日本からの転生者が増えすぎて国が滅びそうなので、転生される前になんとかしたい

的矢幹弘

第1話 エピローグとか甲子園とか

『お客様にご連絡いたします。ただいま新谷駅のホームで列車とお客様が接触したという情報が入りました。安全確認ができるまでしばらくお待ちください。お急ぎのところ、誠に申し訳ありません』


スマホや時計を見たり、舌打ちをしたりと乗客たちの様子は様々だ。ヘッドホンでアナウンスが聴き取れなかったのか、一向に発車しない状況を不思議がってキョロキョロしているやつもいる。


この乗客たちは、ただの人身事故だと思っているんだろうな。数年前までは、オレもそう思っていたから。


―数年前、8月

昼はそうめんでいいかと聞かれ、なんでもいいと答えると、そのとおり、錦糸卵とキュウリの乗ったそうめんが出てきた。

「今日のオンライン授業は?」と母親。

「もう終わった」

通信高校に夏休みはない。そういうと過酷そうだけれど、オレの場合は一年を通して午前中に2~3時間のオンライン授業があるだけで、午後は自由時間なので、毎日がほとんど休みみたいなものともいえる。


「そう。そろそろ始まるわね」と母親がダイニングのテレビをつけると、甲子園のグラウンド遠景が映る。全国高校野球選手権大会、いわゆる夏の甲子園6日目の第3試合が始まる。対戦カードは、我が県代表の高沢商業高校と、全国屈指の強豪校・遠阪桜院学園とおさかおういんがくえんだ。

「やっぱり大西おおにしくんが先発か。がんばって勝ってほしいね」

「相手が悪すぎる。遠阪桜院に7-0くらいで完封されるよ」

「あんたはまたそんなこといって。素直に大西くんの応援したらいいのに」


高沢商業のエース大西とは自宅が近所で、小学校からの友達だ。最近では会うこともなくなり、友達だったというべきかもしれないけれど、小学生の頃は一緒に野球をしていたことだってある。

その大西は一回の表を0点で抑え、高沢商業の攻撃に移った。互いに凡打が続き、意外なことにスコアは0-0のまま試合が進む。


「じゃあ、お母さん、仕事に行ってくるね」

「うん。いってらっしゃい」

親がパートに出かけたので、ひとりで野球中継を見続ける。

テレビ画面の向こう側にいる大西は好投を続けて相手の打線を抑え、七回が終わっても0-0のままだ。けれども、投球数は133球のうえ、味方打線の援護を得られず、苦しそうな様子が伝わってくる。


そして試合が動いたのは八回表、高沢商業のショートの送球エラーで遠阪桜院の出塁を許すと、盗塁とタイムリーヒットで先制されてスコアは1-0になった。

大西の顔は、ずいぶんとしんどそうだ。これは負けたな。

そっとテレビを消した。


いつものメンツと遊ぶ約束の時間になったので、自室に戻ってPCゲームのMMORPGタグラーン・ファンタジー・オンライン(TFO)のアプリを起動する。

けれども、ぐるぐるが出て、なかなか起動しない。世間ではお盆休みだからいつもより混んでいるのかな?

通信アプリのグループチャットには、すでにみんな集まっている。

>>緊急メンテっぽい

>>まじか

>>最近サーバー攻撃されてたみたいだし

>>その影響?

>>メンテ終了まで様子見ですかね

>>了解

メンテが終わるまで、ネット配信の高校野球中継を見ることにした。


試合は進んで、九回裏、高沢商業の攻撃になっていた。1-0のビハインドのまま、1アウト二塁三塁の場面で、打順は8番だ。一打出れば逆転サヨナラもある。

だから球場の盛り上がり方はハンパない。地方の公立高校が、私立の強豪校を倒すジャイアントキリングを期待して、ブラスバンドの応援に観客の手拍子が加わる。魔物を呼び出す儀式のようだ。


遠阪桜院は、満を持してピッチャーをエースに代え、エースはプレッシャーもどこ吹く風に8番を三球三振に仕留める。二塁三塁のまま2アウトになり、打順は9番、大西だ。けれども、ここで代打が告げられて大西の代わりに、浜野はまのが打席に入った。


浜野も小学生の時、一緒に野球をしていた仲だ。オレだけが、応援する側になってしまった。それも球場のアルプスからではなく、モニタ越しの応援だ。

相手エースの150kmのストレートに苦労しつつもなんとか食らいついて、浜野は打てる球を選ぶ。特大のファールが飛ぶたびに球場がどよめいた。2ストライクから粘ったけれど、最後は決め球のスライダーを空振りして三振、ゲームセット。

観客の大歓声と拍手の中、膝をついて泣き崩れる浜野をチームメイトが脇から抱えて整列する。


浜野の代わりにオレがあの打席に立ち、ヒットを打つ妄想をする。一塁まで走って、その間にランナーが二人帰ってあの遠阪桜院を相手に逆転サヨナラ勝ち。みんなベンチから飛び出して抱き合って泣くだろうな。そんな妄想が、現実に起きたかもしれない。野球を辞めて、もう6年か。


三振して浜野が号泣する様子と、実況の人の「惜しくも負けてしまいましたが高沢商業ナインは誇っていい、それだけ価値のある試合でした」という言葉が印象に残る。泣くほど悔しいものが、そんな価値あるものが、どれほどあるんだろうか。

試合の余韻がまだ残っているうちに、他の人が書いた試合の感想を読みたくて、SNSをチェックする。すると、それとは別のトレンドが目に入った。


『タグラーン・ファンタジー・オンライン』『TFO サ終』『サ-ビス終了』

え? TFOがサービス終了?


試合の感想はもうどうでもいい。それよりもサービス終了ってマジか?

震える手でTFOの公式リンクをクリックする。リンク先は、いつものサイトの雰囲気じゃなくて、白い背景に黒文字のシンプルなものに変わっていた。


『プレーヤーの皆様へ

平素より、タグラーン・ファンタジー・オンライン(TFO)をご利用くださいまして、誠にありがとうございます。本ゲームは、プレーヤーの皆様のご愛顧によりサービス開始から今日まで支えられてきました。

しかしながら、昨晩、第三者の攻撃によりサーバーが物理的かつ魔法的に消滅し、バックアップを含めたすべてのデータが消滅しました。

あらゆる手段によって復元を試みましたが、再生はまったく不可能ということが判明し、苦渋の決断ではございますが、本日よりすべてのサービスを終了する運びとなりました。

なお、これまでにご購入いただいた未使用の有料アイテムにつきまして、規約により返金は行いませんのでご了承くださいますようお願い申し上げます。

重ねて、これまでの皆様のご愛顧とご支援を、心より感謝いたします。

敬具 タグラーン・ファンタジー・オンライン運営チーム』


何度も繰り返して読み直したけれど、目は文字の上をさまようだけで、内容が頭に入ってこない。サービス終了という字面だけが強烈に頭に残る。

6年間、ほとんど毎日のようにログインして冒険してきたのに、なんの予告もなく、いきなり終わり?

マジで?


混乱したままグループチャットを見る。

>>は???????なんだが

>>魔法的に消滅ってのがタグラーンらしくて笑える(泣)

>>別のゲームするか

>>この説明で納得できるヤツおるん?

>>とりあえず今日の集まりは解散かな

>>NOBさん主催の人狼やるんで暇な人はそっちへ移動しましょう


うそだろ?

なんで?

みんなはそれでいいの?

放心状態のままベッドに横になる。涙がとめどなく溢れてきた。


こんなに泣いたのは、野球を続けられなくなったとき以来だ。経済的な事情で辞めざるをえなかった。けれど、野球を辞めたこと以上に、大西や浜野と疎遠になったことが辛かった。小学校ではあんなに仲の良かった大西や浜野も、中学生になると野球部の連中とばかりつるむようになって、オレとは話すことさえなくなった。


そのころにタグラーン・ファンタジー・オンラインと出会い、のめり込んだオレは中学にはほとんど行かなくなった。中学を卒業してからは通信高校に入学して、午前は授業を受け、昼からはTFOをする毎日だ。

この6年間、タグラーンを通じて少ないながら気の置けない友人もできた。

でも、それも終わった。また、居場所を失った。

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