第3話 優しさに触れて
婚約破棄の件は、まだ世間に公表されていない。色々と手続きが必要だったので、それを周りに知られないようにカモフラージュするため、今も私はアルフレッド王子がいる部屋に通っていた。
もちろん、アルフレッド王子と顔を合わせないといけないわけで。
「エレノア、手続きはまだ終わらないのか? ちょっと、長すぎないか?」
アルフレッド王子は、不満げな表情で尋ねる。以前なら、もっと丁寧に気遣ってくれたはずなのに。今の彼は、私との婚約を早く解消したくてうずうずしているようだ。そのくせに、手続きをすべてコチラに丸投げ。
「手続きには時間がかかるのよ。何度も説明したはずだけど……」
これで何度目だと、私はイライラする気持ちを必死で抑えながら言い放った。
「本当か? もしかして君は、無駄に時間を稼いで裏でなんとかしようとしている、とか思ったが違うようだな」
アルフレッド王子は、疑うような目で私を見てくる。そんなわけない。この男は、本当に私を不機嫌にさせる天才だ。疑うのなら自分で動けばいいのに。
以前までの彼なら、こういうことも手助けしてくれた。でも今は助けてくれない。どうやら彼は、愛する女性のためにしか動かないようだ。そして、私は対象外。
「……そんなことはないわ。すべての手続きが終わるまで、もうしばらく待ってください」
「時間は有限なんだ。早くしてくれよな」
私は感情を抑えながら、言葉を絞り出した。彼はもういい加減にしてほしい。私だって、この状況を早く終わらせたいのに。
アルフレッド王子との面倒な顔合わせを終え、私は重い足取りで部屋を出てきた。そのとき、優しげな男性の声が私を呼び止めた。聞き覚えのある男性の声。
「エレノア、どうしたんだ? 暗い顔をしているが……」
振り向くと、そこには第二王子のエドガー様が立っていた。心配そうな眼差しで私を見つめている。
「エドガー様」
どうやら彼は、私とアルフレッド王子が婚約を破棄した件を知らないようだ。
私は迷った。正直に話してもいいものか。ここで秘密を漏らしてしまうと、私や私の実家の都合が悪くなるかもしれない。後先考えずに話すべきではない。
「ん?」
でも、彼の心配そうな表情を見ていると、すべてを打ち明けたい気持ちになった。信じて話してみよう。そうしないと、私の気持ちが落ち着かないと思ったから。
「実は、アルフレッド王子との婚約が破棄されることになったの」
「なに?」
私は婚約を破棄することになったこと。その経緯を、エドガー王子に打ち明けた。アルフレッド王子が他の女性を愛していること、私から婚約破棄を申し出るよう求められたことなど、事の次第を隠さずに話した。
「なんてことだ。信じられない。兄上がそんなことを……。本気か?」
エドガー王子は、私の話を聞いて驚きを隠せない様子だった。
「エレノア、君は大丈夫なのか?」
彼は私の手を取り、真摯な眼差しで尋ねる。
「ええ、今はショックも冷めて、前を向こうとしているわ。けれど、正直に言うと、まだ心の整理がついていないの」
「そうだろうな。君の気持ちはよくわかる」
エドガー王子は、適切な距離を保ちながらも、優しい言葉で私を励ましてくれた。私を思いやる彼の姿勢に、私は感謝の気持ちでいっぱいになる。
「エドガー様、こんなに親身になってくれて、ありがとう。あなたの優しさに、救われた気がするわ」
「君は強い人だと思う。これからも、君らしく前を向いて歩んでいってほしい。私は君の味方だ」
彼の言葉に、私は心が温かくなるのを感じた。アルフレッド王子への失望と裏腹に、エドガー王子への信頼が芽生えていく。
今までエドガー王子と、そんなに交流があったわけではない。だから、彼の新しい一面を知った。こんな王子もいるのだと、新しい発見だった。
もしもアルフレッド王子ではなく、エドガー王子が私の婚約相手だったなら。こんなに苦しい思いなどせずに済んだのかもしれない。
でも、それは全く無意味な妄想。私の婚約相手はアルフレッド王子で、その婚約も破棄するようにと言われた。それが現実。
でも、彼に話を聞いてもらって気持ちが癒やされたのも事実。
「ありがとう。エドガー様の優しさ、決して忘れないわ」
「困ったときは、いつでも私に頼ってほしい。君の力になりたいと思っている」
私は、エドガー王子に感謝を伝えた。少し前まであった、イライラした気持ちが和らいだから。
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