第24話副団長side ~娘の変化1~
娘が伯爵家に行ってからは、独身寮に移り住んだ。
その方が何かと都合がよかったからだ。独身寮は、賄いのおばさんが食事を作ってくれる。独身寮にいれば、仕事終わりにすぐに寝れる。
朝は早く起きて、訓練場に行く。急な仕事で帰寮が遅くなったとしても、食堂で賄いを食べられる。
仕事と訓練ばかりの毎日は忙しいが、気が楽だった。
ロディーテが娘を伴って訓練場に遊びに来てくれる。
俺に娘を会すためだ。その都度差し入れを持って来てくれるので流石に申し訳なかったが。
『私とお従兄様の仲じゃない』
『俺以外の騎士にも差し入れしているだろう?』
『ええ、皆にもしているわよ』
さも当然のように言うロディーテに、俺は何も言えなくなった。
違うな、最初は申し訳なくて何度か断ろうとしたが、ロディーテの押しに俺が負けたんだ。
『私が好きでやっていることよ。お従兄様は気にしないで』
『伯爵は知っているのかって?勿論よ。ユーノスの許可はでているから心配しないで』
ロディーテがそう言うならと、俺もそれ以上は何も言わなかった。
プライド伯爵が許しているのなら、気にする必要もないだろうと。
騎士団への差し入れがどんどん豪華なものになっていくのも申し訳ないと思いながらも「いつもありがとう」の言葉で終わらせていた。
エンビーの衣類が貴族令嬢のそれに変わっても、俺は何も言わなかった。
ロディーテの見立ては間違いない。
エンビーが着ている服はどれもセンスがいいし、エンビーに似合っている。
黙っていれば貴族令嬢にも見える。
そう黙っていればな。
喋るとやっぱり俺の娘だな、と思う。
なんていうか、エンビーの本質は貴族とはかけ離れているからな。
ロディーテが娘を構い倒して、娘も俺よりもロディーテに懐いていた。
そりゃそうだ。
仕事で構ってやれない父親よりも、毎日遊んでくれるロディーテの方がいいのは当然だ。
ただ気になったこともある。
『娘さんの容態はどうなんだ?』
『見舞いには行ってるのか?』
俺は何度もロディーテに尋ねた。
その度に「お従兄様ったら心配性なんだから」と笑われた。
心配もするだろう。
大病を患っていることは俺でも知っているんだ。
「大丈夫」というロディーテの言葉を信じきることはできなかった。
それでも人様の家庭のことに口だすのは憚られる。
相手は伯爵家だ。
騎士爵にすぎない俺が口出しできるわけがない。
最初の頃は兎も角、エンビーに構うようになってから、ロディーテは娘の見舞いに一切行っていないことを俺は知らなかった。
いや、薄々気付いてはいたんだ。でも気付かない振りをした。
俺が口を出すことではないと、見ない振りをしたんだ。
今にして思えば、あの時何か言っていれば未来は変わったのかもしれない。
でもあの時の俺に何が言えた?
ロディーテに酷くなついている娘の無邪気な笑顔に、俺は何も言えなかった。
娘の笑顔を曇らせるのが怖かったんだ。
病と闘っている伯爵令嬢に申し訳ないと心で謝罪しながら。
俺は見て見ぬ振りをした。
娘が十歳になった年だ。
伯爵令嬢が全快し、屋敷に戻って来た。
その後のことは、一年前から伯爵家の執事によって聞かされていた。
伯爵令嬢は一年前に病を克服していた。
リハビリを頑張っている最中だと。
俺は「よかった」と素直に祝福した。
ああ、この時点で娘を家に戻しておけばよかった。
丁度、雇用期間の二年目。
三年目の契約満了まで後少しだった。
契約が切れて、家に戻っていれば……。
あの頃ならまだ間に合っていたのかもしれない。
俺は父親でありながら娘の変化にまったく気付かなかった。
大きな屋敷でそこの令嬢の如く扱われ、女主人に、
娘はこの生活が
普通に考えたらあり得ないことだ。
だがその「あり得ないこと」をエンビーは「普通」だと信じてしまった。
エンビーの「普通」は、伯爵家の令嬢として過ごす日々の生活だ。
なら、それに見合った教育を受けるのかといえば……残念ながらそうじゃない。娘はそういうことを嫌った。
『エンビーちゃんはまだ子供だもの。焦る必要はないわ』
『女の子だもの。勉強ばかりじゃね』
『エンビーちゃんはオシャレが大好きなのよ。やっぱり女の子よね』
『嫌がること無理矢理させるなんてできないわ。可哀想じゃない』
報告ってわけじゃない。
ロディーテとの会話はどうしても娘のことになる。それは自然なことだった。
会話の中で娘が勉強を毛嫌いしていると分かった。
聞いていた時は特に何も思うことはなかった。「ああ、そうか。嫌いなことはしたくないだろうな」としか思わなかった。ロディーテは大したことじゃないと言わんばかりの態度だったし、俺も深刻に考えなかった。
気付かなかった言い訳だ。
妻がなまじ優秀な女だったから、娘までそうだと勝手に思い込んでいた。もうちょっと大きくなれば分別もついて勉強だって自然とやるだろう、ってな。笑っちまう。
自分だって勉強嫌いで剣ばっかり振り回していたっていうのに。
母と娘はまったく違う人間だっていうのに。
伯爵令嬢が病を克服し、屋敷に戻ってからエンビーの生活は一変した。
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