第48話精神科医side ~心の闇3~

 少女の弟は死産だった。

 彼女のせいではない。それは確かだ。


 生まれてくる弟や妹の存在を手放しに喜べる子供もいるだろう。逆に少女のように「嫌だな」と思う子供だっている。下の子供が生まれて上の子供が赤ちゃん返りをすることだって珍しいことじゃない。

 それは自分の子供が何人目だろうが関係ない。

 弟が生まれる前から、少女は母から「お姉ちゃんになるんだから我慢しなさい」「しっかりしないと下の子に笑われるわよ」「貴方はお姉ちゃんになるんだから」と言われ続けた。


『下のきょうだいなんて欲しくない』


『生まれてこなければいいのに』


 少女はただ願っただけ。

 望んだだけのこと。


 それが現実になっただけ。


 現実になったことで少女の心は少しずつ歪んでいった。

 秘密を打ち明けた後の少女の言葉。アシヌス先生に語ったことは少女の本音なんだろう。

 少女は言っていた。


『お父さんもお母さんも赤ちゃんが生まれるのを楽しみにしてた。でも、エンビーは嫌だった。お母さんにね、赤ちゃんの方がエンビーよりも大事なのって聞いたの。お母さんは、どっちも大事だって。でも今度は男の子がいいって。男の子なら将来性があるからって。お父さんとお母さんの子供だから、男の子なら騎士にも文官にもなれる。なんだってなれるからって。エンビーは女の子だから文官になれないからって』


 女性の社会進出はまだまだ進んでいない。女性ならではの挫折をラース副団長夫人も経験している。だからこそ出た言葉なのだろう。先のことは分からない。だが数年でどうにかなる問題でもない。


 文官か……。


 恐らくラース副団長夫人は己の果たせなかった夢を生まれてくる息子に掛けたのだろう。

 無事に生まれていれば、と何度も思った筈だ。夫人の望み通りの息子になるかどうかは定かではない。もしかすると怠惰でどうしようもないクズに成長したかもしれない。だが、ラース副団長夫人はそんなマイナスな未来は想像していない。きっと今も同じだ。


 死産でなければ頗る優秀な息子を得ていた筈だと――


 盲目なまでに信じ切っている。

 それがよけいに少女を追い詰めた。少女はどんどん悪い方向へと進んでしまったのだ。


『本当はね、行きたくなかったの。伯爵家になんて。嫌だって言ったらお母さん凄く怒ったの。どうして言うことを聞かないのって。こんないい話は他にないのに……って。お母さんね、王子様のところに行くんだって。乳母になるって。凄いことなんだって。これはチャンスなんだって、お母さん言ったの……』


『それは辛いね。お父さんは?お父さんも賛成していたのかな?』


『ううん。お父さんはね、困った顔してた。伯爵家に行くのは反対だって。お母さんも王宮に行くことに反対だって。でもね、お母さんは決めたことだって』


『お父さんに言わなかったのかい?本当は伯爵家に行きたいくないってことを』


『うん。お母さんがね、お父さんに言っちゃあダメだって』


『どうして?』


『だって、お母さんはもう決めたから。お母さんが言うの。お父さんとお母さんを困らせるような子に育てた覚えはない……って。エンビーは良い子だからお母さんの言うことを聞けるよね……って』


 少女は父親に自分の本音を打ち明けられなかった。母親には逆らえず、父親には言えない。悪循環だ。なるほど、あの夫人はとことん自分本位な女性だったようだ。


 


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