第三十八話

 砦内、団長室の長椅子で目覚めた僕は、なんとも言えない表情で頼む教官や団長に付き添われ、すぐに母さんと弟の遺体を確認し、領主夫人とその息子ではないことを断言した。

 僕も遠目から見たことがある領主夫人に、確かに厚化粧を施した母さんは似ていた。だけども、僕が間違うはずがない。愛する母弟家族を間違えるはずがないのだ。

 領主夫妻の息子の顔は、今まで見たことがなかったが、団長たち曰く、弟と背格好含めそっくりだったらしい。弟は頭部が一部陥没しており、馬車が横転した際に打ち付けたことが死因だろうと報告を受けた。


 弟が生まれてしばらくして帰ってきた父さんが、弟を見て一番に発した言葉を思い出す。


『男か。当主様にも先日がお生まれになられたばかりだ。になるし将来はお側でお護りできる騎士に育てないとな。ははは』


 母さんと弟は、血縁であり似ていたゆえに、領主夫妻達が逃げる為、身代わりにされたのだ。


 深夜、父さんが捕まったと報告があり、団長室から僕は飛び出し、父さんを捲し立てた。


「母さん達をあいつらの身代わりにしたのはお前か?!」

「どうしてそんな事をしたのか?!」

「あいつらと間違われて殺されたんだっ!!お前が母さん達を殺したんだっ!!」


 捲し立てる中、父さんは目を見開き「殺された?何故だ‥‥何故殺された‥‥」と、燦然さんぜんと泣き出し、あろうことか「愛してたんだ‥‥。ただ、少しだけ身代わりとなり時間を稼ぐ手伝いをして欲しかっただけだったんだ‥‥」なんて、巫山戯た事を言う。


「僕は、愛している人を身代わりに差し出そうなんて思わない」


 僕は、静かにそう言い、後ろ手に縄で縛られ、身動きの取れない父さんの腰に下げられた先祖から受け継いだといつも自慢していた勇者の聖剣を、身体強化をかけ、誰の止める暇なく素早く抜き、父さんの心臓を一突きにした。

 そうして、僕の人生で一番最悪な日は終わり、そこからの数ヶ月を僕はあまり覚えていない。


 ぼぉっとした意識が覚醒したのは、領主達が隣国に逃げ込んだ、と言う話を耳が拾ったからだ。

 どうやら、この数ヶ月の僕は、視線が合わず、誰の言葉にも反応を示さずだったらしく、砦内で世話をされていたらしい。フラフラと、宛もなく砦内を彷徨っていたらしい僕を皆心配していたとか。

 正気に戻ったら、自害するんじゃないかと、僕をそっと見守る傍ら、誰もが僕を監視していたそうだ。


 愛する家族母弟を、実の父親に身代わりとして差し出され、母親は、発見したのも殺したのも見習いとして切磋琢磨し信頼していた二八番隊の仲間達、幼い弟は理由を理解することなく、ただ無惨に死に、僕は実の父親をその手で殺した。


 正気を取り戻した僕は、ジルベール教官にこう言った。


「やつらの最後を知るまでは、死ねません。だから絶対に自害することはありません。ご心配をおかけしました。ただ、しばらく静かに過ごしたいので、思い出の残る家で静養させて下さい」


 そして、家に戻り、しばらくして僕は、誰にも言わずこの国を出て隣国に向かった。

 先祖から受け継いだと言う、勇者の聖剣を腰に下げて。




 隣国は広い。

 まだ子供の僕が一人で奴らを探すには広すぎるし、伝手もなかったが、人探しは、傭兵斡旋所経由で、情報屋に依頼するのが騙されずに安全ではあるがかなりの費用がかかるという情報を得ることができた。

 手っ取り早く稼ぐには、傭兵として魔境で魔獣や魔物を狩ることが一番だと教えてもらい、金を稼ぐために傭兵になることにした。

 幸い、いつの間にか僕は十五歳になっており、傭兵として登録が出来た。


 そこからは、ひたすら剣を振るう日々。


 騎士見習いだった頃は、まだ一人での討伐は無理だったはずなのに、何の苦労もなく討伐出来た。

 騎士見習いだった頃は、魔獣や魔物への畏れはあり、死にたくなく必死だったのに、今は何も思わない。

 騎士見習いだった頃は、世界が広がり、人と話し関わることが楽しかったのに、最低限必要な人間以外関わりたくない。

 騎士見習いだった頃は、剣を振るう事に誇りを持っていたけれど、今はただ振るっている。

 騎士見習いだった頃は、護りたかった人がいたのに――今は誰もいない。


 僕は、強かった。

 騎士見習いだった頃は、そんなはずなかったのに、今の僕は――強かった。

 だから、思った以上に稼げた。

 情報屋に長期で依頼できるほどに稼いだ。

 この隣国で奴らの所在を突き止めること、念の為に、母国の騎士団で奴らを捕えた情報がないかどうかの確認。

 一月に一度の情報屋からの報告は、空振りばかりだ。


 奴らを見つけたら、当然――かたきを取る。


 そして――僕も死ぬ。



 二年経った。

 魔王復活が告示され、世間ではなかなか現れない勇者に人々の不安が増し、特に魔境に近い辺境では疎開する人も日々増えていると言う。

 数が増え、狂暴さを増す魔獣や魔物を僕は変わらず狩る日々を過ごしている。

 母国にいた頃は、国のために、家族の為に、騎士の誇りと矜持のために剣を振るうと思っていた魔王復活も、今の僕には金を稼ぐ手段でしかない。


 そんな中、僕に、指名依頼が来た。


 ある貴族の子息が、自領の領兵を率い討伐に参加したものの、大型の魔物に襲われ行方不明だと言う。

 生きていれば連れ帰ってほしい、もしだめだった場合は、遺体もしくはそれも難しかったら遺品だけでも持ち帰ってほしいと言う依頼だった。

 なぜ僕に依頼が‥‥と思ったが、魔王復活で狂暴化した魔獣や魔物を討伐しながらこの依頼をこなせそうなのが僕しかいないと傭兵斡旋所が推薦したらしい。

 それ程に、僕は強くなっていた。

 それに、軍や傭兵、各地の領兵が、命を懸け国や民を護る為に戦い日々死傷者も増え混乱する中、貴族であったとしても一個人の捜索を優先するなど不謹慎にも程があり、金を積んだ極秘依頼だと言う。

 禄に人付き合いのない僕なら口を滑らすこともないとも思われたのだろう。

 報酬は破格で、まだまだ金が必要な僕はその依頼を引き受けることにした。


 重症を負いながらも運良く生き残った護衛からの情報を元に、魔獣を狩りながら深い森を進む。

 昼間だと言うのに、薄暗く、いつもの如く薄気味悪い森で、子息一行を襲った大型魔物の痕跡を追う。

 派手な痕跡は、木を薙ぎ倒し、土を抉り、岩を砕いて、途中途中に領兵の死体の一部や、武器や防具が道標みちしるべのように森深くへ続く。

 子息の体の特徴や武具や衣服の特徴を記した紙と照らし合わせ、確認しつつ、魔獣や魔物を討伐しながら僕は進む。

 四方八方から絶え間なく襲われるこの異常な環境で、恐怖も感じない自分に、何か思おうとして、何も思えなかった。

 やがて、子息を襲ったであろう大型の魔物の方が早く僕を見つけてくれ、僕は特に思うことなく、そいつの首を刎ねた。

 首がゴロンと転がった先は、魔境には珍しく、開けた陽が当たる明るい場所だった。

 よく見れば、大きな血溜まりが陽の光で反射しており、その中に子息の着ていた衣服の一部がある。

 僕は、それを拾い持ち帰ろうと思った。それでも十分依頼は達成したと言える成果物だからだ。

 なのに、気付くと僕は、大型魔物を陽のあたる場所へ引き摺り、腹を裂き、内臓から溶けかかり、噛み切られ切断された頭部や胴体に足に、武具など、持っていていた大きな麻袋に詰め込めるだけ詰め込んでいた。

 自分でも行動の意味がわからず、少しぼうっとしてしまい、帰ろうと腐敗した液が漏れる麻袋を背負う。

 ちょうどその時、血の匂いに釣られたのか、同じくらいの大型の魔物が森から飛び出し僕に飛び掛かってきた。

 後方に跳躍し、着地と同時に前方に高く飛び、上から首を一刀した瞬間だった。


 父さんが家宝だと後生大事に持ち、勇者の子孫だからと父さんを重用していた奴らの息の根をいつかこれで止めてやろうと日々振るっていた、本物かどうかも怪しい聖剣と呼ばれていたが、ちょうど真上で照らす太陽が落ちてきたんじゃないかと錯覚するかの如く眩く僕の手の中で光る。


 そして、知った。


 を光らせたのは、僕のだと。

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