第20話副団長side ~責任~
母親が、自分ではなく他人の子供を優先して可愛がるなど、あってはならないことだ。
ましてや、それが幼い子供なら、なおさらだろう。
実子からすれば、母親を奪われたようなものだ。たまったもんじゃねぇ。
……ああ、これが自分の娘に起きたことでなけりゃ、俺だって冷静でいられたさ。
俺達夫婦の怠慢のせいで。
割を食った伯爵令嬢には申し訳ない。
「ラース副団長、これは受け取れない」
騎士団長から辞表を突き返された。
「団長、俺は、責任を取らなければ……」
「お前のせいではないだろう」
「しかし!」
「娘さんのことは知っている。それが何だ?お前のせいではないだろう」
「親としての責任があります」
「確かにな。だが、お前は何も知らなかったんだろう?それに、だ。娘さんと一緒に暮らしていたわけじゃない。こう言っては何だが、七歳の時に手放したも同然だったんだ。それを親だからといって騎士団を辞める必要が何処にある?娘さんだって十二歳だ。幼児じゃない。自分で判断し、行動した結果だ」
「ですが!」
「それにな、娘さんに犯罪歴が付いたわけじゃない。プライド伯爵家は不問に処すと仰ってくださっているんだろう?ならそれを享受すればいい。寧ろ、これ以上、事を荒立てるな。お前自身もそうだが、お前の奥さんにまで飛び火しかねない。幸い、娘さんは未だ更生できる年齢だ。今後を見据えて、ゆっくり考えろ」
「……」
「お前はこのまま騎士団にいろ。今の職務を全うしろ。私はお前を買っているんだ。いずれは、私の後釜に座って欲しいとすら思っている」
「団長……」
「ジャスティ、この辞表は破り捨てる。いいな」
「……はい」
目の前で辞表がビリビリと破かれていく様を黙って見ているしかなかった。
生半可な気持ちで書いたわけじゃない。
犯罪歴が付かなかっただけで、娘のしたことは立派な犯罪だ。
そのことは俺が一番よく分かっている。
騎士団に留まるには相応しくない。
頭では理解しているのに、気持ちはホッとしていた。
本当は辞めたくなかった。
この仕事に誇りとやりがいを感じていたからだ。
……情けない。
覚悟など俺にはなかったのさ。
「ラース副団長、これからもよろしく頼む」
「……はい」
騎士団長から差し出された手を、俺は強く握り返した。
それ以外に何ができた?
何もできなかった。
そうだろ?
騎士団のトップから是非に、と言われちゃあ。言い訳だ。ああ、俺は辞めたくなかった。団長はそんな俺の浅はかな願いを知って、こうしてくれたんだ。なさけねぇ。団長が、じゃねぇ。俺自身が、だ。
「それでいいのよ!何を躊躇うことがあるの?あの子の件は既に終わったことなんだから!変に蒸し返すような言動は慎んでちょうだい!」
「でもよぉ……」
「でももしかしもないの!いい?貴方はもう騎士団の副団長なの。その辺の一騎士じゃないわ。責任ある立場にあるの。騎士団の、それも国王陛下の直下なのよ?下らないことで立場を危うくしないでちょうだい!」
「……」
「あの子の件は一部の人間しか知らない。それを貴方が急に騎士団を辞めたなんてことになったら勘繰る人だって出てくるの。伯爵家だって迷惑に思うはずよ。エンビーだってそう。貴方は自分の娘が可愛くないの?あの一件が噂にでもなったらエンビーはどうなると思う?あの子の将来に傷が付くの!そんなことも分からないの?」
妻の剣幕にただ頷くことしかできなかった。
妻の言うことも分かるのだ。
俺が騎士団を辞めたら、伯爵家に迷惑が掛かることも。エンビーに不利益が生じることも。
でも……と思わずにはいられない。
ほんとうに情けねぇ話しだ。
団長に辞表を破り捨てられてホッとした。
これで辞めなくてすむ、ってな。
なのに……。
後悔ってのは後から押し寄せてくるってのは本当らしい。
これで本当によかったのか?後悔してないのか?――ってな。
俺は……。
俺達家族が壊した親子関係。
従妹の家庭を壊したっていうのに。
その発端が自分の娘にあると分かっていながら、何もせずに見過ごしちまったんだ。
何もしなかった。
後悔している。
娘も悪いが、俺も同罪だ。
エンビー、お前は伯爵一家に悪いと思っていないのか?
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