第二十六話
パウロは勇者となった。
焦がれ続けた神に一番近い存在の勇者に、だ。
なのに、期待したものを得ることができず混乱した。
勇者となったと同時に理解した「勇者」という存在。
命を代償とする責務。
自分の命に対して特に思うところはない。そういうものなようだし、命を使うことに是も非もない。
誰にも本当の勇者の意味を口にすることのできない勇者の誓約についても、他の聖職者のように勇者について、いや、何事にも他人と共感したいと思わないパウロには枷にもならなかった。
ただ、聖職者から勇者が生まれたと熱狂し、取り囲む同じ聖職者達が、根掘り葉掘り聞き出そうとパウロをもみくちゃにするのは、演技し忘れるほど辟易した。
勇者とは、神が与えし奇跡だと信じてきた。
勇者になれば、聖職者の今よりもっと近くに神を、神をもっと明確に感じるものだと思っていたのに、そうはならなかった。
勇者になる前と何も変わらない。
だから、パウロはまず、混乱した。
勇者となった日の深夜、やっと部屋に一人きりになる時間を得たパウロは、どうにか神が与えし奇跡を探そうと、雪崩込むような過去の勇者の記憶に没頭した。
深く深く沈むように探し当てるのは、はじまりの勇者の記憶。
勇者の成り立ちにこそ、神が与えし奇跡があるに違いない。
はじまりの勇者の視点で得られたそれは、こういうものだった。
今は、大陸の六割を占めるという魔境。
はじまりの勇者の時代は、もう人の生存圏は大陸の一割もないところまできていたようだった。
もう後がない人々は、人類最後の希望を、残った最大戦力となる八人に託すこととなった。
何名もの魔道士が、見たこともないような巨大な魔法陣を取り囲み、魔法陣の中央に剣を掲げて立つ始まりの勇者に向け、魔力を練り始める。
勇者の記憶と視点から、今はない古代魔法により、現在、聖剣と呼ばれている剣に、魔王討伐の最後の希望の魔法を付与しているようだった。
――聖剣は神が与えし奇跡ではなかった
命を対価とする禁忌の魔法。
これこそが、勇者の運命の原点だと、パウロは知る。
神の奇跡なんかじゃなく、古代の人々の叡智の結晶だった。
だけど、はじまりの勇者の記憶や視点からは、ひとつの「謎」が残された。
どれだけ、はじまりの勇者の記憶を漁っても、二人目の勇者に、三人目の、四人目の‥‥と、勇者の記憶や命を対価とする禁忌の魔法を引き継ぐような要素が何もなかったのだ。
二人目の勇者はどうやって、誰に、何に、選ばれたのか?
記憶を探しても探してもその「謎」の答えは見つからなかった。
――もしかしたら、これこそが神の与えし奇跡かもしれない
勇者の記憶と禁忌の魔法を引き継がせる次の勇者を選ぶ「何か」が「神」なのではないか?
一晩、記憶の中を彷徨い続けたパウロは、自分の辿り着いた結論に、初めて神を感じた時と同等の興奮を覚えた。
だが、同時に、それなら、いつも感じる「神」を、勇者になった瞬間により強く感じるべきなのに、いつも以上に「神」を感じることができなかったのは何故なのだろうか?
いつも感じる「神」は、いつも通りの「神」だった。
神に一歩近付けたと思ったら、神が一歩離れてしまったような感じがした。
魔王城まで、戦い続ける中でも、パウロは記憶を漁り続けた。
現在、伝わる最古の勇者の記録は、約千年ほど前のものだが、千年なんて生温い。
正確にはわからないが、記憶を辿るだけでも、はじまりの勇者がいたのは二万年か三万以上も前の話だ。
勇者の数も想像を絶する。
記憶を漁るだけで一生を費やしそうなほど時間がかかりそうだった。
順調に歩みを進め、パウロは無事に魔王を封印した。
元より、魔王の封印にも討伐にも興味はない。
残りの命は、十三年ほどあるらしい。
残りの十三年は、勇者の記憶と禁忌の魔法を引き継がせる次の勇者を選ぶ「何か」が「神」なのかを記憶をから探すことに費やすことを早々に決めた。
魔王封印の莫大な報奨金を、ルカとサミュエルに全て渡す。
誰にも会わず、一人で神様について考えたいので、飯の世話だけお願いしたいと二人に頼んだ。
ルカとサミュエルは、平民には少し大きな家を買い、ルカとサミュエルそれぞれの妻と子供達に加え、パウロをそこに住まわせた。
声をかけなければ、自ら食事をしないパウロに代わり、ルカとサミュエルの妻達が甲斐甲斐しく食事を手伝い、掃除をし、三日に一回は、ルカとサミュエルがパウロに水浴びをさせ身を清めさせた。二日に一度は、無言の人形のようになったパウロの手を引き、ルカとサミュエルが散歩をさせ、毎朝、清潔な服に着替えさせた。
まるで、神に出会う前のパウロのように、話すこともなく、ただ言われたことに従うだけの人の形をした何かに、パウロはまたなってしまった。
残りの命が三年になった頃、パウロは記憶からある発見をした。
大昔の勇者の中に、聖職者を見つけたのだ。
記憶を探れば、彼もパウロと同じ謎に辿り着いていた。
そして、彼も答えを知らなかった。
それから二月後、また勇者の中に聖職者を見つけたが、期待した答えは持ち合わせていなかった。
その後も、幾人かの聖職者の勇者を探し当てたが、未だに神には近付けない。
残りの命があと一年ちょっととなった暑い夏の日の早朝、パウロはとうとう答えに近づけるかもしれないある方法に思い至った。
「ルカ!サミュエル!お願いがあるんだ!」
いつも通り、庭で朝の鍛錬として、剣の素振りをしていたルカとサミュエルは仰天した。
人形のようなパウロの世話をしてきて、いろいろと諦めていたのに、十二年ぶりに正気にパウロが戻ったのだ。
「大きな紙とペンが欲しいんだ!今すぐ欲しい!」
パウロの変化に喜ぶ暇もなく、ルカとサミュエルは急かされるように、パウロの要望に沿う買い物へ出かけることになった。だが、庶民の買える紙は、パウロの望むような大きな紙ではない。なので、糊を調達し、幾枚もの紙を貼り合わせ、どうにか昼過ぎには、パウロの望む大きな紙を作ることができた。
「ありがとう!」
パウロはそう言うと、その間に家具を運び空にした部屋に紙を広げ、ペンにインクを漬けながら何かを書き出した。
ルカとサミュエルも見たことがない、文字でもなければ模様なのか何なのか。
よくわからないものをパウロは必死で描き続けた。
ルカとサミュエルは、何も言わず、パウロの側でそれを見守り続けた。
夕方になり、ランプの明かりを灯してやる。
飯だと声をかけても、夢中なパウロには何も届かない。
結局、一睡もせず、朝日が登ろうと空が白じむ頃「できた!」と、パウロが声を上げた。
「ルカは風魔法使えたよね?インクを早く乾かしたいんだ!お願い!」
「あ、ああ‥‥」
息をするように上手なお願いの演技を自然にするパウロを、ルカは懐かしく感じながら、言われるがまま柔らかい風を出し、インクを乾かしてやる。
完全にインクが乾いたのを確認したパウロは、クルリと振り向き、ルカとサミュエル、二人の前に移動する。
「ルカ、サミュエル!育ててくれてありがとう!」
にこりと笑顔を向けるパウロの顔は、とても今まで二人で教え込んだ演技には見えなくて、はじめてパウロが、ルカとサミュエルに興味を持ってくれたように二人は感じた。
あまりのことに呆気に取られる中、パウロは大きな紙に書かれた奇怪な模様のような何かの真ん中に立つ。
すると、足元のパウロが描いた何かが光を帯びだし、一瞬ピカっと光ったと思ったら、あっと言う間に燃え、瞬きする間に紙は灰も残さず消滅した。
あまりのことに声も出ず動けずにいたルカとサミュエルは、二人同時に「「あ!」」と、声を出し、パウロに飛びついた。
今まで目の前に立っていたパウロが、力をなくしたように崩れ落ちたのを慌てて支えたのだ。
転倒を免れたと思いほっとした二人だったが、すぐに絶望することになる。
パウロは、死んでいたのだから。
パウロは、はじまりの勇者が、行った命を代償とする禁忌の魔法を使った。
残りの一年ちょっとの命を捧げて、勇者の記憶と禁忌の魔法を引き継がせる次の勇者を選ぶ「何か」が「神」なのかの答えを得ようとしたのだ。
結論から言うと、禁忌の魔法は、探し続けた答えをパウロに与えた。
それは、はじまりの勇者が、魔王を封印し、残りの命も燃やし尽くした少し後の、何者かの記憶。
それが、パウロの願い通りの答えの「神」なのかどうかは、また別の物語。
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