「紅蓮の女官」

第42話 宮廷に潜む影

　宮廷での日々が少しずつ過ぎていく中、玲蘭は涼王のそばで日々の務めを果たしていた。彼女の働きぶりは涼王だけでなく、周囲の者たちにも認められ始めていたが、その存在感が増すにつれ、玲蘭に対する嫉妬や敵意もまた増していった。

　ある日の朝、涼王の執務室でのことだった。玲蘭が書簡を整理しながら涼王に報告をしていると、突然、重臣の一人が部屋に入ってきた。彼は顔に険しい表情を浮かべ、涼王に一礼した後、玲蘭に冷たい視線を向けた。

「涼王陛下、失礼ですが、この女官を重用しすぎてはいないでしょうか？彼女が国政にまで口を出す立場にあるとは到底思えませんが」

　その言葉には、はっきりとした敵意が込められていた。玲蘭はその冷たい視線を受け止めながらも、表情を変えずに涼王の隣に立っていた。彼女はこのような状況に備えて、自らの心を強く持つ覚悟をしていた。

　涼王は一瞬、重臣を鋭く見つめた後、静かに口を開いた。

「玲蘭は、私が最も信頼する存在だ。彼女の助言は常に的確であり、私の国政にも必要なものだ」

　重臣は驚いた様子で涼王を見返したが、次第にその表情がさらに険しくなった。

「しかし、陛下……彼女はただの女官です。あまりに信頼しすぎれば、他の者たちが不満を抱くのは必至かと」

　重臣の言葉はあくまで礼を尽くした口調だったが、その裏には明確な反発心があった。涼王は冷静に彼の言葉を聞きながらも、毅然とした態度を崩さなかった。

「玲蘭は、ただの女官ではない。私が信頼し、その力を必要とする存在だ。彼女を侮辱することは、私への侮辱と同じだ」

　その言葉に、重臣は一瞬息を呑んだ。涼王の強い信念を前に、彼はそれ以上反論することができなかった。

「……失礼いたしました、陛下。これ以上、無用な詮索は致しません」

　重臣はしぶしぶ引き下がり、深く一礼をして部屋を後にした。しかし、その姿を見送る玲蘭は、宮廷内での立場がさらに厳しいものになることを感じていた。

（私は……陛下のために、もっと強くならなくては）

　玲蘭はその場で心を引き締め、涼王の隣に立つ覚悟を再確認した。彼女が涼王のためにできることは、ただ彼に忠誠を尽くすだけではなく、宮廷の厳しい現実に立ち向かうことであった。

　---

　その日の午後、玲蘭は涼王と共に謁見の間に向かった。そこには宮廷内の重臣たちが集まり、国政について話し合う重要な場であった。玲蘭は涼王の隣で静かに控え、彼の進める議論を見守っていた。

　しかし、玲蘭がその場にいること自体が、一部の重臣たちにとっては不満の種となっていた。特に涼王に近い立場にある者たちは、玲蘭の存在感が増していくことを快く思っていなかった。

「玲蘭が、涼王陛下の側近として国政に関わるとは……我々も考え直すべきではないか？」

　ある重臣がその場でつぶやくように言った。玲蘭はその言葉を聞きながらも、冷静さを失わずに黙って立っていた。彼女の心の中には、ただ涼王のために尽くしたいという思いが揺るぎなくあった。

　涼王はその言葉を耳にしながらも、何も言わず、ただ静かに玲蘭に目を向けた。その視線は、彼女を信頼し、共に歩む決意を示しているものだった。

「玲蘭、君は私の隣にいる。何も恐れることはない」

　涼王のその一言が、玲蘭の心に深く響いた。彼女は静かに頭を下げ、その場を後にすることを決めた。

　---

　夜、宮廷の庭園にて。玲蘭は一人、静かに夜風に当たりながら、これからの自分の役割について考えていた。彼女に向けられる嫉妬や敵意が強くなる中で、涼王を支えるためには、もっと強くならなければならないという決意が彼女の中で育っていた。

　その時、涼王がそっと彼女の元に歩み寄った。

「玲蘭、今日はありがとう。君がいることで、私はどれだけ心強いか」

　涼王の声には、感謝と安心の気持ちが込められていた。玲蘭は振り返り、涼王に向かって微笑みを浮かべた。

「陛下、私はただ陛下のお傍で務めを果たしているだけです。それが私の役割ですから」

　玲蘭の言葉は控えめだったが、その中には深い決意が込められていた。

「君は私のそばにいるだけでいい。それだけで私は力を得られる」

　涼王はそう言い、玲蘭の肩にそっと手を置いた。その手の温もりに、玲蘭は心の中で強く応える気持ちを感じていた。

「陛下、私はどこまでもお供いたします。どんな困難があっても、陛下のお傍で支えていきます」

　玲蘭の言葉には、揺るぎない決意と愛情が込められていた。二人は静かに夜空を見上げ、これからも共に歩んでいく未来を見据えていた。