第二話

「魔王を封印し、人類を救うのだ。勇者アルフレッドよ」


「我が命に替えましても」


 祖父ヨハンの葬儀をし、休む間もなく、王城の王の間にて、王侯貴族や聖職者が見守る中、現王から拝命され、私は正式に勇者となった。


 勇者として憧れ、伯爵として尊敬していた祖父―――勇者ヨハンの死。しかも、最期を見届けたのは今代の勇者である私―――アルフレッドだ。

 何の因果なんだろう。孫の私の勇者となった日に、勇者だった祖父が亡くなったのだ。しかも、祖父は孫であり勇者となった私に何かを伝えようとして、その直後に‥‥‥。あの時、祖父は私に何と言おうとしたのだろうか。私は、皆ほど勇者になったことを素直に喜べなかった。


 だが、刻一刻と魔獣や魔物の被害は拡大し続けており、時は私を待っていてはくれない。

 勇者となったからには使命がある。

 魔王を封印しなければならない。

 人類存続のために。


 魔王がいるのは、魔境にある魔王城と呼ばれる場所。

 魔境とは、魔王城を中心に広がる魔獣や魔物、魔族と呼称される人型の魔物が闊歩する魔窟だ。大陸の六割近い面積を持つと言われ、魔王がいる限り、人類の生存圏は増える見込みがないだろうと言われている。

 魔境と人類圏の間には広大な森が広がっており、地域により呼び方が異なるが「魔の森」とか「死の森」「黒い地」などと呼ばれている。森の奥は、荒れ地や沼地、かつてそこには人類が生活を営んでいただろう痕跡も数多くあると言う。魔王城は石造りの広大な城で、その周辺は、かつて城下町だっただろう石造りの町並みが広がっているらしい。

 だから、昔から言われている。かつて、太古の昔、魔王城は人の王が治める都があったのだろう、と。


 魔境にある森沿いに、隣接する三国がある。この三国から必ず勇者は誕生する。理由はわからない。

 毎回勇者が選ばれると、勇者の出身国に三国から選ばれた、屈強な騎士や兵士に傭兵、魔道士など、総勢三十名の勇者と共に魔王封印に向かう者―――勇者一行と呼ばれる者達―――もこの王城に招集される。


「君が勇者ヨハンの孫、勇者アルフレッドだね。よろしく頼む」


 屈強な、という言葉が代名詞になりそうな背が高くとても大きな男が手を伸ばしてきた。握手で掴むその手は、ゴツゴツと分厚く私なんて子供の手のようだ。


「はっはい!アルフレッドと申します!祖父の遺志を継ぎ、務めを果たしてみせます!道中お世話になります!」


 勇者になれたと言っても私は所詮十五歳の子供。兵の一隊も率いた経験などないわけで、勇者一行の三十名を統率するような術を持たない。魔獣討伐の経験もまだ二年弱。多分、いや、確実にこの中で一番経験が少ないのが私、アルフレッドである。

 だからこそ、勇者出身国の騎士団または軍から必ず指揮官経験者が数名同行することになっている。この握手を求めてくれたのは我が国の騎士団の副団長。団長は、魔境の魔の森で今現在も魔獣討伐の陣頭指揮を取っている。副団長は、若干二十一歳で騎士団最強となった逸材で、個人の戦闘能力も指揮官としても逸材と言われる言わば天才。二十七歳の今現在も騎士団最強の名はそのままだ。この国の剣を持つ者の憧れの剣士でもある。

 は‥‥‥はじめて言葉を交わしてしまった。握手まで‥‥‥。子供の頃から副団長の輝く功績の数々に魅入られてきた一人なので、気分が高揚し、焦ってちゃんと挨拶できたのか数秒前が思い出せない‥‥‥。私の顔はきっと林檎の如くのように真っ赤だろう。お恥ずかしい‥‥‥。


「ははは。そんなに緊張するな。援護は任せておけ。期待しているぞ」


「はいっ!!!」


 きっと副団長は私のような若者に慣れているのだろう。おとことして本当にかっこいい!この人に付いていきたいと思わせる眩い魅力のある人だ。あの筋肉。私も五年後くらいにはあんあふうにかっこよくなれるだろうか‥‥‥。握手してもらった右手じっと見つめる。副団長に比べたら子供過ぎる貧弱な手だ‥‥‥。


「俺は隣国で傭兵をしている。特に偵察なら任せとけ!」

「支援魔法では負けません!勇者アルフレッド、安心して前進を!」

「俺やこいつは前衛だ。必ず魔王城まで連れて行くから任せとけ!」


 副団長との握手を終えると、一行の面々が次々と話しかけてくれた。みんな私なんかよりずっとおとこでかっこいいし頼もしい!


 勇者が選ばれるまで半年もかかったのだ。早く出発しなければならない。

 準備期間はたった七日しかなく、その間、祖父ヨハンの葬儀もあり、私が王城に到着したのは二日前。我が国が、三国の真ん中にある国だからこそ、両隣の国からの一行の仲間達も出発に間に合ったようなものだ。通常は、準備期間が半月と言うから異例の早さである。それだけ被害が広がっているのだ。前線まで馬で駆ける為、細かい打ち合わせもすぐにしなければならず、それからは、魔王封印に必要な知識をとにかく詰め込む。

 ちなみに食料や武器や武具の替えなどは、国宝である古代魔道具「時空鞄」が用意されている。古代の技術で現在再現は出来ない時空間魔法というものの産物らしい。強請って見せてもらったが、見かけはただの茶色く分厚い革で出来た鞄なのに、中からは出来立ての食事が取り出せる。道中は調理する余裕はないらしく、すぐに食べれる食事が大量に入っているらしい。お城や城下町の調理人総出で用意してくれたのだ。祖父からも聞いていたのに、まさに“聞くに勝る”で、幼子のように「すごい!すごい!」しか語彙力がなくなって笑われてしまった。


 明日、私は魔境に向かう。


 王城にある宮殿で用意してもらった客室に部屋を貰っている。

 覚えることが多く、普段使わない頭を精一杯使ったからか、一日稽古をした時よりもヘトヘトで部屋へと辿り着き、早く寝ようと着替えていた。こうして一人になると浮かぶのは、私は本物の勇者なのだろうか?という不安。明日は早いのに寝付けるだろうか。

 そうして少しぼうっとしていると、真夜中なのに婚約者のカトリーヌが部屋へ訪ねて来てくれた。


 カトリーヌは、隣接する領地の子爵家の令嬢で、幼馴染。

 ゆっくりと幼い頃から恋を育んできた私とカトリーヌは、自分で言うのも何だが相思相愛である。栗毛で色白な彼女は、お転婆で少し気の強いところもあるが、可愛らしく気心がしれた仲なのだが、ここ最近は、淑女教育に励んでおり、淑やかさが増して、魅力倍増。私はいつもかっこ悪いと思われたくなくて最新の注意を払って接しているにも関わらず、毎回空回りすることが多い。

 明日の出立の見送りに来てくれると聞いていたけど、こんな夜遅くに私に会いに来てくれるなんて嬉しくて顔がニヤけて、彼女を部屋へ通してはっと気付く。こんな夜中にカトリーヌと二人きりだ。一気に頭に血が上る。体が熱い。


「かっ、カトリーヌ、来てくれたんだね、嬉しいよ」


 直立不動で、両拳に力を入れ私の中の私を鎮める。鎮まれ、鎮まるのだ。私の中の私よ。ここは崖だ。下は深い谷底。動けば死ぬ。


「―――アルっ!どうか、どうか無事にお戻りくださいね、勇者様になられたのは喜ばしいのです。でも、でも、心配なのです。魔王を封印したらわたくしを迎えにいらしてね、絶対、絶対無事でお戻りになって」


 カトリーヌは、懇願するように潤んだ瞳で私を見つめた。

 こんなカトリーヌを初めて見た。


 私の疑問と不安に答えをもらえないまま、祖父―――勇者ヨハンは、私が勇者となったあの日、神の元へ旅立った。

 私は本物の勇者なのだろうか?という不安を払拭できていない。

 勇者たる力は私にあるのか?と問われれば、確かに私は剣の稽古でも、同年代での剣術大会でも上位で入賞してきたし、今日はさっきまで、短い時間だったが、同行する騎士や傭兵達とも手合わせしたが、聖剣を手にしたことで今まで以上の力を感じ、私は誰よりも強いと言える。

 だが、やはり歴代勇者とは違うあの有様を思えば全く不安も疑問も拭えないのである。

 でも、愛する婚約者の前で、不安に涙を溜めた瞳の前ではそんな態度は見せられない。


「必ず迎えに行く」


 私は、そっとカトリーヌを抱きしめた。

 幼馴染だし、婚約者だし、手を繋いだことはあったが、まだ婚姻前だと言うのに、あまりの愛おしさに初めて抱きしめてしまった。

 少しびくりと肩を震わせたが、カトリーヌは恥じらいながら私の胸に体を預けてくれた。

 彼女の体温を感じ、その恥じらう彼女がどうしても愛おしくて、抱きしめる手に力が入る。


 初めて味わい、しばらく味わえないカトリーヌのぬくもりを、体に記憶しておきたくて、扉の外に居たのだろう、カトリーヌの侍女が、強めにドンドンと扉を叩く音が聞こえるまでずっと彼女を抱きしめていた。迎え入れた侍女の表情は‥‥‥怖い。許してください。抱きしめたけどそれだけです。可愛すぎたんです。許してください。

 別れ際、まだ頬を染めたカトリーヌが「これを」と、我が家の家門と、私のイニシャルが刺繍されたハンカチをくれた。

 可愛い。

 カトリーヌを守るため、迎えに行くためにも、魔王を封印しなければならない。

 そう、決意を改め、ハンカチを大事に手に取った。

 だからだろうか、私が本物の勇者かどうか不安はあるものの、目を瞑るとすぐに深い眠りに落ちることが出来た。


 早朝に、朝食を家族で囲む。家族は明るく接してくれる。きっと心配や不安でいっぱいだろうけど、無理してでも気丈に振る舞ってくれる。でも、「にいさまぁ~」と、末っ子の弟が最後に堪らず泣き出してしまい、結局、父以外、私も含め泣いてしまった。この七日の間、祖父ヨハンが亡くなり、勇者は栄誉だが、私は危険な魔王と闘うことが決まり、上がったり下がったり、気持ちの持ちようがないだろう。


「カトリーヌ!」


 晴れた朝日の中、騎乗する前、人目があるにも関わらず、私は見送ってくれるカトリーヌを抱きしめた。無事、魔王を封印したら、侍女にも、睨んでいる将来のお父上にも謹んで怒られよう。


「ご武運を」


 涙を溜めた笑顔が愛おしい。若干震える細い肩も、か細い声も全てが愛おしい。


「ああ、行ってくる。迎えに行くから待っていてくれ」


 そして、熱狂する大観衆の中、勇者一行は城から魔境へと出発した。

 城の方を振り返ると、カトリーヌと目が合い、愛しい人の想いを胸に私は進む。


 世界の平和のため、魔王を封印するのだ。

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