第30話 今日にでも出発しよう

 今朝方、完成した作品を明り取りから差し込んだ陽光が照らす。爽やかな朝日は昼時とは違い霧のような繊細な光を放っていて、降り注ぐその光は作品を儚げに魅せた。

 作品――骨で出来た白い薔薇はまるで本物である生花以上の美しさを持っていた。

モルガンおじさんの愛する奥さんは薔薇が好きだと彼が話していたのをよく覚えていたので、四季に関係なく薔薇が見られるよう彼の骨で薔薇を作った。きっとモルガンさんもそう望むと思ったから。

 共同墓地には置いてもらえないかもしれないから、そこからよく見える教会にこの作品を置いてもらえないか交渉しようと考えながら作り上げた。そこならいつでも子どもたちの笑い声も聞こえるし、きっと寂しくない。



「スヴニール、起きているか」



マルクさん声が聞こえ、何故か咄嗟に完成したばかりのそれを物陰に隠してしまう。



「どうかしましたか」



心臓が早鐘を打っているのを誤魔化すように微笑んでみせる。マルクさんはアトリエ内へ入ると、手近の丸椅子を引き寄せて腰かけた。



「実は、もう一つお前に話があってな」



真剣な面持ちで切り出された話だ。彼と向き合うように座り直し、居住まいを正す。



「仕事の都合で城に一つ近い町へ引っ越せることになったんだ」



この国は城下町に近づけば近づくほど豊かな暮らしが出来る仕組みになっている。つまりお金も身分もない者は、城から離れた町に追いやられてしまう。

 生まれた時に決まる身分を変えることは出来ないため、城へ近い町へ住む好機が訪れるのは仕事ぶりを認められた時だけ。昇進すれば城に近い町へ近づくことが出来て、その分少しだけ家計が楽になる。幸運にも、その話がマルクさんのところへ来たのだろう。



「おめでとうございます」


「ありがとう」


「では引っ越しのお手伝いをしに行きますね、何かと人手が必要でしょうし…」



喜ばしい報告、というだけではないらしい。僕は口を噤んでマルクさんの話に耳を傾けることにした。



「そこで、だ。お前もこんなおかしな店で働くのは嫌だろう?。喜びなさい、お前も一緒に働かせてもらえるように話をつけてやった。給料も悪くない」


「どうして…」



か細い呟きは彼の言葉にかき消された。



「今日にでも出発しよう。ここはなんだか匂うし、屋敷は不気味で仕方ない。何よりあの女々しいラフィネとかいう男が気持ち悪い。こんな店は早く出た方がいい。モルガンもろくな働き口を紹介しない」



吐き捨てるようにそう話すマルクさんに、もう限界だった。



「すみません。僕は行きません」



何を言っているんだといった表情で肩を強く掴まれる。



「それから…ロン・ドルミールをこんな店と言わないでください。人の死後へ生前の気持ちや思い出を繋ぐ素晴らしい仕事を僕はさせてもらっています」



そうだ。

 彼は店に置かれた作品にも僕にも、店に入ってからというもの一度だっていい顔をしなかった。むしろ気味悪がって、まるで蔑むような目でそれらを遠くから眺めていた。

 そんなマルクさんの様子を見ていたから、さっきも咄嗟に彼の見えないところに作品を隠してしまったのかもしれない。

 こんな風に意見が食い違って揉めてしまった際、作品を壊されてしまうかもしれないと恐ろしくなったから。



「僕は僕の意志で、僕なりに死との向き合い方を考えながらこの仕事をしています。だから、そのお話はお断りします」

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