きっとクラゲになってしまう

海月^2

きっとクラゲになってしまう

※この話は自殺の内容を含みますが、自殺を勧めるものではありません。















 儚い少女、それが私の溶定海月への印象だった。

 緩やかなカーブを描いた前髪と、青と白のツートンカラーになっているクラゲカット。男子人気も女子人気も高くて、いつも人に囲まれている女の子。私に彼女との関わりは殆どなかったけれど、とても好印象を抱いていた。彼女の人生は、常に充実しているように見えていた。

「海月ちゃん、自殺したんだって」

 だから私には、その事実が到底信じられなかった。

 頭を殴られるような衝撃で浮く感覚がして、私まで生きている心地を失ってしまったようだった。溶定海月がいないということは、クラスから色が消えることと同義だ。透明な深海に潜って、彼女の机の上に置かれた菊の花だけが色を保っていた。そして息がし辛いところまで落ちて落ちて、誰も話さなくなった。


 学校の隣には海がある。毎日、授業の度に漣の音が聞こえてくる。溶定海月を攫った波の音だ。

 ある日誰かが、朝早くに来て窓を閉めた。教室はいっそう無音になって、先生の声もぼやけて、ノイズとして流れた。

 息を小さく吐けば、水泡が見えない水面へ昇っていくのが見えた気がした。この深海から抜け出して顔を上げれば、彼女に会える気がした。大きく声を出せば、その言葉が彼女に届く気がした。クラスの全員が、そんな閉塞感を抱えていた。心の重さは伝播して、誰もが浮上できないまま沈んでいく。

 時折、誰かが泣き出して、慰めている人もまた泣いて、先生がやって来る。背中を擦られながら保健室に連れて行かれて、残った人たちは憔悴した顔で次の授業の準備を始める。同じような日々が、低い彩度で進んでいく。


 海に行ったのは、溶定海月が亡くなってから丁度二週間後のことだった。足取りも覚束ないまま歩いていたら、その足は無意識に海へ向かっていた。

 彼女を攫った海。私たちのクラスの光を奪った海。それは今日も変わらず揺れている。

 波打ち際に近づけば、大量のクラゲが集まっている。そのうちの一つが砂浜に取り残されて、波が下がっていく。そのクラゲは透明で、月の光を通して青く光っていて。けれどその中心の模様は白くて、どこか溶定海月に似ていた。

 クラゲはいくら波に被さられても流されていかなかった。触手に絡まった靴のせいだ。間違いでなければ、それは溶定海月の靴だった。クラゲは、それに足を嵌めるかのように触手を潜らせていた。

「今、取ってあげるからね」

 私はクラゲの触手に触れないように靴を外した。そしてクラゲは次の波に攫われて消えていった。

 浜辺から少し歩いた場所に献花台はあった。その傍に靴を置いた。いつか、彼女がこの靴を履いて帰るべき場所に帰れるようにと。

 靴から手を離せば、少しだけ手が痺れた。もしかしたら、クラゲに触れてしまったのかもしれない。

 苦笑を漏らして、それからその手をポケットに隠した。そして海に戻る。

 水死体なんて見れたものではない。だから、海に願った。いつかきっと、クラゲとして死なせてくださいと。私を、クラゲにしてくださいと。


 手足が重くなって、私の口や鼻からは白い水泡が昇っていった。

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