシュー・ラフィネ」



それは僕も気になっていたことだった。

 普段から魔法が使える者の傍にいると、魔法を肌で感じる事が出来るようになるらしい。同じ条件のセルメントがそう教えてくれた。

 あのコンパスからは微量だけど確かに魔力を感じた。



「あのコンパスは方角を示しません」



ラフィネさんはセルメントと顔を見合わせる。



「あれは新たに騎士団長となったあの若者が決断に迷った時、針がより良い道へと導いてくれるよう魔法をかけました」



肩越しに振り向くラフィネさんはいつもより少し、ほんの少しだけ悲しそうにそう話した。



「オレリアンがいたらそうしてあげたのは彼でしょうから、コンパスはその代わりですよ」



彼は去る騎士たちへゆっくりと視線を戻した。



「皮肉ばかり言い合っていた相手でも、いなくなられてしまうと寂しいものですね」







 アトリエの片づけをしながらラフィネさんに思い切って尋ねてみた。



「オレリアンさんが店に依頼へ来た日、半魔法使いは一つの魔法しか使えないと彼と話されていましたけど、先生はどんな魔法でも使いますよね?」



驚いたようにこちらを見るラフィネさん。



「話していませんでしたっけ?」



頷くと彼はデスクの上を拭きながら話してくれた。



「私の魔法は対象物に自由に魔力を付与することが出来るというものです。だからそう見えたんでしょう」



彼曰くこの魔法は魔力を付与した対象物が、その魔力に気づく、あるいは魔力を使う意思がなければ意味がないと言う。



「この前アトリエにひとりでに入って来たティーカップ、あれは遅れて魔力に気がついたパターンですね」



そう言えばそんなことがあったな、と記憶を手繰り寄せる。あの時は心霊現象だと思って椅子から飛び退いてしまった。先生がクスクス笑っていたから絶対に彼の悪戯だと決めつけていたけれど、そうではなかったらしい。食事かお茶の時間にラフィネさんがかけた魔法に気づかず、後になって気づいて弾かれるように動き出した、といったところか。

 無機物の物であっても、魔力を使う意思があれば大抵のことは出来てしまう便利な魔法。

 そう話しながら手に持っていた雑巾をバケツに浸ける。仕事に関しては、作品の考案から掃除に至るまで一切魔法を使わない。それも彼のポリシーで、僕は彼のそんなところを尊敬していたし好きだった。



「王子の部下は自身と自らが触れるものを不可視化することが出来る魔法をお持ちでした。出来ることは限られますけど、ああいった魔法の方が確実です」


「半魔法使い同士はお互いが半魔法使いであることと、保持している魔法がわかるのですか」


「そうですね、みんな例外なく黒髪でかつ偏った魔力を感じるので」



大体の半魔法使いは、義務であるという魔法騎士かファントムという仕事を努めなければならない二十年の間に自ら命を絶ってしまうという。ラフィネさんや部下さんのようにこちらの国に来ても、行く宛てがなく同じ結果になることがほとんどだと聞かされた。



「そういうものなんですね」



彼に倣って靴と靴下を脱ぎデスクの上に乗せ、床に水を流してモップをかける。

一面に広がった水に映るラフィネさんがどこか影を落としていて声をかけられずにいると、ひどく落ち着いた声音で問われた。



「私が力を貸していたら、オレリアンは死なずに済んだのでしょうか」

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