第40話精神科医side ~問題の親1~

「母親が最大の問題だったとは……」

 

 本当なら、入院して本格的に治療を施した方がいいのに、世間体を気にして拒否している。娘が精神科に通院していると知って心配するどころか「恥ずかしい。私の娘なのに!」と叫んでいた。どんだけ頭が良いのか知らないけど、母親失格だ。本当に、呆れるしかない。娘は自分の分身で、自分の所有物とでも考えてそうなタイプだ。


 現に、患者の母親であるラース副団長夫人が病院に怒鳴り込んで来た時――



『貴方のせいよ!』


『アンビー……』


『貴方がちゃんとあの子を躾けないから、こうなったのよ! あの子の所為で私の評判まで下がる一方よ!』


『……』


『どうして問題ばかり起こす悪い子になったの!?私の子なのにおかしいじゃない!』


『……』


『私の期待を裏切ってばかり!あんなに出来が悪いなんて、貴方に似たせいだわ』


 暴言を言い続けるラース副団長夫人に呆れるしかない。

 自分の娘だろうに。

 子供の教育は片方に丸投げしていいものじゃない。それをせずして文句ばかり。この人は何様だ?


 その後も延々と夫と娘に対する不満を垂れ流していた。

 お陰で病院内は「あの女性はやばい」と、話題が持ちきりだった。



「実に興味深い女性でしたね」


「母親になれない人だな。いや、なってはいけないタイプだ。よくいるタイプではあるが」


「いますか?暴言ばかりでしたよ?あそこまで家族を罵るのは異常だと思います」


「まあ、旦那に離婚を申し込まれて、そのうえ、娘が精神科に通院なんだ。怒りが爆発したんだろう」


「それにしたって……」


「副団長も言ってただろ?『妻はプライドの高い女性だから』って。理想も高かったんだろう」


「理想ですか?」


「ああ、自分の望んだ理想の家庭っていうのがね。だが現実は違う」


「それで、あんな感じに……」


 最初は、伯爵家に数年娘を預けたので親子としての関係の構築ができないのだと思っていた。

 親が親になりきれない。

 当然だ。子供を育てていないのだから。

 けれど……。

 あのタイプの女性を妻に持ったんじゃ、遅かれ早かれ家庭は崩壊していたのでは? そう思えた。


「自分は悪くない。悪いのは全部、夫や子供の所為」とでも言いたげな態度だった。

 子供の癇癪か?

 患者は間違いなくこの女性の娘だと確信したよ。責任転換するところとか。


 もし、もしもだ。

 夫人が娘が家に戻ってきた段階で、家族としてちゃんと娘と向き合っていたら。

 王宮での仕事を辞めて、家族と共に過ごしていれば。


 色んな「もしも」を考慮しても、やはり最後は破綻していたとしか思えない。

 夫人は自分の思い通りにならない環境が我慢ならないのだ。

 だから、娘も夫も、夫人にとっては『思い通りの理想の存在』にしたかった。もしくはソウであって欲しかった。


 これは想像だが、恐らく、夫人の理想としては、『王宮務めになった自分を応援してくれる社会的に地位の高い夫。離れていても高位貴族並の女性に育っている美しい娘』。これが一番の理想だった筈だ。


 だが予想外のことが起こり、娘は脱落した。

 ならば、『母の留守を守るしっかり者の出来の良い娘』を目指そうとしたのだろう。


 だがそれもダメだった。

 そもそも離れて暮らしているんだ。「そうなってくれるはず」なんていう願望の押し付けは無理だ。家で洗脳教育を施すのなら兎も角。夫人に至っては「自分の子供なら優秀」と思い込んでいる。「理想の娘に育てる手間暇」を一切かけていない点でお察しの案件だった。


『私の子なのに!』


 娘を所有物と思っているうえに、夫人の理想は高すぎた。

 それが問題なのだ。

 理想と現実の差が激し過ぎる。

 

「母親との面会は禁止だな」


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