謎を残した勇者ルーベン

第二十一話

「今回は五年か‥‥‥」


 俺は、入口近くの柱で顔だけ出して俺の様子を窺うジムに手招きする。


「帰ろう」

「はい、ルーベン様」


 ルーベンは、勇者だ。

 今から三十年前に、勇者一行を率いて魔王城に辿り着き、見事に魔王を封印した勇者だ。

 彼は、魔王封印から今日まで、ジムと二人、何度も魔王城へ訪れている。ジムには話していないが、目的は、魔王のだ。


 商家の次男に生まれたルーベンは、家族が、特に長男の兄が大嫌いだった。

 家督を継ぐのは長男、当然、家の財産は長男が引き継ぐ。服も本も何もかもが、長男のお下がり。新品は下着くらいしか与えて貰えなかった。それに、ずっと好きだった幼馴染は、いつの間にか長男と恋に落ち、早々に婚約してしまった。理由は明白だ。ルーベにより兄のほうが背も高く顔も頭も良くて、後継ぎだから。

 長男は、人格者で、人望があるところが更にルーベンを毎日苛つかせた。ルーベンが癇癪を起こしても、優しく窘めて決して理不尽に怒らず、弟のルーベンに無償の愛を注いでくれていた。

 兄から掛けられる優しい言葉のどれもが、ルーベンの自尊心を抉り、いかに自分が卑怯で、卑屈で、情けない人間かの差を見せつけられているようだった。

 親は、「お兄ちゃんを見習いなさい」と言う。

 見習ったところで、俺の将来は、自分で身を立てるしかないのに、将来が確約されている兄のどこを見習えと言うのか。理不尽だといつも感じていた。

 だから、ルーベンは、家族と兄と関わりたくなくて、十三歳から入ることができる辺境にある砦で帝国軍人となる為、誕生日を迎えたらすぐに家を飛び出し、辺境へと向かった。


 見習いとして入軍すると、衣食住が保証される。それに、自分の頑張り次第で将来の可能性は無限大だ。

 だけど、ルーベンは、人間関係の構築や、集団行動や他人との連携が苦手だった。

 個としての実力はメキメキと上がるけれど、命令が絶対の帝国軍で、他人と協力する事に関し、いつも上官に注意を受けた。だからだろうか、個としての実力は負けていないのに、なかなか昇進できなかった。

 そんなある日、いつものように死の森で魔獣を討伐中に、ルーベンの剣が眩い光を放ったのだ。ルーベンは、勇者に選ばれた。


 勇者には、莫大な報奨金が与えられる。

 国から勇者の担当官として派遣された役人に、もしも魔王を封印後すぐに自分が死んだら報奨金はどうなるのかを問うた。すると、担当官は、家族に支払われると言う。

 あの、何もかもを持ち恵まれている兄に、命を賭した結果の莫大な金が受け継がれると聞いて、ルーベンは、担当官に願った。自分は、親兄弟と縁を切っている。だから、自分が死んだら報奨金は誰にも支払わないで欲しい、と。


 結果は、十年の魔王封印。

 ルーベンは、莫大な報奨金を手に入れた。


 兄よりも沢山の財産が手元にある。生きて身を立てるために入った帝国軍人の地位は、勇者の地位と比べると見劣りする。だから、ルーベンは軍をすぐに辞めた。

 辺境近くに、裕福な平民が住むくらいの、実家より少し大きく立派な屋敷を買った。それでも報奨金はまだまだある。ただ、自堕落に数ヶ月過ごしている時、幼子を抱きながら泣いている男の子に出会った。名前は、ジム。十歳の少年だ。


 ジムの母親は、妹を産んだ時に死に、父親は傭兵で、魔王復活時に凶暴になった大型の魔物に傷を負わされ、二日前まで看病していたが、傷が元でとうとう亡くなったのだと言う。

 ルーベンは、少年ジムが哀れに見えた。そして、自分より不幸なジムに、優越感を覚えた。


「お前に仕事をやってもいい。何ができる?」


 ジムは、涙を拭い、妹を抱き直しながら「掃除と料理。畑仕事は少し」と答えた。

 ルーベンは、屋敷の一室をこの兄弟に与え、掃除と食事を作らせ、給金を与えることにした。

 そうして、しばらく過ごしている時に、あることが将来自分を苦しめる事に気付いた。


 ルーベンが魔王を封印できたのは、たったの十年だ。

 つまり、次の勇者が現れたら、その勇者はルーベンを軽蔑するかもしれない、という点だ。


 勇者の記憶は、勇者に引き継がれる。

 ルーベンの封印期間は、ギリギリ平均には入るが、勇者としては短すぎ、勇者としては恥ずべき事柄だった。どの勇者の記憶や感情を追体験しても、自分と比べて、自分が胸を張り、勇者としての務めを果たせたとは言えない事が明白だった。

 それに、次の勇者だけじゃない。魔王を討伐できなければ、討伐できるまで、これから選ばれる未来の勇者達全員に、ルーベンの情けなさを引き継がれてしまう。


 焦ったルーベンは、その日から部屋に引きこもり、勇者達の記憶を漁り、解決策を探した。

 過去の勇者達の誰も試したことはないが、ある方法を試すしか、汚名をそそぐ手段が無いことを知る。

 その為に、ルーベンは魔王が復活するまでの、残り九年の時間に全力を注ぐことにした。


 魔王復活の前日、ルーベンはジムを呼んだ。


 ジムは、立派な青年となり、今もルーベンの元で使用人として勤めている。ジムの妹は、もうすぐ嫁に行く。ジムも来年、嫁を貰うそうだ。そう言う、節目節目の報告をジムととの妹は、ルーベンにしてくるし、事あるごとにルーベンを敬い感謝を伝えてくるが、あまり人と関わりたくないルーベンには、どれも面倒だった。

 だけれども、ルーベンの部屋の金庫の鍵をかけ忘れ出かけた時、大金が見えていても、留守の間に盗みを働かなかったジムの事をこの十年で、他人では一番信用をしていた。


「これからある場所にお前と俺で行く。着いて来い」

「畏まりました、ルーベン様」


 ルーベンは、ジムの手を左手で繋ぎ、右手を机の上に予め広げていた羊皮紙に乗せた。

 次の瞬間、羊皮紙は光を放ち、光が収まると、ルーベンとジムは、広い石造りの空間に居た。今は、失われた古代の移転魔法だ。


「ル‥‥ルーベン様、これは一体‥‥‥」


 ジムが、周りを見渡しながら、不安そうに声を出す。


「魔法を使い、移動した。ここは、魔王の居城だ」


「魔王?!移転?!」


「ああ。あそこに見えるのが、封印されている魔王だ」


 ルーベンの指差すその先に、周りを靄が揺らめく漆黒の黒い塊がある。これこそが―――封印された魔王、だ。


「あと、数時間したら、俺が呼ぶまで後ろにある入口近くのあの柱の後ろに隠れて欲しい。もしも、俺が死んだら、これを使え。さっき俺が見せたように、この羊皮紙を広げて魔法陣に手を置き、屋敷を思い浮かべれば移転できる」


「ルーベン様が死ぬ?え‥‥何をおっしゃってるのですか‥‥」


「質問はするな。言われたことだけをすればいい。わかったな」


「‥‥畏まり、ました」


 ルーベンは、時間を掛けて準備してきた。

 辺境から魔王城まで、魔王の封印で弱体化しているとは言え、一人で魔獣や魔物、魔族達を討伐しながら進めば十ヶ月はかかる。それを解決するために、はじまりの勇者の記憶を探って、移転魔法を見つけた。だが、ルーベンの魔力量はとても少ない。

 はじまりの勇者のように、自分の魔力でその場で魔法を展開して移転はできそうもなかった。なので、より深く記憶を探り、解決策を見つけた。これも、今は失われし技術で、羊皮紙に魔法陣描き、その魔法陣に魔力を貯め、任意のタイミングで指定された魔法を発動する、古代では一般的に使われていた方法だ。

 ルーベンの魔力量はとても少ないので、毎日必死で魔力を注いで、行き帰りの二枚の羊皮紙に描かれた魔法陣に魔力を満たんにするのに三年も費やすことになった。

 本来なら、行きの羊皮紙だけで良かったが、魔王が討伐されてことを見届け、それを世界に知らせてくれる者が必要だった。ジムを選んだ。だから、ジムが帰るための羊皮紙を作った。


 自分の愚かさを未来の勇者に引き継がせたくなかった。

 だから、最後の勇者になりたかった。

 世界に示したかった。

 ルーベンこそが―――最後の勇者だと。


 それに、この十年、思うことがあったのだ。


 自分は、何のために生まれたのか?

 この答えは、勇者になるためだったのだと思う事ができた。


 けれど、何のために、魔王を討伐し損ねた後も生きているのか?と、問えば、答えられなかった。

 ルーベンは、その答えが、魔王を討伐するためだと言えれば、この惨めな気持ちが救われるように思ったのだ。


 数時間経ち、封印されている魔王の漆黒の塊が、グニャグニャと歪みだした。

 それは、蠢く度に、形を変え、数分で、十年前に対峙した魔王の姿を象っていった。

 ルーベンは、腰をぐっと落とし、握った聖剣を、あの時のように魔王の胸の真ん中に向かって力いっぱいに突き刺した。

 すると、あの時と同じように、目を開けられないほどの眩い光が一面を包み込む。懐かしい、命を吸い取られるような感覚がルーベンを支配する。身を任せ、抵抗することなく、命を失う感覚を味わう。


 だが、今回もルーベンの惨めな気持ちが救われることはなかった。

 封印は、前より悪い。

 たったの八年だったのだ。


 でも、どの勇者も試したことがない、二度目の封印を身を以て証明出来たことが唯一誇らしかった。

 賭けだったのだ。

 今まで、どの勇者も命を二度捧げることはなかった。

 魔王の封印が解ける前に、残りの寿命を使い切って死ぬか、封印が解けた後も命が残っている勇者達は、皆、自分の次の勇者を横目に、揃って残りの人生を償うように過ごすだけだったからだ。

 だから、誰も試そうとしなかった。


 賭けに勝ったルーベンは、その後も、魔王の封印が解ける度に、ジムを伴って魔王の討伐へ向かった。

 だが、それも終わりが来た。


 もう何度目かの、命を吸われ失う感覚から、魔王の封印が解ける前に、残りの寿命を使い切って死ぬ―――つまり、魔王討伐は成し遂げられないことを勇者独自の感覚でわかってしまったのだ。

 でも、昔のように惨めな気持ちは不思議となかった。


「帰ろう」

「はい、ルーベン様」


 ルーベンが、勇者として最初に魔王を封印し、その後の一月ひとつき程の記憶までしか次の勇者にも、その次の勇者にも、未来の勇者達には、引き継がれなかった。

 原因はわからない。

 勇者ルーベンが、何度も命を捧げた偉大な功績は、誰にも知らせることはなく、歴史にも刻まれなかった。


 勇者ルーベンは、十年ではなく、公式には、四十七年という長期に渡り、魔王を封印した偉大な勇者だった、と記録されている。真実ではないが、それが、この世界の事実なことに変わりはない。


 だが、ルーベン以降の勇者達だけは、疑問を抱く。

 勇者ルーベンは、十年しか魔王を封印できなかったのではないのか?と。

 三十七年、合計して四十七年間も魔王が封印されていたのは、なぜなのか?


 これは、勇者でも解けることのない、大きな謎として、その後引き継がれていくのだった。

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