side マリオンの前世~巻き込んで本当にごめんなさい

 だが、そんなルシウスの激励を受けていたにも関わらず、やはり恋人とベッドの中で最後まで致すには至らなかった。


 逞しい胸に抱き締められ、たくさんのキスを顔に落とされ、宥められたのだが。


「大丈夫だ、グレン。俺はいつまでだって待つからよ」

「もう無理、無理だよ先輩……。僕たち別れよう」

「は? 逃すわけねえだろ」


 なに馬鹿なこと言ってんの、とばかりの呆れた顔と声の恋人に、ついカッとなってグレンは言ってしまったのだ。


「先輩のそういうとこが嫌いなんですよ! 自分の気持ちを押し付けてくるばっかりで僕の気持ちは考えてくれない!」

「な、何だよいきなり……」


 逆ギレしたグレンに面食らった彼は落ち着かせようと腕を伸ばしてきたが、ばしっと力一杯弾いた。


「……ルシウスさんみたいに大人な人が恋人だったなら、こんな惨めな気持ちにならなかったのかな」

「おい。何でそこであの人の名前が出てくるんだ」


 恋人の先輩の声が低くなって、不味いと思ったがもう止まらなかった。


「悪いですか? 僕が本当に好きなのはルシウスさんなんだ。先輩が強引に迫ってさえ来なかったら、今頃あの人を落とせてたかもしれないのに!」




 というのが、マリオンの前世グレンが、エドアルド王子の前世だった恋人についた大嘘だった。


 グレンはその後、すぐ恋人の前から逃げ出して身を隠した。

 いや、ルシウスのいる西の小国に駆け込んで、ほとぼりが冷めるまで適当に隠れていた。嘘とはいえ浮気相手のルシウスの近くにいたほうが、嘘の信憑性も増すと考えたのだ。


 すると恋人の先輩は、ルシウスを自分の恋敵と誤解したまま彼にグレンを賭けた決闘を申し込んだのだ。


「ルシウスさんよう。あんた、人のモンに手ぇ出すような男だとは思ってなかったぜ」

「ま、待て、何か誤解があるのではないか? まずは話し合いをだな……」


 言いがかりをつけられて詰め寄られたルシウスはひたすら困惑していた。

 他人の恋人に、たとえちょっかい程度だったとしても、この男が手を出すわけがないのだ。

 ルシウスの心の中には遠い日に失った愛する人の面影が消えることなく刻まれているのだから。それはグレンも周りの者も皆知っていた。


「問答無用! 勝負だ!」

「致し方ない……剣聖にまで至ったその力、このルシウスが見定めてくれよう!」


 結果がどうなったかはわからない。決着がつく前にグレンは逃げ出してしまったから。


 多分、恋人の先輩のほうがボロ負けしただろう。

 ルシウスは聖剣を持つ聖者でありながら、“魔王”のあだ名を持つ男だ。過去には彼の逆鱗に触れて、家屋敷どころか土地ごと蒸発させられた悪人もいるほどで。


(ああ、きっと僕もルシウスさんの聖剣で消し炭にされちゃうんだろうな。変な嘘ついて巻き込んでトラブルを起こしてしまった。……ごめんなさい)




 それからは、もう逃げて逃げて、世界中を旅して回った。


 消息を絶っていたグレンが、故郷に残してきた異母妹の魔導具師カレンに見つかってしまったのはそれから何年後のことだったろうか。


「見つけたわよ、お兄ちゃん!」


 まさか自分を連れ戻しに来たのか、とその場からまた逃げようとしたところを、両隣から腕をがっしり掴まれた。


「弟子に頼まれちゃあね。逃さないわよ、グレンくーん?」

「逃げ足が早すぎるわ。これはもう才能ね」


「ハスミンさん、ガブリエラさん!? どうしてここに」


 ブルー男爵家の遠縁の姉妹だ。

 グレンはあまり交流がなかったが、とても力のある魔力使いだそうで、妹のカレンは学園生時代から弟子入りしてあれこれ習っていた覚えがある。


「あたし一人じゃ見つけられなかったから、師匠たちに探索を一緒に頼んだの。……お兄ちゃん。ライルさんはどれだけ逃げても追ってくるわよ。もう諦めなさい」

「無理だ。僕はもうあの人とはやっていけない!」

「お兄ちゃん……」


 ライルというのが、エドアルド王子の前世の名前だ。

 侯爵家の嫡男で、騎士団の副団長の令息でもあった。

 グレンがライルと別れようと思ったのは、自分が男爵家の庶子、彼が名家の侯爵家嫡男の身分差のこともあった。


「もうやり直せないんだ。僕のことは放っておいてくれ!」


 それからどうにか、妹たちから逃げることができた……のだろうか?

 グレンにも、生まれ変わったマリオンにも記憶がない。


「お兄ちゃん。生まれ変わったぐらいでライルさんから逃げられると思ったら甘いわよ?」

「そうそう。あの子、剣聖の能力ぜーんぶあなたを探すのに全振りしてたわ」

「……人生、時には諦めも大事じゃないのかしら」




◇◇◇




「ピュイ?」(マリオン、おきた?)

「うん……」


 寝起きなのに、何だか全力疾走した後のように疲れている。

 身体を起こそうとして、マリオンはまたルミナスの極上の羽毛にもふっと戻った。


(全然追って来ないじゃないか。所詮僕たちの関係なんかその程度のものですよ、先輩)


 夢の中と、夢うつつのぽややんとしたときだけ、マリオンは前世のことを覚えている。


 この後、意識がもっとはっきりしてきたら、前世の自分もエドアルド王子のことも、曖昧になっていくのだ。


 記憶が曖昧に薄れるまでの僅かな時間、いつもマリオンの胸が鈍く痛む。


(先輩、結局あの後、結婚はしたんですか。確かご実家からお見合い何件も持ち込まれてたって噂に聞きましたよ……)


 もう百年も前のことだが、国に帰って過去の貴族名鑑を探せば多分、前世の恋人の足跡は確認できるはずだった。


(でも、怖い。全然終わりになんかできてなかったな。馬鹿な前世の僕め)



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