マリオンは真実を知って言葉を失った

「私も知ったのは事件の後だったんだけどね……」


 衝撃映像を見てしまった王妃の秘密サロンから、怪我をしたエドアルド王子の私室へ向かいながら事情を聞いた。


「母上は元々、エドの生母殿の隠れファンだったそうで」


 亡くなったエドアルド王子の母親は低位貴族の令嬢で、国内では舞台演劇の女優だった。


 他国なら貴族令嬢が芸能人など考えられない話だが、ここは芸術と虚飾のタイアド王国だ。

 芸能人や芸術家を職業とする貴族は案外多い。


「母上みたいな人をツンデレというのかな……。表面上、ファンであることを隠していたけど女優時代も、父上と恋に落ちて側妃となった後も密かに支援を続けていたそうなんだ」


 さすがにマリオンも嘘だろ、と思った。


「まさか、ファンだった女優の息子だから、エドのことも気に入ってた……とか?」

「そのまさかさ。エドは亡くなった母君に顔立ちがそっくりなんだ。今年から国内で大発生したお野菜モンスターの討伐任務も、母上がエドに華を持たせるためのものだったらしいよ」


 王家は優秀な剣士のエドアルド王子を討伐任務に就かせるだけでなく、冒険者ギルドにも調査と討伐依頼を出していた。


 調査任務を受けたのが、あの魔力使いのハスミンとガブリエラ姉妹だ。

 そして彼女たちはこの短期間で実地調査を繰り返し、既に調査結果をまとめている。


 お野菜モンスターの大発生、大繁殖は人為的なものである。


 仕掛け人をペンデュラムでチェックすると、特定の魔力使いたちや王妃の名前で黒と反応した。


 などなど。


 それらの調査報告を見て、国王と一緒にクリストファー王太子がマルガレータ王妃を問い詰めた。


 結果、観念して王妃はすべてを白状したわけだ。


『すべてはエドアルド王子のためよ!』




「母上はエドと君の仲を裂きたかったみたいなんだ」

「なぜです? 僕たちはただの幼馴染みですよ」


 冷たく言い返すと、王太子は困ったような顔になった。


「エドは幼い頃、君に逢って以降ずっと、君が前世からの運命の人だと言っていた。私の母上の前でもね」

「それが何の……」

「そして、我がタイアド王国は同性婚を認めていない」


 ぴしりと念押しするようなクリストファー王太子の言葉に、マリオンは押し黙った。


「……知ってます」


 マリオンは顔にかけている変装用の眼鏡の、分厚い瓶底のようなレンズに触れた。


 この眼鏡は魔導具だ。かけた人間の外見の印象を変える効果がある。


 マリオン本人は可憐な美少女顔の美少年だが、この眼鏡をかけることで平凡などこにでもいる男子に見せている。


 元々、マリオンの実家ブルー男爵家に伝わっていた魔導具で、マリオンが改良して多機能になった。


「タイアド王国が同性婚どころか、同性愛にも厳しい国だって、ちゃんと知ってました」


 王宮内の回廊で立ち止まり、マリオンは眼鏡のレンズに魔力を通した。


 するとマリオンの容姿が変わる。


 眼鏡の瓶底のような分厚いレンズも、顔立ちもピンクブラウンの髪もそのままだったが、体型が少年の細身から、少女の柔らかな外見に変わった。


 何と女性らしい膨らみまで胸元にできている。


「子供の頃、タイアド王国の文化を調べて、同性愛者が厳しい目で見られるって知って、それで……」

「それ、外見が変化してるように見せてるだけだろ?」

「……はい。女性に見えても僕は男のままです。元は諜報員が変装用に使ってた魔導具ですから」


 エドアルド王子は文通の中で毎回マリオンに好き好きと伝えてくれていた。


 だがマリオンは、タイアド王国の文化を知ってからは彼と結婚どころか、恋人になれる可能性もなさそうだと知って絶望したことがある。


 結局、一緒に遊んだのも幼い頃に自宅に遊びに来てくれた一度きり。

 祖父のダリオンや遠縁の姉妹たちはタイアド王国にたまに行っていたが、マリオンが国を出ることは認めてくれなかった。


「姿だけでも女の子に変えたら、エドと一緒にいても誰にも文句を言われないかなって……」


 目が熱い。こぼれる涙を止められなかった。


 眼鏡を外すとすぐ姿は元々の男のマリオンに戻った。

 その下から現れた可憐な顔に、クリストファー王太子も護衛の騎士たちも息を呑んだ。


「ああ、これは……。参ったな、君を泣かせたと知れたらエドに怒られる」


 王太子がハンカチで、マリオンの濡れる目元や頬を拭う。


 弟王子の愛するブルー男爵令息マリオンが容姿に優れていることは報告を受けて知っていたが、まさかこれほど可憐で愛らしい顔立ちとは思わなかった。


「さあ、泣き止んで。もしエドが目を覚ましたなら、最初に見たいのは泣き顔より笑顔だと思うからね」


 ちょうど王家のプライベートエリア、エドアルド王子の私室の扉の前だった。



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