第85話 真実を

「公爵様がお探しの白い犬の正体は、私なのです」


 ただ、真っ直ぐに。エドワルド様の顔を見上げて。

 噓偽りのない、真実を。


(心臓が、うるさい)


 緊張からなのか、今日一番大きな音を立てているような気がするけれど。きっとディーノさんのカウントのおかげで、誰にも聞こえてはいないはず。

 だからこそ、それを悟られないように。

 ある意味、一世一代の告白と言ってもいい内容だからこそ。ただひたすらに、前を向く。

 下を向いていたメガネの奥の視線が、ゆっくりとこちらに向かってきていることを感じ取りながら。


(どうか、信じて……)


 祈りにも近い思いを抱いていた私に。ようやく、その青みがかったグレーの瞳が焦点を合わせてくれて。

 そうして、エドワルド様が発した言葉は。


「ふざけないでいただきたい」


 ただただ、冷たいだけのものだった。


「私は、真剣な話をしているのです。本気で、いなくなってしまった飼い犬を探しているのです」


 その目は明らかに、私の話を一切信じていないものだった。

 分かりやすく、嘘だと断じられてしまって。傷つかなかったわけでは、ない。

 ただ同時に、すぐには信じられないのも理解できるから。


「公爵様が真剣であることは、存じております。ですから私も、その本気にお応えしたいのです」

「とても本気だとは思えない発言ですね」


 確かに、普通に考えればそうだろう。怒りたくなる気持ちも、分からないわけではない。

 それでも、これが真実だからこそ。


「公爵様がそうお思いになられるのも、当然のことです」


 必死にそれを伝えようとした、私の言葉は。


「ですが、信じていただけませんか? 私は――」

「もうそれ以上この話題を口にするのは、やめていただけますか? 大変、不愉快です」

「ッ……!」


 無情なまでに冷たいエドワルド様の声に、完全に遮られてしまった。

 それどころか、視線すら合わせようとはしてくれなくなって。


(……私、間違えちゃったのかな?)


 ただ、誠実でありたいと思っただけなのに。

 けれど、そんな私に追い打ちをかけるように。エドワルド様は、衝撃的な内容を口にしたのだ。


「そもそも何か手掛かりが掴めればと思い、パートナーとして名乗りを上げたのです。それがまさか、こんな見え透いた嘘を口にされるとは……」


 それは、つまり。


(私のパートナーが決定していないこの状態は、都合がよかったってこと?)


 そういうこと、なのだろう。

 初めから、本気でパートナーになってくれる気など、さらさらなかったということ。

 エドワルド様が知りたかったのは、エリザベスの行方だけ。


「っ……」


 ふざけないで、と。本当は、叫び出したかった。

 この時期になっても、まだパートナーが決まらないこちらの気持ちなど、完全に無視して。

 何の手掛かりも掴めなければ、その申し出をなかったことにすらしていた可能性だってあるわけで。


(バカにしないでよ……!)


 家格が違いすぎるし、オットリーニ伯爵様やおば様に迷惑をかけるわけにもいかない。

 最後の最後で、ちゃんとその理性が働いてくれたから。口には、出さなかったけれど。


 それでも、耐えられないと思った。

 これ以上は、無理だと。


「……お帰りください」

「っ!?」


 足を止めて、エドワルド様の胸を押し返して。

 信じるどころか、話も聞いてくれない。

 いまだパートナーが決まらない私をおもんぱかってくれないどころか、哀れにすら思ってくれない。

 そんな人、ならば。


「二度と、いらっしゃらなくて結構です」


 こちらから、お断りしてやる。

 そう強い意志を持って、見上げた先で。エドワルド様は、今日一番の驚き顔を見せていたけれど。

 そんなことはもう、どうでもいい。


「パートナーは自力で探しますので。失礼しますっ!」」


 最後の一言を告げて、私はエドワルド様に背を向けて走り出す。

 全員が突然の行動に呆気に取られていたからか、誰一人、私を呼び止めることもなく。そのまますんなりと、ダンスホールをあとにしたけれど。


(こっちだって、真剣なんだから……!)


 エドワルド様を見上げた瞬間、たかぶった感情とこみ上げてくる涙をこらえることができなかったのは、不覚だった。

 それでも、必死にパートナーを探している私を。信じてもらえないかもしれない真実を、意を決して口にした私を。まるで、全部否定されたような気がして。

 結局そのまま、与えられた部屋に駆け込んで。一人、悲しさと悔しさに涙を流したのだった。





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