最後の勇者
月刀田
最後の勇者ではなかった勇者アルフレッド
第一話
私の祖父である勇者ヨハンは、歴代の勇者の中で魔王を封印できた期間が一番短くたったの三年間だった事で、世間一般ではあまりよく思われていない勇者だった。
でも、伯爵でもある祖父は、領民の為に身を粉にして働き、領地を栄えさせ、自領の民からはとても慕われていたし、私もそんな祖父を誇りに思っている。
いつも祖父ヨハンは、壁に飾られた魔王を封印したとされる聖剣を見ては何か思い詰めたような顔をする。
私が幼い頃、何度も強請って聞かせてくれた勇者だった祖父ヨハンの魔王封印までの冒険譚も、最後の魔王の封印の話だけはあまり詳しく話してくれなかった。しかもあまり楽しそうではない。
たまに遊びに来る、祖父ヨハンと共に魔王と闘った勇者一行の誰しもが、祖父の魔王封印の瞬間を誉め讃え詳しく教えてくれるのに。
―――魔王を封印する時に何かあったのだろうか?
幼い頃からそんな心の引っ掛かりを感じていた。
祖父ヨハンの次の勇者が、魔王を封印してから三十五年。
歴代の勇者達の封印は、平均十年から四十年。
なので、そろそろ魔王がまた封印から目覚めるのでは、と噂されていた中、魔獣や魔物被害が一気に増えはじめたと噂されるようになった。
魔獣や魔物被害が増え始めるのが魔王復活の兆しのひとつだ。他にも、魔王復活の兆しはいくつかある。魔獣や魔物が徐々に強く、凶暴になっていくこと。例えば、人は襲うが人を喰らうことがなかった魔獣が人を喰らうようになったり、兵士一人で討伐できていた魔獣が兵士三人でなんとか討伐できるくらいに強さや脅威度が上がったり。
しばらくして、魔王が復活したと各地の領主に王から伝令があった。
私は少しそわそわしていた。
魔王が目覚めてしばらくすると、勇者も選ばれるからだ。
勇者とは―――魔王を封印する者―――である。
この世界では最低でも千年は勇者が魔王復活の度に選ばれてきた。現存している記録でわかる限りの事なので、実際にどのくらい昔から勇者が魔王を封印し続けて来たのかは誰にもわからない。
勇者が長年
歴代の勇者は、十五歳から十七歳。
私は、つい先日十五歳になったばかりだから可能性は十分にある。
勇者である祖父ヨハンに憧れて、毎日剣の稽古も欠かさなかった。なぜなら、勇者の子孫が勇者になる確率は割と高いのだ。
もしかしたら私も勇者になれるかもしれないと、いつも以上に剣の稽古に時間を割いて、私はそわそわしながら日々を過ごした。
ところが、半年経っても勇者は現れなかった。
魔王のいる魔境に隣接する、我が国含め三国
魔王が復活すると魔獣や魔物は強くなる。
被害が徐々に広がる中、私も含め国、いや、大陸中の人々の不安が日に日に増してゆく。
いても立ってもいられなくなった私は、祖父をお茶に誘い、応接間で祖父に問う。
「お祖父様、勇者発見ががこんなに遅くなることってあるのでしょうか?」
古いが丁寧に磨かれた家具が並ぶ、豪華ではないが堅実な伯爵家らしい応接間。その壁には、そこだけ神聖な空気を纏うような神々しさを感じる、祖父である勇者ヨハンとともに魔王を封印した聖剣が掲げられている。
我が伯爵領は、魔境からはかなり距離があるが、つい先日も魔境に近い領地の被害を聞いた。聞く度にどんどん不安が募り、元勇者である祖父ヨハンから安心できる言葉がどうしてもほしかったのだ。
「‥‥そうだな、もしかしたら勇者は‥‥‥」
視線を左上に逸らした祖父は、何かを知っていて思い詰めたような、そんな気がして、その後に続く言葉を待った。
その後の言葉は続かず、祖父は、壁の聖剣をじっと静かに見つめ、ゆっくりと数歩歩くと聖剣を手に取った。
―――違和感を感じた
なぜなら、私は祖父が聖剣を手に取ったのを初めて見たからだ。
祖父に同行した勇者一行の他の方達が、我が家に遊びに来た時に、魔王封印の冒険譚を聞かせてくれ、盛り上がり、彼等が聖剣を壁から手に取ったり、たまに聖剣を私に持たせてくれたことはある。
それ以外にも、我が家にやってきた客人が、勇者の聖剣を一度でいいので手に持ちたいと手に取り喜んでいるのも見たことがある。
でも、祖父ヨハンが、勇者の証でもある聖剣を手に取るのは今まで見たことがなかったのだ。
聖剣を手に取った祖父は、そのまま聖剣をじっと見つめている。
沈黙、いや、なんとも言えない静寂が広がり、声をかけてはいけない雰囲気が、私の不安を更に募らせる。
すると、祖父は、何かを納得したような様子で一度頷き、私の方に向き直し私の目を真っ直ぐに、優しい眼差しを向けた。
なぜか、その優しさに不安を感じる。
「アルフレッド、おまえにこれをやろう」
そう言って、祖父は私に聖剣をぐっと差し出す。
ずっと祖父が使い込み、勇者になってから祖父と共に戦い続け、魔王を封印した聖剣。
普通なら刃こぼれや傷が出来ているだろうその剣は、新品かのように、いや、新品以上に輝き、傷ひとつなく美しい。
聖剣になった瞬間に、
私は、なぜだか言葉も出ず、ぐっと差し出されたその聖剣に手を伸ばした。
右手で受け取り、左手も柄に添え、背筋を伸ばし両手でぐっと柄に力を込めた。
―――その瞬間、聖剣から光がふわっと溢れ出した
淡く白い光は、柔らかく部屋中に広がり空気に溶けるように飛散していく。
何かが私の中に入ってくような、遠くで言葉が聞こえるような、微かな意志を感じた。
「「‥‥‥‥」」
あまりのことに、私も祖父も唖然とする。
「まさか、そんな‥‥アルフレッドが‥‥‥」
祖父が悲壮な掠れた小さな声を漏らす。
その声を耳で拾ってはいたが、徐々に手から熱が伝わるような錯覚を覚え、全身に溢れる力を感じ取り、私は勇者に選ばれた喜びを噛み締めずにはいられなくなった。
あぁ‥‥‥、力が溢れてくる。剣が光った。光ったよな?剣が光ったんだ!これって選ばれたってことか?そう、だよな。そうだ、そうなんだ!選ばれた‥‥‥、そう選ばれたんだ!私が、私がゆう‥‥‥勇者、に‥‥‥。
「お‥‥‥お祖父様!私が、私が‥‥‥勇者に選ばれました!!」
興奮して、飛び上がるくらい全身が震える。
私が勇者に選ばれた!勇者に選ばれた!勇者に選ばれた!憧れの勇者だ!お祖父様と一緒の、憧れの勇者だ!私が勇者に選ばれたんだ!
普段の私にはあり得ない程の大きな声を出してしまったので、屋敷の使用人達が心配して部屋に飛び込んできた。
「アルフレッド坊ちゃま、何事です?!」
「勇者だっ!私が勇者に選ばれたんだっ!」
「なんと!!だっ‥旦那様に連絡を!」
「まぁまぁまぁ!なんて光栄な!ヨハン様に続きアルフレッド様もなんて!お祝いの準備をしなければっ!奥様っ奥様ぁ、大変です、アルフレッド様がぁ―――」
話はすぐに家中に伝わり、現伯爵の父が慌てて王宮に早馬を走らせたりと、大騒ぎとなった。
豪華な食事が並べられ、蔵からありったけの酒や食料が使用人にも振る舞われる。
父や母からこれでもかと褒められ、称えられ、妹や弟も興奮しっぱなしだ。
夜になり、ひとしきり興奮し終えたはずだが、あの瞬間を思い返しては興奮してしまい全く寝付けそうにない。
祖父と同じ憧れの勇者に選ばれたのだ。
何度も何度も聞いた祖父の勇者の話を思い出しながら、これから私が出向く魔境の魔王との戦いを思い描く。
あの瞬間から体から溢れるようなこの力の感じは、伝え聞く勇者の力だな。いつも使ってる身体強化魔法なんて目じゃないくらいの力を感じるし、もしかしたらかっこよく魔獣も一切りでいけるかも。いや、いける!なんか余裕な気がする!ああ、すごい、勇者の力か‥‥。今日は祝いでそれどころじゃなかったし、明日早起きして試したいな。ああ、すごい。どうしよう。
そんなふうに考え、緩む頬を枕に押し付けながら思わず「ふふふ」なんて声を洩らして一人で恥ずかしくなる。
そして、ふいに―――違和感を感じた。
そうだ―――祖父が勇者になった時は、祖父が
祖父は言っていた。勇者になった時、
私の場合は、祖父の聖剣で、自分が
ふわりと溢れ出した淡く白い光。
目を開けていられないほどではなかった。
歴代の勇者の聖剣は、勇者がそれまでに
祖父も言っていたが、聖剣に選ばれた時は、
私の聖剣の選ばれ方は、歴代勇者とは明らかに―――違う。
そこに思い至った時、祖父の「まさか、そんな‥‥」と言う、悲壮な掠れた小さな声を思い出した。それに、今日はあの後、家族も使用人も祝だと大騒ぎだったのに、よく考えると祖父の姿を見なかった。
私は、一気に青褪める。底知れぬ不安を感じた私は、部屋を飛び出し、祖父の部屋の扉を叩いた。
「お祖父様‥‥起きていますか?‥‥話したいことが‥‥あるのです」
「‥‥‥‥‥‥入れ」
深夜にも関わらず、祖父は起きていた。
真っ暗な部屋で、寝間着にも着替えておらず昼間と同じ姿で、椅子に腰掛けていた。
私は、さっき感じた歴代勇者とは違う有様を必死に話した。
「お祖父様や他の勇者の方々の伝え聞く話と、私が勇者となった時の状況が違う気がするのです。聖剣となり光ったのは、私が使用していた剣ではないですし、目が開けられないほどの眩い光でもなかったのです。聞いていた話と全然違うのです。さっきそれに気付いて、私は不安で不安で‥‥‥」
そして、意を決して尋ねる。
「私は本物の勇者なのでしょうか?」と。
「―――アルフレッド、聖剣から光が溢れた時、何を感じた?」
しばらく時を置いて、息を吐いた祖父ヨハンが、そう問うた。
どういう意味だろう?感じたか?何のことだろう?お祖父様は何が言いたいのだろうか?
「感じ、ですか?何かが私の中に入ってくような、遠くで言葉が聞こえるような感じがしました。なんとなくですが、微かな意志を感じた?みたいな。あと、力が溢れ出すように漲ってきました」
祖父は、目を見開いた。驚愕、といった表情に一気に不安が募る。
何だ?お祖父様は何を驚いている?そのただならぬ様子に問うに問えず、私は、祖父が何を驚いているのか全くわからない。
「あの聖剣を手にしたら、聖剣から―――」
ガタガタと震えだし、顔面蒼白で思い詰めたように祖父が言葉を紡ぎ出したが、同時に祖父の口がパクパクと声を発したいのに発せないように無音を吐き出した。
「え‥‥‥?お祖父様?大丈夫ですか?お祖父様っ!?」
意味が分からず狼狽える私の目の前で、ゔ‥‥と、声にならないような呻きを発し、祖父が首を押さえ、苦しみだしたと思ったら、一気に力が抜けたようにゆっくりとゆっくりと椅子から崩れ落ちた。
「お祖父様っ!!!!!」
すぐに駆け寄るが、祖父はピクリとも動かない。苦悶した表情に血の気の引いた皺の多い肌。抱える祖父の体からはまだぬくもりを感じるのに“死”という言葉が頭を
一体何が起こっているのか?なぜ祖父は動かないのか?まさか、そんな‥‥‥。
「誰か!!お祖父様が!お祖父様がああああああああああ!!!」
私が勇者に選ばれたその日、祖父―――勇者ヨハン―――が亡くなった。
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