第18話怖い人

「すまないね。ユースティティア。お前にも苦労をかけてしまって」


「いいえ。躾のなっていない愛玩犬はあんなものです」


「そうだな。一応、躾けるように言ってはいたんだが。がいけなかったのかもしれないな」


「あら?を借りたのではなかったのですか?」


 両親が揃っている以上、野良という表現はおかしい。

 もっとも、彼女を“犬”で例えている私もお父様のことは言えませんね。父娘揃って大概酷いことを言っている自覚はあります。ええ、貴族らしく皮肉とユーモアを効かせた会話。


「お前の言う通りだよ、ユースティティア。残念なことに室内犬ではなかったらしい。だが、一応、飼い犬と聞いていたものだからね。てっきり室内犬だとばかり思っていたんだ。まさかだったとは。まったく。困ったものだよ。まあ、勘違いした私もいけないんだけどね」


 飼い犬でも殆ど放置されていたと。

 一応、首輪はされていたので、飼い犬の部類には入っていた……と。


「ここまで、主人の言うことを聞かないとは思わなかった」


「ふふっ。主人は、お父様ではなくお母様ですもの。仕方ありません」


「はっはっは。それも、そうか」


「はい」


 随分ご機嫌な様子。

 やっぱり、お父様にしても彼女の存在はストレスだったのかしら。


「あの様子だと、これから先も大変そうだ」


「はい」


 放し飼いの犬というのは野良犬孤児を躾けるよりも、きっと手間と時間がかかる。

 正真正銘の野良犬ならば、拾ってもらった恩義を忘れない。

 しかし、中途半端に飼われていた犬は恩義など忘れてしまう。

 どこまでも、中途半端なまま。

 それを覆うためにも、徹底的に躾け直さなければいけなかったのに。

 甘やかしてしまったのが運のツキ。

 もっとも、レンタル犬である以上、恩義など最初から存在していないのかもしれないけれど。


「どうした?浮かない顔をして」


「いえ……ところで、お父様。後は騎士団に任せてしまうのですか?」


「ああ、彼らの監督不行き届きだ。当然、彼らに責任を持ってもらう」


「はい。それがよろしいかと」


「しかし、ユースティティア。お前は本当に賢い子だね。あの犬がどういう存在か、ちゃんと理解しているのだから」


「いえ。これくらい、プライド伯爵家の娘として当然です」


 本当に。

 それくらいは理解していなければ、お父様の娘などやっていられません。

 お母様には甘い顔しか見せないけれど、怖い人です。


「では、私は部屋に戻るとしよう。ああ、そうだ。ユースティティア」


「はい」


「安全を考慮して、暫くお祖父様達のところにいなさい」


「かしこまりました」


 安全。

 彼女が再び突撃してきたところで痛くも痒くもないでしょうに。

 これは何かの比喩かしら。

 それとも何かを画策しているのかしら。


「それでは、お父様。失礼いたします」


「ああ」


 一礼し、父の部屋から退室する。

 退室すると、すぐさまフィデが姿を見せた。

 ドアの前で待っていたのね。

 フィデだって暇ではないだろうに、きっと心配しているのね。


「お嬢様、大丈夫ですか」


「ええ、私は大丈夫よ」


「しかし……」


「本当よ。それよりも」


「はい?」


「お父様からの命令で、明日から暫くお祖父様達のところへ行くことになったわ。フィデはどうする?」


「私も参ります」


「ふふっ。ありがとう」


 暫く、とは言っていたものの。

 きっと、お父様は私を公爵邸で暮らさせるつもりでしょう。


「では、明日に備えて早く寝ましょうか」


「はい、お嬢様」


 いつ行くのかは命じられていないけれど、早ければ早いほどいいでしょう。何事も早ければ多少のことでも動じずにいられるというものだわ。

 翌朝、私とフィデは父と使用人達に見送られて、公爵邸へと向かった。



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