第二十五話
事前に、もしかしたら‥‥という疑念を共有していたサミュエルと共に、ルカはパウロに様々な質問や話をしてみた。
神様関連以外では、まともに返答しないパウロに、質問に答え、話をちゃんとすれば、その後は、昨日から強請られている勇者マイク様の話の続きを聞かせてやると褒美も用意した。
だからか、今日のパウロはいつもと違い、無視せず真面目にルカとサミュエルの質問や話に答える。
だが、余計にここにきてわかったパウロの現状になんとも言えない気分を二人は味わうことになった。
「あの事件があの子をここまで変えていたとはな‥‥」
「ああ、それに、まさか、俺達の名前も覚えていないとはな‥‥。ちょっと来るものがあるな‥‥」
そう会話する二人の顔の悲壮感は消えそうにない。
「ひとつ良かったことは、あの事件のことを全く覚えていないことだ。まぁ、それ以前の記憶も一緒に消えているが、事件の記憶も一緒に残るよりはマシだろう」
「そう、だな。だが‥‥まさか、神様以外に全くと言っていいほど感情の一欠片も見いだせないとはな‥‥」
原因は、あの惨劇だ。
精神を操る魔法で、パウロの心は完全に壊されていた。
神様や勇者には心が動くらしいが、それ以外――ルカやサミュエルも含む――には、一切の興味も抱かない。
付きっきりで面倒を見たルカやサミュエルの名も今日始めて認識したようで、こればかりはかなり衝撃を受けた。
もし、聖職者にならなかったらパウロは一生自分にも他人にも何の感情も興味もなくただの人の形をした何かだっただろう。
だが、神はパウロをお救い下さった。
聖職者としての力を与え、それが神という限定的なものに対してだが、感情を、興味をお与え下さった。
完全に壊れたパウロの心を救うには、神でさえこれしか方法がなかったのかもしれない。
それから、ルカとサミュエルは神の慈悲に縋ってパウロを人並みに育てようと奔走した。
畏れ多くも、「神」という餌は、パウロに限ってはこれ以上ないほど有効で、ありとあらゆることに「神」を出しにしてパウロの思考を誘導していった。
「勇者様の気持ちを知りたくはないか?」
「え?!勇者様の気持ち?!知りたい!」
歴代の勇者様の様々なエピソードを例えに、ルカとサミュエルはその時々の勇者様の思っただろう「気持ち」を説明した。
困っている人を助ける――慈悲深さ。
弱いものを守る――優しさ。
悪事を働く者への――怒り。
正しいことへの――正義感。
人を亡くすことへの――悲しみ。
祭りで皆と踊る――楽しさ。
感情のないパウロに理解させるのは本当に大変だった。
言葉の意味はわかるが、共感できないパウロ。
だから、ルカとサミュエルは、パウロに約束させた。
感情を皆に合わせ、偽り続け、それを決して知られてはならない、と。
パウロは、感情はないがとても要領の良い頭の良い子供だった。
唯一の神への執着ゆえなのもあるが、どの子どもより早く文字を覚えた。
教師の聖職者がパウロを褒める。
褒められたパウロは、ルカとサミュエルが教えたように顔に笑顔の表情を作り、嬉しそうに演じる。
掃除中にうっかり倒してしまった桶の水を、雑巾で拭きながら、眉を寄せ表情を作り、ごめんなさいと詫びる演技をする。
パウロは感情がない。
他者への共感もない。
だから、真似る。
パウロは、パウロと名付けられた子供の役を演じ続けた。
特に、演じることに何かを思うことはない。
ただ、演じることで、神様や勇者様の書物を快く見せてもらえるようになったし、神様や勇者様の話を快く教えてもらえるようになった。
演じることで、歴代の勇者様の軌跡を想像しやすくなった。
だから、ルカとサミュエルの教えは、神様や勇者様を知るために有益な方法だと理解した。
この二人の大人の言うことは正しいのだと。
傭兵で神殿の警備兵のルカ、騎士のサミュエル。
戦うことを生業とした二人は、パウロの将来を想い、手に職をつけさせようと剣を持たせ、戦うことを教えた。
身体も少しずつ大きくなり、剣ももう教えることがないほど上達し、辺境伯の私兵として勤めが決まると、我が子のようにルカもサミュエルも誇らしかった。
パウロが、焦がれ続けた勇者となったと知った時、ルカもサミュエルも心から喜んでいるだろうと想像して魔王封印の出立前のパウロに会いに行ったのに、想像に反して、喜ぶ
他の人にはわからなくとも、親代わりに育ててきた二人だからこそわかった。
焦がれ続けた勇者となったパウロが――勇者を演じている――ことを。
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