第二章

第二章


 カラゲルとセレチェンが村に入ると、待ち構えていたように一人の男が声をかけた。

「長老よ、王都から使者が来ていますよ。今、族長と親父が相手をしているところです」

 男には鷲の刺青が目の片側だけにあった。これは長老の息子であることを示すものだ。

 この男はセレチェンと並ぶ長老ジャルガの息子バレルだった。カラゲルより十歳ほど年上だった。

 王都からと聞いて、一瞬、表情を曇らせたセレチェンは黙ってうなずいた。

 王都から使者がやって来るのはめったにあることではなかった。この前の使者はある犯罪人を追求するためのものだった。

 バレルはカラゲルに目を移すと、馬につけた狩りの獲物に笑みを浮かべた。どこか羨望の色をにじませた笑みだ。

「なかなか立派な狐じゃないか。さすがカラゲルだな。弓で仕留めたか」

「いや、今日はクランと鷲狩りをやっていたのだ。狐三匹、オローの手柄さ」

 クランの名を聞いたバレルは鼻白んだ様子で去って行った。杖を突く後ろ姿が傾いていた。子供の頃の怪我で脚が悪いのだった。

 ブルクット族の村はベルーフ峰の山麓斜面に広がっていた。岩を削り漆喰で塗り固めた住まいが数千戸も積み重なるように山腹を埋め尽くしている。村の内と外を仕切る木柵は太い丸太で作ってあり、遠くから見れば砦のように見えた。

 実際のところ、かつてこの場所は砦だった。ブルクット族は砦の民であり、砦に生まれ砦に死んだものだった。

 木柵の切れ目を街道からの入口としていたが、いつでも封鎖できるように内側には予備の丸太が積まれてある。

 英雄ダファネアにならって鷲とともに王国を守る戦士、それがブルクット族だった。

 しかし、シュメル王が即位した二十五年前から彼らはこの場所に閉じこもっていた。最後の誇りだけは奪われまいとして森の奥へ隠れる傷ついた獣のように。

 カラゲルとセレチェンは族長の家へ向かって坂道を登っていった。

 一日の終わりに馬の手入れをする男たちが共同の馬小屋に集まっている。男たちは族長の息子と長老へ気軽な挨拶を送った。

 カラゲルの馬はいつも男たちの憧れの的だった。野生馬を捕らえるのも、それを馴らすのも、カラゲルに勝る者はいなかった。騎馬はブルクット族が他部族へ誇れる技芸の一つだ。

 道を行き交う女たちへはカラゲルから声をかけたが、女たちが敬意の視線を向けるのは、むしろセレチェンの方だった。この長老はいつも、女たちを大事にせよと言っていたからだ。

 戦士の部族の長老としては珍しいことだったが、セレチェンはよく時と運命について思いを馳せていた。男たちは華々しく戦場に命を散らすことを思うが、女たちは大地のように粘り強く時と運命を紡いでいく。

 道端で子供たちが小さな弓で遊んでいた。使い古した革紐を蛇に見立てて狙いをつけている。カラゲルとセレチェンはあの黒い蛇を思った。

 長老の家の前には四頭の見慣れぬ馬が繋がれていた。鮮やかな彩色を施した鞍、長い脚、細い胴。これは王国が全土に張り巡らした街道の宿駅の馬だ。使者は王都から宿駅を一つひとつたどって馬を乗り換えながら、ここまでやって来た。

 戸口から傍若無人な笑い声が聞こえてきた。馬を降りたカラゲルとセレチェンが中に入ると、使者をもてなすための食事と酒の臭いがした。

 長い卓の端に座った族長のウルは苦い顔で四人の使者を眺めていた。ウルの隣には長老ジャルガがいた。こちらは使者の頭領へおもねるような笑みを見せていた。

「ほほう、それは勇壮なものじゃ。人食い豹をあなた一人で倒したとは」

「いや、まあ手下は二人ほどいたが、ものの役には立たん奴らだ。俺のこの剣で打ち倒してやったのよ」

 王宮からの使者というが見るからに粗野な風貌をしていた。豪華な衣服をまとっているせいか、かえってその下卑た顔立ちが際立つようだ。

 父の横に立ったカラゲルが口元に皮肉な笑みを浮かべて言った。

「打ち倒しただと。その役立たずの二人をか」

 頭領は目を怒らせてカラゲルを見ると、手にした酒杯を卓に叩きつけた。

「人食い豹をだ。分かりきったことを聞くな、小僧」

「そうか。それでその二人はどうなった。豹に食われたか、それとも……」

「一人は食われた。もう一人は、そら、そこにいる」

 頭領に指さされた男は決まり悪げな顔になった。カラゲルはその男へも皮肉な笑みを見せておいて言った。

「なるほど、それはいい作戦だ。一人食わせておいて油断している豹に忍び寄ろうというわけだ」

「馬鹿な、俺がそんな卑怯な真似をするか!」

 いきりたった頭領は腰を浮かして怒鳴り声を上げた。

「まあまあ落ち着いて、これは冗談だ。我らブルクット族は死者についての冗談が好きでな。これは、いつも死を心に留めておこうという昔からの風習さ。まあ、一杯やってくれ」

 カラゲルは頭領の背中に手を置き、杯を持たせると酒を注いだ。客にしか出さない蒸留酒だ。

 頭領はなみなみと注がれた酒杯へ唇を突き出した。口元が駱駝のような舌なめずりを見せた。

 カラゲルが言った。

「あまり怒らぬことだ。背中の傷が痛みだすとよくないだろう」

 慌てて首の後ろに手をやった頭領は酒を膝の上にこぼした。頭領の首筋から襟元にかけてくっきりと深い爪痕がのぞいていた。これは豹に背を向けた証拠だ。

「こいつ、王の使者に対して無礼だぞ!」

 他の三人が席を蹴って立ち上がるのをウルが両手を上げてなだめた。

「皆さん、失礼を許してくれ。これは私の息子だ。はねっかえり者で困っている」

 カラゲルは薄笑いを浮かべて奥の部屋へ入ってしまった。

 なおもいきり立つ使者たちにウルは言った。

「二人の長老が揃った。王への返書はすぐに用意する。いったん席を外してもらいたい」

 使者たちは口々に文句を言いながら家の戸口へ向かった。

 壁際に立っていたセレチェンを見た頭領は口元をゆがめて笑った。

「この長老が囚人鉱山で反乱を起こしたお尋ね者の父親か。あのクズ野郎とは違って、ご立派な面構えじゃないか」

 セレチェンは怪訝な顔になった。

「あなたはコルウスに会ったことがあるのか。どこであれの顔を見た」

「い、いや……俺は王宮に仕えているからな……その……」

 口の中でもごもご何か言うと頭領は家の外へ出ていった。

 セレチェンが座に就くと、奥からカラゲルの母ミウナが姿を見せた。

 使者たちが散らかした卓の上を片付けたミウナは席についたセレチェンに茶を注いだ。会釈して茶椀に口をつけると、セレチェンは静かにそれを卓に置いた。

「カラゲルは足手まといじゃなかったでしょうね、セレチェン」

「立派に勢子を務めたよ。あの子はもう子供じゃない。何の心配もいらない」

 ミウナは白い上着の袖口をいじりながら、セレチェンの横顔へ目をやった。

「クランも一緒だったんでしょう。前にも言ったけれど、ウルも私もあの子とクランをあまり近づけたくないの」

「それについても心配はいらない。二人は幼馴染で狩りの仲間というだけだ。もちろん友ではあるが、それもいけないというのか」

「そんなことはないけど……あの子もそろそろ……」

 ウルが咳払いをして、妻に声をかけた。

「ミウナよ、奥へ行っていてくれないか。これから三人で王への返書について話さなければならん」

 ミウナが奥へ入ると、ウルは使者が持参した王の手紙をセレチェンに見せた。

「これが王の親書……というより召喚状とでも言った方がいいか」

「王都へ来いというのか」

「シュメル王じきじきに尋ねたいことがあるというのだ。何を考えているのかは分からぬが」

 それまで苦い顔で黙り込んでいたジャルガが皺だらけの顔を突き出して言った。

「それを今、あの使者から聞き出そうとしておったのじゃ。カラゲルが邪魔さえしなければ……」

「あんな連中に聞いても無駄だ。あれは王都の衛士に雇われたならず者たちだろう」

 落ち着き払ったセレチェンにジャルガは勢い込んで何か言おうとしたが、そのまま口をもごもごさせただけだった。

 ジャルガは村でも最年長で七十を超えていた。セレチェンはそれよりずっと下の五十代半ばだが、同じ長老で権威に違いはない。ブルクット族は族長と二人の長老の合議が部族の意志を決定づけていた。

「行くのか、ウル」

 手紙に目を通したセレチェンが尋ねると、ウルは目元の稲妻の刺青に迷いの色を浮かべた。

 ジャルガが怒鳴るような声を上げた。

「行ったら殺されるぞ。きっとシュメル王はコルウスについてお尋ねになるだろう。その時、あの反逆者の居場所を答えられなければ、ブルクット族は彼奴をかくまっているとお考えになるはずじゃ」

「部族の族長を殺す、そんなことが王にできるわけがない。もしそんなことをしたら、王国はバラバラになってしまう」

 セレチェンの言葉にジャルガが噛みついた。

「二十五年前、我らブルクット族は王都から追放された。王の御心はもう我らの上にはあらせられぬのじゃ。そのうえにコルウスの反乱。囚人鉱山を騒がせたことは重罪じゃ、王への謀反と変わりない」

「あれはブルクット族を追われた身だ。言うまでもないが反乱の前にな」

「つまり追放者だからブルクット族ではない。たとえ、鷲の刺青のある長老の子であっても我らには無関係だと言うのだな。王はそうはお考えではないようじゃぞ」

 二人の長老は族長を中に置いて言い争った。家の中はしだいに暗くなってきた。族長の家と言っても、他の家と変わりはなく質素なものだった。

 ジャルガは王都におけるブルクット族の地位を回復したいと願っていた。老年に至ってジャルガはかつての栄耀栄華の日々が思い出されてならなかった。

 ブルクット族は王国の守護者であり、王の血脈を守る近衛兵として王都の華であった。また、王都の他にも王国各地に砦を持ち、国境を接するウラレンシス帝国からの侵略に睨みを利かせていた。

 剣技、弓術、馬術はもちろんのこと、自在に鷲を使う技術は王国民の称賛の的だった。特に王位継承にまつわる鷲の儀式はブルクット族にとって部族の威信を示す花の舞台と言えた。

 ジャルガなども今でこそ粗末な狩衣に身を包んでいるが、かつては豪華な衣服をまとって王宮に出入りしたものだった。先代の王からの寵愛は野心家のジャルガにとって何とも晴れがましいものだった。その王が暗殺されるまでは。

「まあ、ものは考えようじゃ」

 深く刻まれた皺のせいでひび割れたように見える長老の刺青の奥でジャルガの目が鈍く光った。

「久しぶりの王からのお召し。これをブルクット族の名誉回復の機会にすることができるかもしれんぞ」

 セレチェンはジャルガの目を見返した。こちらの目はまだ精悍な色を保っていた。

「名誉回復だと。そんなことをしても王の心は晴れぬ。我らが王都から追放されたのは暗殺の責任を負わされたからというのみではない。王は心を病んでいるのだ」

「またそれを言うか。シュメル王は即位早々、我らブルクット族とナビ教の徒を王都から追放された。元はと言えば、シュメル王の父王たる先王の暗殺を許したこと。そして母たるミアレ王妃を守りきれなかったことへのお怒りからじゃ。あれからもう二十五年が経っているが、王国民はもちろん、我が部族の民も追放のことをそう理解している」

「暗殺の責任というなら直属の衛士を処分すれば済むこと。つまり、この私とユーグを処刑でもなんでもすればよい。それが部族の追放にまで至るとは。部族共同体であるダファネア王国の歴史を否定するようなことをなぜしなければならないのだ」

「あの頃、王宮内には王位継承にまつわる陰謀術数、それはそれは醜悪の限りを尽くしておった。即位したてのシュメル王はそれが今度は我が身にふりかかることになるのが耐えられなかったのだろう。見る顔、見る顔、どれも信用ならぬとなればいっそのこと誰も彼も追い払ってしまえと……若いが故の潔癖とでも言おうか……あえて臆病とは言わぬがな……」

 セレチェンはもう一度ジャルガの目をのぞき込んだ。

「ジャルガ、あなたにも分かっているのではないか。その根はもっと深いところにある」

「それは何じゃ」

「人間への絶望だ。王は……私の知る少年の頃のシュメルは心の清い子供だった。それが父王を殺され、逃れた荒野では母のミアレ王妃まで殺された。荒野を逃げ回るうち、シュメルは心に闇を抱くようになったのだ」

 ジャルガは憐れむような顔でセレチェンを見た。

「セレチェン、お前はラサ荒野ではシュメル王の側近の衛士だった。さぞ苦労したことだろう。王妃を守れなかったことで自分を責めているかもしれん。しかし、私はお前がブルクット族らしく立派に務めを果たしたと思っているのじゃ。なにしろ、王の血脈の最後の一人、つまり、シュメル王を守り通したのだからな」

 ジャルガの目がまた鈍く光った。濁った瞳が左右に動き、何事か考え込んでいるような顔だ。

「そうだ、お前が言った部族共同体としてのダファネア王国のあり方。それをシュメル王に説いてみるのもいいかも知れんぞ。シュメル王は部族会議を何年も開いていらっしゃらない。各部族の不満も溜まってくる頃だ。このままでは王国のタガが緩んでしまう」

 ジャルガはウルに目を向け直した。

「族長よ。まず王にお会いしたら、我らブルクット族は王国の行く末を憂いておりますと訴えるのがいいじゃろう。そして、我らに王に対する謀反の心はなく、コルウスもすぐに捕まえて王都へ連れて参りますと申し上げるのじゃ」

 ウルは迷っているようだった。部屋の中はすっかり暗くなっていた。ミウナが静かに顔を出し明かりを灯すと奥へ戻った。獣脂の燃える匂いがかすかに漂った。

 セレチェンが口を開いた。

「ウル、ここは私に行かせてくれないか」

「お前がコルウスの父親だからか。もし、そんな理由なら……」

「いや、そうではない。久し振りにシュメル王に会ってみたいのだ」

 ジャルガが口元をゆがめて笑った。

「ああ、それも一つの手じゃな。セレチェンは王の命の恩人と言ってよい。まさか、いきなり斬って捨てたりはするまいよ。お前もなかなかの策士じゃの」

 族長ウルはセレチェンの表情をうかがうような目をした。

「長老セレチェンよ、我が部族の誇りよ。私を臆病者と思わないでくれ。私はジャルガのように政治のことはよく分からないし、お前のような勇者でもない。ただ族長の家に生まれたというだけの男だ」

 セレチェンは卓に置かれたウルの手に触れた。

「私は族長を臆病者だなどと思ってはいない。人はみな背負わなくてはならない運命というものがある。ウルは族長の家に生まれて、その運命を立派に背負ってきたはずだ。つまらぬことを言うな」

 セレチェンは静かに宣言するように言った。

「私はクランを連れて行くつもりだ。あの子をシュメル王に見せたい」

 ジャルガが一転して苦い顔になった。

「あのみなしごの娘をか。お前の言う『イーグル・アイ』をか。やめておけ。伝説をそのまま信じるなら、あの娘は王国に危機が迫っている兆しということになるぞ。それを王にお見せしてどうするのじゃ。王のご不興を買うことになるかも知れんぞ」

 なにがイーグル・アイだ、不吉な、とジャルガは吐き捨てるように言った。

 ジャルガの反応は決して異常なものではなかった。村人たちがクランを恐れ、敬遠しているのは確かなことだった。

 クランを『イーグル・アイ』と信じる者はいないが、そのくせクランの存在は不吉なものを引き寄せる、そう思われているのだ。

 ジャルガがからかうような表情でセレチェンを見た。

「前から思っていたのじゃが、あれは本当はお前の子じゃないのか。それならそうと正直に言うがいい。なに、お前が女に好かれる性質なのは皆よく知っておるぞ。どこかで密通した女がいたのかも知れぬが、それだって、お前のタネならばブルクット族の子に違いない。それを鷲の巣で見つけただの、胞衣を被ったままだったのと……」

 セレチェンは別に怒りもせず、冷めてしまった茶に口をつけた。

「ジャルガよ。実を言えば、私も確信があるわけではないのだ。しかし、どこか知らぬところで王国に危機が迫っているのだとしたら、クランを王に会わせておくことに意味が生じるはずだ」

「そうか、勝手にするがいい。ウルと相談のうえで立派な供回りをつけてやろうと思ったが、そんなことでは誰も行かせられんぞ。王の怒りを買って皆殺しにされるかもしれぬ」

「それでいい。ジャルガよ、あの使者たちに王への返書をやってくれ。族長の代理として長老の私がお召しに応じると」

「うむ、こんなこともあろうかと狼毛の筆を取って置いたのじゃ。どれ……」

 ジャルガは凝った書体で返書をしたためながら大声を出した。

「ミウナ、これでウルがむざむざ斬り殺されることはなくなったようじゃぞ。その後のことは分からぬが」

 奥との仕切り布の向こうで慌てたような足音が聞こえた。ミウナは夫の身に何かあったらと心配のあまり立ち聞きしていたのだった。

 その時、家の外で騒ぐ人の声、そして、剣を抜く物音が聞こえた。

 ウルとセレチェンは何事かと家の外へ出た。

 繋いだ馬の傍らで王の使者たちが剣を突き付けられ両手を上げていた。刀身に青く月光が反射している。

「馬鹿にすると承知しないよ!」

 剣を握っているのは女ばかり三人だった。ブルクット族の女たちは、いざとなれば男とともに戦士を務める。腰の剣も飾りでなく両刃の刀身は研ぎ澄まされたものだった。

「何をしているんだ。やめないか」

 ウルが駆け寄り声をかけたが、女たちは剣を下ろさなかった。手にした剣だけでなく目元の剣をかたどった刺青も油断なく使者たちに狙いをつけていた。

「この豚どもが私の尻を剣の鞘で突っついたんだ」

「剣の鞘ってことは宣戦布告ってやつさ。切り刻まれても仕方ないね」

 笑い声をあげる女たちに使者たちは表情をこわばらせていた。足元に四本の剣が転がっている。女たちの剣技に一瞬で払い落とされてしまった剣は泥にまみれていた。

「この人たちは客人だ。無礼なまねをするな」

 女たちは族長の言葉にしぶしぶ従って剣を鞘におさめた。

 使者の頭領は安心した顔になって額の脂汗を手の甲で拭った。

「俺は、その……せっかくだから友好の意を表そうとしたまでで……」

「冗談が過ぎたようだな。返書はすぐできる。夜が明けしだい村を出てもらおう」

 ぶらぶらと去って行く女たちの後ろ姿に目をやった頭領はやや落ち着きを取り戻して剣を拾いあげた。

「族長、ブルクット族の剣というのは噂以上の業物のようだな。女たちの剣でさえギラギラと光っていたぞ。あんなものを皆が腰に差しているのか」

 なぜそんなことを、という顔で族長は答えた。

「我らには伝統の刀鍛冶の技術がある。王国の戦士の部族だからな。さっきの女たちの一人も腕利きの鍛冶屋だ」

 頭領は剣の泥を上着の端で拭うと、なんでもないことを言うような調子で尋ねた。

「聞くにブルクット族にはダファネアの聖剣『鷲の目の剣』というものがあるそうじゃないか。どこにあるのだ。ぜひ見せてもらいたいが」

 ウルは目を細めて顔を横へそむけ口をつぐんだ。頭領は薄笑いを浮かべてその横顔を見つめた。稲妻の刺青が月光に青い。

「なるほど、部族の禁忌か。それなら聞くまい」

 頭領は家の戸口に立っているセレチェンにも目をやったが、セレチェンは無表情のままだった。

 家の中からジャルガが返書を手にして出てきた。使者たちの妙な雰囲気に一瞬、怪訝そうな顔になったジャルガだが、すぐに追従笑いを浮かべ頭領へ返書を差し出した。

「王への返書でございます。どうか、よろしくおとりなしのほどを。今夜は私の家にお泊りください。さあ、こちらです。馬はそこへ繋いだままでよろしいでしょう」

 使者たちはジャルガの後について歩き出した。一人は女たちに迫られた時、尻もちをついたのだろう、ズボンの尻に白く泥がついていた。

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