Ritual ~帝国に召喚されたダンゴムシと30人の学生たちの異世界デビュー~
シュンスケ
Ritual
僕の名は団吾郎。高校二年生。
身長135cm、体重35㎏。
あだ名はダンゴムシ。
あるいは「世界最弱男子」「人間サッカーボール」。二つ名には事欠かない。
生まれてこの方、僕は心から笑ったことが無い。
成績も容姿も最底辺、幼稚園から高校に至るまで一貫して虐められ続けてきた僕がいったい何に笑うというのだろう。
自業自得?
ダンゴムシに生まれた責任が僕にあると?
自業自得とか自己責任とかって、虐める側にとって実に便利で都合のいい言葉だよね。
「サッカーボール大会やろうぜ!」
男子たちは、僕をサッカーボールのように蹴りまくった。サッカー部の奴らは、シュートの練習という名目で執拗に蹴りまくった。
誰も止めやしない。教師だって笑って見てる。
教師曰く、生徒同士のちょっとした遊びだってさ。教師にはこれが遊びに見えるんだ。
奴らは必ず服の上を蹴る。顔や手など、見える部分はけっして蹴らない。
僕の身体は青あざだらけだが、教師たちがそれを目にする機会はない。
女子たちは笑って見ているだけ。
だが言葉と態度は明白だ。
「キモイ、臭い、菌が移る、近づくな」
廊下を歩くだけで、そんな言葉を浴びせられた。
虐めが終わると、僕は卑屈な笑みを浮かべて立ち去る。
別に笑いたくて笑っているわけじゃない。ただの条件反射だ。
虐めにあいながらも学校に通っている理由? それはたぶん僕が鈍いからだろう。
声を上げることも、助けを求めることもしないと分かっているから、虐める側は躊躇も遠慮もない。
それが僕の日常だ。
二年C組が異世界クラス転移に巻き込まれた時も、サッカーボール大会の真っ最中だった。
古代闘技場の舞台の上に転移した時、一部のクラスメートたちは興奮を隠せない様子だった。
「異世界転移なのか!?」
「クラスまるごと、クラス転移ってやつだぜ!」
「知ってるゲームの世界だといいなー」なんて呑気にのたまう奴もいた。
「ステータスオープン! あれ? ダメか」
すぐに幻想は打ち破られることになるとも知らずに。
「儀式は成功した。異世界人召喚遂行部に感謝する」
「はっ!」
異世界人召喚遂行部の面々は隊長に敬礼して去っていった。
「さて、異世界人の諸君。私は親衛隊隊長ラインハルメントだ。諸君らはルナシス神によって選別された戦士だ。誇りに思うがよい」
黒色勤務服を着た親衛隊隊長は金色の長髪に青い瞳のすらりと背の高い青年だった。彼の後ろには二人の親衛隊の青年が控えていた。
「強化訓練収容所所長!」
親衛隊隊長が呼ぶと、筋骨隆々とした戦士のような男が出て来て号令をかけた。
「男子は右に、女子は左に整列せよ!」
「ちょっと待ってくれ、俺たちをここに召喚した理由を説明してくれよ」
「二度は言わん、黙って命令に従え!」
「そんな横暴な」
男子が抗議したが取り合ってもらえなかった。
「ここは僕にまかせてくれ。僕は2年C組のクラス委員長だ。あなたたちの行為は誘拐に等しい。速やかに送り返すか、もしくはここでの安全を保障してほしい」
「黙って命令に従えと言ったはずだ!」
スパっ!
所長は腰に差した剣を軽く振り抜いた。
コロコロ。
クラス委員長の首が転がった。
「キャーーッ!」
クラスメートたちは騒然となった。
「黙れ!」
所長が威圧をあびせると全員が沈黙した。
「整列!」
恐る恐る整列するクラスメートたち。
「男子はオシフィム収容所へ! 女子はビルヘナ収容所へ!」
男子たちは所長に引率されて、女子たちは親衛隊に引率されて歩き出した。
「列を乱すな! よそ見をするな! 腕を振れ、足を上げろ!」
僕たちは、一列に並んで、一糸不乱に行進した。
目指すはオシフィム収容所。
オシフィム収容所の周囲には鉄条網が張り巡らされていた。東西南北に監視塔があり、中心部に収容所の建物があった。
収容所の隣には焼却炉があった。焼却炉からは絶えず煙が立ち上り、地面にはうっすらと灰が降り積もっていた。
部屋は六人部屋。左右には三段ベッド。
水は汲み置き、風呂はなし。トイレはボットン式だ。
割り当てられた部屋に入り、男子たちはぼそぼそと会話を始めた。
「異世界転生で最底辺からのスタートってありえねえだろ」
「くそっ、チートが見つからねえ、この先どうやって生きればいいってんだよ」
「剣と魔法の世界なんだよな。魔法あるよな?」
「わからん、俺にきくな!」
「女子たち大丈夫かな」
「他人の心配してる余裕なんてねえよ」
「あっちあっちでなんとかするさ」
「あいつらのことだ。今頃異世界の男どもを手玉に取ってんじゃね?」
「ちげえねえ」
二年C組の女子たちは美人でコミュ力も高く、特にファッションリーダーの女子は人気の的だった。
異世界に転移したその日から、過酷な訓練が始まった。
何の為の訓練? 質問は許されなかった。
体力の限界を超えて走り、拳で殴られ、足で蹴られ、木刀で叩かれた。
常に看守の目が光っていて、不平を漏らす者は容赦なく首を落とされた。
死体は焼却炉に放り込まれた。また、心を病んだ者は生きたまま焼却炉に放り込まれた。
灰はそこらへんに無造作にばらまかれていた。
訓練を終えて収容所に戻ると、掃除洗濯、野菜の皮むき、獲物の解体、ベッドメークなど、細々とした雑用もこなさなければならなかった。
水汲み、トイレ掃除、トイレの汲み取りの仕事は僕に押し付けられた。
「異世界に来たのにこんなハードモードありかよ」
「くそっ、体中が痛てえ」
「やっぱチートほしいな」
男子たちは愚痴をいいながら、雑用をこなしていった。
サボると物理的に首が飛ぶ。
この世界で必要なのは、知性や教養、要領の良さ、美しさや繊細さ、清廉さ、などではけっしてなかった。
必要なのは鈍さだった。
動じない鈍さ、考えない鈍さ、沈み込まない鈍さ、痛みさえ覚えない鈍さ。
鈍さこそがこの世界で唯一必要とされる生きる術だった。
異世界での僕のあだ名はダンゴムシだ。
日本でのあだ名と同じだ。
看守たちからの暴力を体をダンゴムシのように丸めて耐えた。
クラスメートたちの鬱憤晴らしの暴力を体をダンゴムシのように丸めて耐えた。
暴力という嵐が過ぎ去るまでダンゴムシのように体を丸めて耐えた。
嵐が過ぎ去ると、僕は卑屈な笑みを浮かべて仕事に戻った。
「なあ、俺たち何のために異世界に呼ばれたんだろう」
「知るかよ。知りたきゃ看守か所長にでも聞けよ」
「できるかよ。首が落ちちまう」
「強くなろうぜ。強くなってこの世界の真実を知ろうぜ」
「おう…」
収容所の片隅で僕を蹴りながらそんな会話をする男子たち。
僕の体は殴られれば殴られるほど頑丈になった。蹴られれば蹴られるほど強固になった。
幼少時から高校まで蹴られ続けた僕の背中は驚くべき固さになっていた。
「こいつ、笑ってやがるぜ!」
「気持ち悪い奴だぜ、まったく!」
卑屈に笑う僕を見て男子たちは蹴る回数を更に増やした。
男子たちが去り、立ち上がろうとしたその時、なにかが背中にぶつかった。
「あっ!」
ドサッ!
そいつは地面にすっころんだ。
スクッと立ち上がると、こちらに刃物を向けた。
「隠密を見破られてしまうとは、不覚…」
そいつは僕と同じくらいの背丈の、全身真っ黒なタイツに身を包んだ、見たことのない奴だった。
隠密って言ってたな。スキルか何かか。
そいつを見てあることに気が付いた。そいつの目には黒目がなかったのだ。
「目が見えないの?」
「問題ない。五感は誰よりも優れている。その上僕にはセブンセンシズがある」
そう言うと、そいつはナイフを振り上げて襲ってきた。
僕はとっさにダンゴムシのように丸くなった。
背中にナイフが突き刺さる。
カキン!
ナイフは弾かれて、地面に落ちた。
「あううぅ…」
そいつは手首を押さえて蹲った。
「手が、手がぁ…」
「これは捻挫だね」
ハンカチを水で濡らして戻って来た。
「これでしばらく冷やすといいよ」
そいつの手首にハンカチを巻いて、仕事に戻った。
隠密は一度認識するとスキルの効果が薄れるようで、時々そいつの姿を見かけた。
僕がひとりで仕事をしていると、隠密がやってきて話しをした。
狂った帝国。撃退してもいっこうに減らない戦士たち。
頻繁に行われる召喚の儀式。帝国は戦力を異世界から増強していた。
ルナシス帝国と敵対しているのはローリエン王国を筆頭とする連合軍で、現在帝国を追いつめている最中だという。
僕たち末端の男子には知らされなかった情報も隠密は教えてくれた。
オシフィム強化訓練収容所は別名絶滅収容所と呼ばれていた。
オシフィム出身の戦士たちの生存率は限りなくゼロに近かった。
時折聞こえる砲火の音。
戦場の足音がだんだん近づいてきた。
所長は後方へ下がり、看守たちは収容者が脱走しないように監視を強化した。
そしてついに鉄条網が破壊されて、敵の戦士が突入してきた。
僕たちも戦いに駆り出されることになった。
しかし、看守たちが敗走し、戦闘はすぐに終わった。
僕たちは両手を上げて投降した。
敵側の戦士の中にはあの隠密もいて、隊長らしき人物と話をしていた。
「おまえたちを元の世界に返すってさ」
隠密の少年がやってきて言った。
「そんなことできるの?」
「ああ。おまえたちを召喚した責任は自分たちにもあるから、必ず返すって言ってた」
* * *
二年C組がクラス転移に巻き込まれて約一年が過ぎた。
当時の担任の男性教師は、生徒たちが消えたあの日のことが忘れられずに、今でも時々教室に足を運んでいた。
生徒たちがいつ帰ってきてもいいように、教室はそのままにしてあった。
扉を開けると、この一年間何も変化がなかった教室に、突如魔法陣が現れ、強烈な光を放った。
光が収まると、教室の中央に、薄汚れた男子と、煌びやかな服を着た女子たちが立っていた。
「お、おまえたち!」
教師はすぐに分かった。一年前に消えた生徒たちが帰還したのだと。
生還した生徒は男子6名。女子15名だった。
「か、帰って来たあーーーーっ!」
「やったぁ! 助かった!」
「死なずにすんだよお。うううう…」
男子たちは感極まって泣き出した。
「おまえたち、今までどこでなにしてたんだ?」
教師が心配そうに尋ねた。
「俺たち、収容所に入れられてたんだ」
「苦しくて辛い日々だった…、だけど、解放軍がやってきて、俺たちを元の世界に送り返してくれたんだ」
「解放軍」という言葉が出ると、女子たちが激昂した。
「キイイイイーーーーッ!」
「なんでよぉ! 送還の儀式はやらなくていいって言ったのにぃ!」
「デビュタントでエスコートしてくれた親衛隊の青年のことが忘れられないの!」
「解放軍のクソ野郎ども! せっかく親衛隊といい感じだったのに邪魔しやがって!」
「ああん、親衛隊隊長様ーーっ! もう一度ご尊顔を拝みたいわーーっ!」
「あたしの推しを返せーーっ! このイ●ポ野郎!」
教師は苦笑した。女子たちは異世界でもたくましく生きていたようだ。
それから、ひとりの小さな生徒に目を向けた。男子たちの中で誰よりもボロボロで誰よりも薄汚れた少年。
「ダンゴムシ、お前も生き残ったんだな」
ダンゴムシ、団吾郎は頷いて、いつものように卑屈な笑みを浮かべた。
「ヘラヘラ笑ってんじゃねえーーっ!」
身長173センチメートル、かつて二年C組のファッションリーダーと呼ばれた女子の渾身の蹴りがダンゴムシを強襲した。
とっさに体を丸めて衝撃に備えた。
「親衛隊隊長と親衛隊を失ったうちらの悲しみを思い知れええーーっ!!!」
バコオオオオン!
ドガッ!
ダンゴムシは壁にめり込んでピクリとも動かなくなった。
女子の強烈な蹴りを目の当たりにして男子たちは衝撃を受けた。
「すげえ…。まるで身体強化魔法みてえだ…」
「なにいってるの。男子だってこれくらいできるでしょう?」
「無理無理無理!」
「女子はみんなチートもらったわよ?」
「俺たちにゃ、チートのチの字もなかったぜ!」
「あ、そう」
「ははは…」教師は引きつった笑みを浮かべた。「みんなが普段通りで先生は安心したよ」
ポトリ。
壁から落ちたダンゴムシは、いつものように卑屈な笑みを浮かべて立ち上がった。
【おわり】
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