第三十七話

 あれから三年。

 僕は、見習い五年目の年を迎えた。


 去年から僕等も魔境に入り、魔獣討伐の任にも加わり、一歩ずつ騎士見習いから騎士へと近付いているのだと実感する。日々実感できるその功績は、魔獣の数に反映される。

 僕は‥‥僕等は、努力した。

 真剣に訓練に取り組み、誰かが途中で課題に躓いても全員が同じように出来るようになるまで誰一人諦めなかった。一人出来なくても惨めではない。そんなことを思わせない仲間がいてくれたから。だから、歯を食い縛り耐え抜く事が出来た。

 今や、二八番隊の六人一組で、一体の魔獣を難なく討伐でき、討伐数は同期の中で一番だ。

 この努力の上に積み重ねた実績は、騎士として一人前になる為、だけじゃなかった。


「お、今日は二八と合同か。お前等には期待しているぞ。慎重にな」


 今回の魔境任務で一緒になる騎士三年目の先輩騎士が気軽に声を掛けてくれる。僕を“勇者モドキの息子”だと知っても、だ。

 三年前のあの日は、砦内に僕が父さんの息子だと広める一件となった。


『アレクが頑張ってるの俺達わかってるから誤解を解こう。お前の親父とは違うんだって』

『そうだよ』

『ありがとう、みんな。でも、誤解を解こうとしても難しいと思うんだ。僕の父さんは、それ程に恨みを買ってるから』

『だけど‥‥』

『じゃ、どうすんだよ。俺、悔しいよ』

『うん、でも仕方ないよ。僕が出来ることは、みんなみたいに、他の人にも僕を認めて貰えるようにひたすら努力してちゃんと立派な騎士になることだけだと思うんだ』

『‥‥わかった。なら、簡単だ。今まで以上に頑張ればいいさ。アレクも俺達も』

『そうだな、二八番隊は、全員で立派な騎士になる!』

『うん。みんな‥‥ありがとう』


 色々と苦悩は尽きなかったけれど、一度広まった話は訂正するのは難しい。それに、僕が父さんの息子なのは事実だし。僕が、父さんとは違うと認められるような騎士になるしか方法はないと思った。

 僕のせいで二八番隊に悪い印象も持って欲しくない。

 僕が出来ることは、努力し、騎士の矜持を正しく持って、僕自身を見てもらう他なかった。

 同期とだけじゃなく、見習い騎士の先輩達や、騎士団との共同訓練、魔境での合同討伐で、少しずつ僕を認めてくれる人が増えていった。

 信じてくれる仲間であり友であるみんなのおかげで――僕は今ここに在る。


 僕自身の評価が代わり、僕にとってはやっとの平穏なのだが、それと相容れぬように、辺境の情勢は、極めて不穏だ。


「また財務の人が首になったらしい‥‥」

「つい先週は内務だったよな。どうなってんだよっ‥‥」

「六年目の部隊はやっぱ戻れないのか?」

「無理らしい‥‥。前を横切っただけだろう。理不尽な‥‥」


 領主夫妻、前領主夫妻はやりたい放題で、今や歯止めが効かなくなっている。

 甘い汁を吸っている無能の文官が横領と不正を手助けし、それを防ごうと足掻く文官が次々と辞めさせられていっている。

 文官だけじゃない。武官である騎士も理不尽な理由で辺境中央のこの砦から遠い砦に移動させられている。前回は、緊急の魔獣討伐要請で急ぎ走る六年目の騎士の一人が、領主夫人の前を頭を下げず横切ったという理由で、部隊ごと移動になった。


 きっかけは、二代前の領主の三男、前領主の弟、つまり僕の母さんの叔父とその息子、そしてそれに追随する親族一同が、領主夫妻、前領主夫妻を強訴ごうそしたことだ。

 二代前の領主夫妻と長男夫妻が毒殺された時、三男は五歳でまだ幼く、将来的に辺境の西に構える西砦を護る親族の養子となることが決まっていた。結局、色々あり、次男が領主を引き継ぎ、三男はそのまま養子先に籍を移す。

 ちゃんと真っ当に領を運営し、辺境のこの地を正しく魔境から護り続けようとしてくれていれば良かったものを、年々明るみになる不正や横領が財政を圧迫しだし、現領主となってからは、とうとう絶対に手を付けてはならない騎士団の金にも手を付け出したのだ。その大半は、国の金。何に使われているかは、彼らの生活を知れば一目瞭然だった。

 いつ魔王が復活してもおかしくない時期なのに、国を、民を見殺しにし兼ねない行為だ。

 今この辺境は、三男の息子を新領主とすべく志ある者達と二分しており、領主夫妻、前領主夫妻側はその排除に余念がない。

 国も黙ってはいなかったが、証人が次々殺され、邪魔者は排除される。すぐ間近に魔境と言う脅威があるのに、人同士で争っている場合ではないのだが、その争いをどうにかしないと魔境一番の脅威に抗えない可能性がでてきている現実。


 そして、僕の父さんは、やはりと言うか――僕等の敵だった。


 盲目的に、現領主の命を絶対とし、この領の現状もそうなった背景も理解せず、現領主側が正しいと信じている。父さんが何故そこまで周りが見えていないのか僕には理解不能だ。


 そんな不穏な日々が続き、僕等の見習い最終五年目を半分過ぎた頃、忘れたくても忘れられない僕の人生で一番最悪な一日が始まろうとしていた。

 その日は、曇っており、いつ雨が降り出してもおかしくない雨模様の日だった。


「大変だっ!昨晩、西の姫様が毒を盛られたそうだっ!!!」

「!?」


 西の姫様とは、三男の孫娘、三男が継いだのが辺境の西砦なので、そう呼ばれている。まだ四歳の幼い姫だ。

 早朝足を踏み入れた砦内は、騎士が走り回っており、騒がしく、何があったのかと思えば‥‥。

 この情勢下で、そんな悪手を打つなんて領主達に自殺願望があるとしか思えない。見習いの僕等でさえ、今この辺境がどういう状況かってわかっている。


 超えてはいけない一線を超え――火蓋は切られたのだ。


 既に、夜の内に武力行使に出た西砦の騎士達が、この砦に集結しており、既に前領主夫妻は討ち取っていた。現領主夫妻とその息子は姿を消したらしい。

 僕等、見習い達も総動員して、現領主夫妻とその息子の捜索に出ることになった。二八番隊は、町の捜索に加わることになり、一軒一軒家々を回り、中を改めて行く。噂は駆け抜け、領民達も徐々に状況を理解しだし、最初は何事かと怯えていたものの、次第に自ら協力してくれる領民が増えていく。皆、怒っているのだ。

 昼過ぎには、ポツポツと雨が落ちだし、いつ大降りになってもおかしくない雲行きとなる。

 本格的に降り出した雨は次第に強くなり、空も暗く、視界も悪くなってきた頃、騎士が僕を探していると言う知らせが届く。


 ――悪い予感がした。


「アレクはすぐに砦に戻り、団長室へ行け。命令だ」


 僕は、父さんが何か関わっているのだろうと思った。それ以外に思いつかない。

 父さんの動向はわからないが、領主と共に逃げ隠れているのだろうと思っていたし、その生死も状況次第だと既に納得していた。実の父親に対し、薄情だと思われるかもしれないが、それ程に父さんの事は嫌っていたから。


「失礼します」

「入れ」


 団長室に入ると、団長とジルベール教官がいた。


「アレク、お前今朝家を出る時に母親と弟は家にいたか?」

「え‥‥」


 父さんが捕まったとか、父さんに関する何かだと思っていたのに、聞かれたのは母さんと弟のことで僕は面食らった。


「い‥‥ました。いつも通り‥‥。母と弟に何かあったのですか??!」


 何故今、母さんと弟の事を聞かれるのか全く意味がわからなかった。どういうことだ?!


「町の捜索で、お前の家を改めた部隊からの連絡でな、お前の家は無人で、施錠もなく、部屋も一部荒れていたらしい」

「そんなっ!母さんと弟はっ?無人って、いなかったということですか??」

「そうだ。連れ去られた可能性が高い」

「っつ‥‥‥」

「お前の母親は、籍を抜かれたとは言え、現領主夫人の元義姉。お前の親父は敵方だ。人質にされたのか、何なのか‥‥。今、近所含め聞き込みを行っているところだ」

「‥‥」


 頭が真っ白になった。

 母さんの過去をジルベール教官に教えてもらったあの日、それ以降も、僕は母さんに過去を聞くことはなかった。母さんの虐げられた過去を思い出して欲しくなかったし、勇者モドキの息子だと言われている事実を知られ、心配をかけたくなかったのだ。

 だから、砦で問題を起こす父さんに何か言うこともなかった。それまで通り、父さんとは気薄な関係を保ち、母さんの平穏を守ろうとした。

 それに、母さんは、殆ど外に出ない。

 普段は、週に二度、商会から食料が届くので家を出ないし、どうしても必要な物を買うために商店を訪れる程度。それすら、僕が休みの日に使いに出て代わっていたので、本当に滅多に家から出ない生活だった。

 人付き合いもない母さんは、今の領の情勢も殆ど知らないはず‥‥。


「母は、殆ど家を出ず、人付き合いもなく、今の領の情勢も殆ど知りません。多分、父の立場もわかっていなかったと思います。父は殆ど家に帰りませんし、帰ってきても酒を片手にいつもご先祖の勇者自慢ばかりで、父は仕事の話を滅多にしませんでしたし。母さんは何も知らない。まだ幼く手のかかる弟と穏やかに、幸せに暮らしていただけなのにっ‥‥。なのに、何で、何で母さんと弟が‥‥」

「そうか‥‥。領主夫人が関わっているのか、お前の親父も関わっているのか‥‥。とにかく、お前も捜査に協力しろ。髪の長さ、今朝の服装。その他にも思い付くことを全部教えて欲しい。俺も団長も、お前の母親で覚えているのは、姫様が子供だった頃と、籍を抜かれた頃の痩せ細った姿だけで、今の人相がわからんのだ。捜す為にも協力して欲しい」

「はい、勿論です」


 どう利用されるかわからない母さんと弟の捜索は、領主夫妻を追う手掛かりかもしれなく、その為にも秘密裏に、捜索部隊も人数を絞って行われることになった。こちらが必死になればなるほど、敵に知られれば、人質としての価値を高めてしまい兼ねないからだ。

 そうして、僕は二八番隊と分かれ、その捜索部隊に一時的に加わることとなった。


 そして、夜になった。

 暗闇と止まない雨の中に届いたのは、隣町で領主夫人とその息子を討ち取ったという一報。領主の行方は知れず。

 その一報を受けたのは、僕等の捜索部隊がちょうど隣町に入った直後だったので、僕等もその現場に赴く事になり、雨で泥濘ぬかる夜道を急いだ。


 現場は、隣町の外れ。家門もないどこにでもありそうな馬車が一台横転しており、平民服を纏っている男たちが数名馬車を取り囲むように息絶えていた。顔が見えた死人の一人は見覚えがある。敵陣営に就いていた騎士の一人だ。


「アレクじゃないか!」


 暗く雨で視界が悪く気付かなかったが、馬車を挟んで向こう側に見えたのは、二八番隊のみんなだった。


「みんなっ!」


 母さんと弟が行方不明で荒んでいた心が、仲間達の姿で少し平常を取り戻す。


「聞いたよ。アレクの母ちゃんと弟がいなくなったんだろう?大丈夫か?」

「正直、大丈夫‥じゃないけど、けど‥‥絶対に探し出すよ」

「ああ、俺達も協力する」

「ありがとう。それより、みんなは隣町の捜索だったんだね」

「ああ、そうなんだよ。実は、領主夫人が馬車に乗り込むのを見つけたのがゼノでさ、馬車を追って交戦になって‥‥領主夫人を討ち取ったのはサムなんだ」

「みんな凄いじゃないか!大手柄だよ!」

「ああ、でもな‥‥」

「どうしたの?」

「俺達、魔獣は狩って来たけど、人を殺したのは初めてだから‥‥だからさ‥‥」

「‥‥そう、だよね‥‥」


 よく見ると、雨で多少流れてはいるが、みんな返り血を浴びており、表情も‥‥。

 僕は、その後の言葉が続かなくて、思わず目を逸らした時だった。

 ちょうど、馬車から、領主夫人とその息子が運び出され始めたところだった。


「‥‥?」


 何かわからないが、違和感を感じ、その様子を伺っていると、心臓が急にバクバクと力強く血を送り始める。

 間違いない。

 豪華な装飾のドレスを身に纏い、派手な化粧を施しているが見間違えるはずがない。薄目を開け、口から血を流しているのは――


「母さんっ!!!!!」


 まさか、まさかそんなっ!

 じゃあ、その隣で生気なく運ばれている小さな体は‥‥。


 僕は、そのまま意識を失った。

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