第2話 新たな一歩
アルフレッド王子から婚約を破棄してほしいと伝えられた私。衝撃的な会話を終えて、感情を処理するのに苦労しながら馬車に乗って自宅に戻る。
屋敷に戻る道すがら、私の脳裏には王子との会話が何度も蘇ってくる。
ついこの間まで、アルフレッド王子は私に優しく接してくれていたのに。それが、ただの表面上だけのことだったなんて。彼は、心の中で別の女性を愛していたというのだから呆れる。それを見抜けなかった自分にも。
愛する人がいると告白された上に、私から婚約を破棄してほしいと言われるなんて想像もしていなかった。まるで全てが嘘だったかのようで私は何を信じていいのか、わからなくなってしまいそうになる。
でも、彼の目に嘘はなかった。私を見つめる真剣な眼差しは、本気でヴァネッサという女性を愛していると物語っていた。私とは別の女性を本気で愛している。
屋敷に到着すると、私は一旦自分の部屋に戻って落ち着くことにした。今の自分の感情を整理して、落ち着いてから家族に報告しなければ。なんとか冷静さを取り戻そうと努めながら、深呼吸を繰り返す。
まだ、処理しきれていない。早く話したほうがいいと理解している。けれど、少しだけ待ってほしい。
両親や兄の顔を思い浮かべると、胸が締め付けられる思いがした。
こんなことになるなんて、誰も予想していなかっただろう。きっと皆、ショックを受けて心配してくれるに違いない。だからこそ、報告するのに躊躇する。
「ふぅ」
けれど、いつまでも隠し通すわけにはいかない。自分の口で伝える覚悟を決めて、父がいる執務室に向かった。
「お父様、大事な話があります。みんなにも聞いてもらいたいので、家族全員をこの部屋に呼んでもいいですか?」
「大事な話? ……わかった。みんなを呼んで、話を聞こう」
私の表情から事の重大さを察したのか、父は真剣な面持ちで使用人にみんなを呼ぶよう指示した。
私は精一杯の冷静さを装って、ソファに腰掛けた。ちゃんと冷静に話せるかな。
「来てくれて、ありがとう」
「どうしたの、エレノア?」
「何事だ?」
母と兄が執務室に来た。家族が揃ってから、私はアルフレッドとの会話を事細かに報告した。言葉を選びながら、アルフレッド王子がヴァネッサという女性を好きになったこと、私から婚約を破棄するよう求められたことを伝えた。
「そして、アルフレッド様は慰謝料を支払うと言っていました。私から婚約破棄を申し出れば、アルフレッド様と相手の女性の評判は守られるから、その代わりに多額の慰謝料を支払うと約束したのです」
私の話を聞いて、家族は言葉を失った。みんな真剣な面持ちで、表情は硬く、部屋の空気は重苦しい。
「ふざけるな! そんな、いい加減な考えに付き合ってたまるか!」
話をすべて聞き終えると、真っ先に怒りを露わにしたのは兄だった。普段は穏やかな兄が、こんなにも激昂するのは珍しい。
「エレノア、あなたは辛い思いをしたのね。それなのに、よく冷静に話してくれたわ。偉いわよ」
対照的に、母は優しく私の手を握り、そっと寄り添ってくれた。触れているだけで安心する、ぬくもりのある手でギュッと。
「全く、まさか殿下がそんな愚かなことを考えているとは。しかも、コチラになんの確認も相談もなく、勝手に婚約を破棄するだと? 陛下もそれを認めたというのか? 絶対に確かめなければならんな」
そう言って父は眉間に皺を寄せた。怒りと呆れが入り混じったような複雑な表情だ。
「大変だったわね。しばらく屋敷で休ませてもらったほうが、いいかしら?」
母の心配そうな視線が、私の胸を締め付ける。私は精一杯の笑顔を作ってみせた。怒りはあるが、この感情は元婚約相手に対して。
「大丈夫よ、お母様。確かにショックだったけど、今はもう落ち着いているわよ」
本当は心の奥底で深い傷を負っていることを自覚していたけれども、お父様や兄にも心配かけまいと、懸命に取り繕った。
アルフレッド王子を心から愛そうとしていた私は、なんて愚かだったのだろうか。こんな仕打ちを受けて、もう二度と彼を信じることはできない。
「王子を説得して、婚約関係を元に戻したいという気持ちはないか?」
お父様が、そんな確認をしてくる。そうしたいという気持ちがあるかどうか。私の答えは決まっている。婚約を元通りにするなんて選択肢は、ありえない。
「いいえ、それは絶対に考えられないわ」
私は、きっぱりと言い切った。それは絶対に嫌だ。
「それに、婚約破棄が王子の望みなのよ。それが彼の本心なら、従うしかないわ」
「そうか。うん、そうだな」
お父様は私の判断に間違いはないと、頷いて安堵の表情を浮かべる。
「わかった。ならば慰謝料は思う存分奪い取ってやろう。国王陛下との交渉は、私に任せてくれ」
お父様の力強い言葉に、私は小さく頷いた。慰謝料の交渉は任せれば大丈夫よね。アルフレッド王子ではなく、国王が責任を取ることになるだろう。
私から婚約を破棄すれば、我が家の評判は大きく傷つく。その穴埋めとして慰謝料を要求するのは当然のこと。
「それに加えて、失墜した評判を回復する方法も必要だと思う。私にいくつか考えがあるわ」
「そうだな。これから先のことについて、色々と考えておかねば」
「俺も手伝うよ。大事な妹を支えるのも兄の努めだからね」
兄は力強く言って、私の背中を押してくれた。
アルフレッド王子との婚約破棄。それは、避けられない現実となった。けれども、このまま終わるつもりはない。新しい人生を切り拓くために、もう私は我慢する必要はない。自由にやらせてもらいましょう。
そう心に決めた私は、家族の温かいサポートに包まれながら、希望に満ちた未来を想像するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます