第3話 森の魔女
つい先ほどまで、オットリーニ伯爵家の皆様と一緒にいたはずなのに。
気がついた時には、森の中の知らない場所で、ただ一人。
「……ここは、どこ?」
はぐれてしまったとか、そういうことではなく。本当に、
こんなに鮮明な感覚が、夢だとは思えなくて。でもやっぱり、状況が掴めなくて。
「本当に、
あまりのことに混乱してしまいそうだった私の耳に、聞いたことのない女性の声が届く。
思わず振り返ったそこには、空中に浮かぶ老婆のような人物の姿。
長いローブのせいで、全体的なシルエットはよく分からないけれど。だからこそ逆に、唯一見えているシルバーの前髪と明るいグレーの瞳が印象的だった。
ただ、その表情は言葉から想像できる通り、とても不愉快そうに見えて。
「え、っと……」
「若さか? それとも美しさか? いっそ両方かね?」
「あの、何のお話でしょうか……?」
目の前の人物が誰なのかも、何のことを言っているのかも分からないまま、告げられる言葉たちに。思わず私がそう問い返せば。
「あたしへの当てつけだろう? そうじゃなきゃ、この森にわざわざ足を踏み入れる理由がないだろうに」
宙に浮かぶ老婆は、さらに不機嫌そうな声と表情で、そんなことを言ってくる。
でも私には、一切そんなつもりもなければ、そもそもこの森がどんな場所なのかもよく分かっていないのだ。
「ま、待ってください! 違います! 私はただ、ちょっとした息抜きに……!」
「下手な言い訳はいらないよ。まったく、本当に気に入らない。そんなに美しさをひけらかしたいなら、もっと分かりやすくこうしてやるよ」
弁解しようとする私の言葉なんて、全く聞き入れてくれないまま。老婆はローブの下に隠し持っていた杖のような物を、私に向かってひと振りする。
途端に白い煙に包まれてしまった私は、今度こそ理解が追いつかなくて混乱してしまった。
「きゃあっ! ちょ、なに!?」
いきなり知らない場所に連れて来られて、いきなり現れた宙に浮く老婆に、いきなり言い掛かりをつけられて。
そして今度は、訳の分からない白い煙に覆われて。
(意味が分からない……!)
そうは思いつつも、
「その姿のほうが、美しさをひけらかすお前にはよっぽどお似合いだよ」
老婆の楽しそうな声に、そっと目を開いてみれば。ほんの少しだけ、違和感を覚えて。
立っているはずなのに、先ほどよりも目線の位置が低くなった気がする。それに、森の匂いを強く感じるようにもなった気がする。
どういうことだろうと、持ち上げていた腕をゆっくりと下ろしていけば。目に飛び込んできた光景に、思わず叫び声が出た。
「わぉ~~ん!?」
ただし、明らかに犬の鳴き声で。
「森の魔女を怒らせて、この程度で済んだことを感謝するんだね」
「わふっ!?」
「どういうことー!?」と叫んだつもりが「わぉ~~ん!?」になって。「魔女!?」と驚いたつもりが「わふっ!?」になる。
もう本当に、意味が分からない。
そして目に映る自分の腕が、白い毛に覆われた犬の前足になっているのも、意味が分からない。
「あたしの気が済むまで、その姿で過ごすことだ」
「わぅっ! わぅわぅっ!!」
「ちょっと! 待ってよっ!!」と言ったつもりが、全然人間の言葉にならないまま。
森の魔女と名乗った老婆は、出てきたときと同じように唐突に消えてしまった。
犬の姿になってしまったらしい私一人を、この場に残して。
「わぉーーんっ!!」
「どうすればいいのよーっ!!」と叫んだ、私の声は。やっぱり犬の鳴き声のまま、森の中に響いて消えていったのだった。
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