「僕の異世界」転生日記

蒼鷹 和希

第1話 転生輪廻に従いまして


 僕、大野正人は事故に遭って死んだ。

 交通事故死。白い車体の転生トラックに轢かれたのだ。

 眼前に迫ったトラックが視界いっぱいに映った時、これから訪れるチート生活に胸躍らせた。

 無論人生初の交通事故に遭った気分は最悪で、筆舌しがたい痛みを味わったが。


———君にもう一度人生を与えよう。……何か申し訳ないし。


 高く落ち着いた声が聞こえたと同時に体がふっと軽くなった。

 待ちに待った異世界転生だ。というか、転生の判断をしているのに雑な神様だな。

 


 目を開けると、白い靄で埋め尽くされたような世界だった。金髪をふんわり巻いた、背がやや高い女性がなぜか僕に向けてウインクしながら目の横にピースを作り、かと思えば、くるりと楽しそうに背を向けた。薄紅色のワンピースのような服の裾がふわりと広がる。彼女は何かを操作しているようだ。しばらくしてからこちらを振り返り、言った。

「誰?って思ったでしょ。こう見えて私は神様だよ!ほらほら、転生手続き出来たよ。いってらっしゃい!」

 

 と言うわけで、今の僕は赤ん坊だ。初めて見る異世界。どんなものだろう?

 目を開けた。驚いて声が零れた。

「ふえぇ……」

 使い込まれたような檜の箪笥。どう見ても柴犬なペット。極め付けに、椅子に座ってうとうとしている女性は街のどこにでもいそうな風貌。

 異世界ってこんなもの?魔法が使えたり、空を飛んだりする変なペットがいたり、耳の尖った人間がいたりするものではないのか?家具も何だか和風っぽい。

 そこは知らない誰かの家、としか言えない場所だった。

 一切前世と変わらない。


———あ、異世界に転生先を設定するの忘れてたかな?ごめん☆

 

 女神のせいで、僕の異世界チートライフはあっさり失われたようだ。

「ふえぇぇぇええん!うええぇぇぇええ」

「あ、あっちゃん、どうしたの……?何か嫌だった?」

 あたふたする女性。彼女はこれからは僕の母として過ごすのだろう。

 あっちゃんて誰だよ。あ、僕の新しい名前かな。

 僕の夢だった異世界ライフ。夢は夢のまま、僕は再び現世で変わらない日々をまた過ごすのか……?

 そうはなりたくない。宿命さだめに大人しく従ったりなどしない。変えてみせる!

  

 唐突に泣き、また唐突に泣き止む。赤ちゃんとはそんなものかもしれないが。

 本能とは無関係な行動ばかりする赤ちゃん、ここに誕生。


———ごめんごめん!でもその世界慣れてるでしょ?ある意味チートじゃん!

 

 反論する気すら起きない。ゆるかわな女神め。他人にまでそのゆるさを押し付けるんじゃない。もう僕は諦めて頑張っていくしかないのだろう。


 こうして、変わり映えのない現世での転生生活が幕を開けたのだ。



 彼は知らなかった。

 女神は転生トラックに轢かれた人の中から、わざと彼一人を選んで転生させたということを。

 異世界に転生させなかったことも、彼の前に姿を見せたことも。転生理由は無論嘘だ。

 全てが、彼女の思惑通りである。


「今回は、どんなを見せてくれるかな……?」

 誰にも届かない声が、こだまして消えた。

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