第三十三話
「お前、もう
「砦?‥‥見習い?」
「我が家のご先祖様は、あの勇者ニール様だからな。勇者の血を引くお前は、その力を
「え‥僕は、騎士になるの?」
たまにしか家に帰らず、殆ど話したこともない父さんから、突如騎士見習いになれと言われた。
「はっ!当たり前だろうっ!」
声を荒らげた父さんは、僕を睨むと視線を母さんに向け、威圧的に怒鳴る。
「おい!お前、何で言い聞かせてなかったんだ!我が家の男児は、騎士になるに決まってるだろう!勇者ニール様の血を引くんだぞ!なぜ、当たり前の事を言い聞かせてないんだ!子育てはお前の仕事だろうがっ!」
「っ‥‥申し訳ありません。旦那様‥‥」
「ふんっ。俺は忙しいんだ。手を煩わすようなことを二度とするなよ」
「はい‥‥、旦那様」
「わかれば良い。おい、部屋に戻っとけ。勇者ニール様の子孫としてもっとしっかりしろよ。わかったか!」
「‥‥はい」
肩の震える母さんを慰めたかったが、部屋に戻れと命じられ、抗う事も出来ず弟が昼寝している部屋に下がる。
あの怒鳴り声で、弟が起きて怯えていないか心配になったが、すぅすぅといつも通りの穏やかな寝息で、まずはホッとする。
母さんは大丈夫だろうか。
狭い家の中、壁は薄い。父さんの苛立つ声は聞こえるが、さっきのように荒らげてはいない声に、まだ大丈夫だろうと思うしかなかった。
「勇者の血かぁ‥‥」
殆ど家にいない父さんだが、たまに帰ると、確かにご先祖様である勇者ニール様の話をよく口にしていた。
勇猛であった、と。
魔王を封印した後は、恩人たる領主様と共に、この地の平和を守り続け、若くして亡くなったのだ、と。
何百年以上も大昔の話で、本当に直系のご先祖様かもわからず、ニール様の来歴の詳細もわからず、ただ、勇猛であったと、声高らかに語る父さんの話は、ただの
しかも、領主様にどんな恩義があったかも父さんからは聞いたことがない。多分、知らないのだろう。
勇者ニール様より、先祖代々引き継いできた聖剣だと言う、父さんの腰にいつも在る剣も、本物かどうか僕にはわからない。
わかるのは、抵抗しても意味がなく、父さんの言う通りに、四日後に砦に連れて行かれるということだけ。
今の僕には、将来どうなりたいだとか特にない。というより、考えたことがなかった。
可愛い弟との生活に満足していて、優しい母さんもいる。
だから、今の現状が幸せで、未来のことは、ちょっと先の出来事、明日は弟と何して遊ぼうかとか、そのくらいしか考えていなかった。
それなのに、僕の将来は、既に決まっていて、きっと変えることは出来そうにない。
騎士って戦うんだよね?
父さんも騎士だと、昔母さんが言っていた。
‥‥父さんみたいになるの?
僕が気になるのは、父さんみたいに騎士になると、家に帰れなくなり、弟となかなか会えなくなるんじゃないか、という不安。
殆ど家に帰ってこない父さんのようになるのは――嫌だ。
そう考えると、不安が一気に増していく。
「ねぇ母さん、騎士になると父さんみたいに家に帰れなくなるの?」
「え‥‥。そんなことはないわよ。騎士でも毎日家に帰っていらっしゃる方はたくさんいるわ」
「じゃあ、何で父さんは殆ど家にいないの?」
「‥‥。それは、特別なお役目があるからよ。だから大丈夫。アレクはまだ見習いだし毎日帰ってこれるわ」
「そう‥‥なんだ。はぁー‥‥よかったぁー」
「ふふ。アレクは父さんが家にいないと寂しい?」
「え?!全然寂しくないよ!弟も母さんもいるから!」
「そうね。ふふ、よかったわ」
毎日帰れると聞いて、ひとまず僕の不安は払拭され、騎士見習いがどんなものかはまだわからないが、逃げられない現実を受け入れようと思った。
だから、僕の目標は、どうせ騎士にならないといけないのならば、毎日家に帰れる騎士を目指す!事だ。
「母さん、僕、毎日家に帰れる騎士になれるように頑張るからね!」
「ふふ、そうね。応援しているわ」
そして、この日から弟は新しい言葉を覚えた。
「きちー!きちー!」
「そうだよ、僕は騎士にならないといけないみたいだ」
「にぃしゃ、んー!きちー!」
「上手に言えたねぇ」
「ねぇー!」
きっと意味はあまりよくわかっていないと思うけど、騎士になるためにあまり遊べなくなるんだと説明していたら、僕を見ると「きちー!」と言うようになった。
舌っ足らずな言い方が可愛くって、この可愛い弟に会えない父のような騎士にならない為に、絶対に毎日家に帰れる騎士になろうと決意を固めていった。
そして、父さんが朝早く僕を迎えに来た。
まだ眠っている弟の頭を撫で、玄関に向かう。
「父さん、何時に家に帰れるの?」
「はぁ?まだ砦にも行っていないうちから、帰る時間を聞くとは情けない」
「ご‥‥ごめんなさい」
「まぁいい。そうだな、俺の時は日暮れ頃だったはずだ」
「そうなんだ‥‥」
「とにかく行くぞ」
見送る母さんに手を振って、父さんの後を追う。
思えば、母さんと離れて家から出るのは初めてだ。それに、父さんと二人きりになるのも初めてだと思う。あまり、嬉しくない。
ずかずかと歩く父さんは、僕に構わずすごい速さで歩いていく。小走りになりつつ、付いて行くと、暫くして、石造りのどっしりとした砦が見えてきた。まだまだ距離がありそうだ。
僕は、殆ど家から出たことがなかったから、見慣れない景色に少しワクワクしていた。
母さんと来たことのある商店は、まだ戸が閉まっている。
まだ朝早いからか、人が少ないが、忙しなく人々が動いて、見たことのない建物の前を通るたびに、僕の住んでいる家の周りとは、こうだったのか‥‥という驚きと、よくわからない少しの不安があった。
砦までの道は、思ったよりも単純で、商店のある通りをひたすら真っすぐ進み、僕が「あれは何?」と聞いて、父さんが「初代領主様の像だ」と言う、茶色の男の人の形をした“像”というものを右に曲がり、ひたすら真っすぐに進んだところに砦はあった。
遠目で見るよりも、ずっと大きい砦は、なんだか怖く見えた。
「俺の息子だ。今日から見習いに入る。ほら、挨拶をしろ」
「よろしく‥お願いします‥‥」
砦の入口にいた幾人かに、挨拶をし、僕は初めて砦に入る。
薄暗く、少しひんやりする廊下を進むと、やがて大きな広場のように草木のない地面が剥き出しの、四方を石壁に囲まれた大きな空間に出た。
僕と父さん以外の人は誰もいない、静かでなんだか冷たく感じる空間に、少し怖くなる。
「ここで待っておけ。暫くしたら人が来るから、見習いに来たと言え。説明してある」
「う‥うん」
「勇者ニール様に恥じないよう立派に努めろよ」
「‥はい」
それだけ言って、父さんはすぐにどこかに行ってしまい、一人になってしまった。
陽はまだ昇り切っていないので薄暗く、父さんの靴音が遠ざかると、何も音がしない。
「はぁ‥‥」
響くことなく僕の溜息は空間に溶け、更に怖さと不安が増すが、父さんの言う通りなら、待っていれば人が来るのだろう。多分‥‥。
ずっと、小走りだったのもあり、少し足が疲れたので、地面に座り待つことにした。
どれくらい待っただろう。
そこそこな時間が経って、少し人の動きのある音もそこかしこで聞こえだした頃、誰かが来た。
大柄で、父さんより背の高く年も取ってそうな、怖い顔をした男の人。
僕を見て、少し目を細めて「ああ」と言うと、僕の方へ歩いて来てこう言った。
「お前が、あの勇者モドキの息子か」
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