side マリオンの前世~ハイヒューマンのおじちゃんはまだ健在
マリオンの前世グレンは学園を卒業して成人した後は、庶子のため実家のブルー男爵家を継がなかった。
ブルー男爵家は当時から商会経営で有名だったので、商品仕入れや売り込み、流通のノウハウを実父や義母から学んだ後は独立して行商で生計を立てていた。
拠点はいくつかあったが、西の小国は物価も安く、学生時代の先輩の叔父が移住して屋敷を持っていたので部屋を一部屋借りて滞在時に利用していた。
ルシウスという名の彼は聖剣の聖者と呼ばれたハイヒューマンで、百年後の現在も健在だ。
今も西の小国にいて、ダンジョンの管理などをしながら悠々と暮らしている。
ルミナスたち
マリオンにルミナスの卵を与えたように、必要な者や認めた者に
「実は先輩と別れようと思っているんです」
ルシウスの屋敷に滞在中、趣味で裏庭の畑の手入れをしていた彼に、木陰のベンチに座ってマリオンの前世グレンは話しかけた。
この頃は確かまだ二十代前半だった。
「ライルと? 彼が君をそう簡単に逃すとは思えないのだが……」
訝しげな彼に、グレンはぽつりぽつりと自分のことを語った。
過去の事件で性的暴行の被害に遭って以降、どうしても恋人の先輩とベッドインできない。怖い。
「そうか。辛い経験をしたな。慰めてやりたいが私では役不足なのだろうな」
「こういうの、カウンセリングとか行けば治るものなんでしょうか?」
「カウンセリング? まあそれもひとつの手段だろうが……」
ルシウスは作業着姿のまま、ちょいちょいっとグレンを手招きした。
「?」
呼ばれるまま畑に入る。季節は夏。ルシウスは夏野菜を育てていて、まだ涼しい午前中に収穫していたのだ。
「私も幼い頃はその手の被害によく遭った」
「えっ。ルシウスさんがですか!?」
彼は聖剣の聖者として知られている。間違いなく世界最強の一角だ。
「ああ。我ながら美形だろう? 少年時代はよくその手の誘いをかけられたし、誘拐されかかったこともある。幸い身を穢されることこそなかったが……まあ頻度は多かった」
「………………」
本人が言う通り、ルシウスは大変な美丈夫だ。
確かこの頃には四十代近かったはずだが気力も体力も漲っており、青みがかった銀髪と薄い水色の瞳を持つ麗しの容貌は老若男女を問わず人々の憧れの的だった。
そんな彼だから若い頃は天使のように可愛かったのだろう。
だからグレンの気持ちがわかると言いたいのだろうか。
と思ったら全然違かった。
「グレン。君がそのような被害に遭ったのは、君が弱かったからだ」
「……はい」
「私のときは周りの大人たちが良い知恵を授けてくれた。これをご覧」
とルシウスが食べ頃のナスを一本と、赤々と熟れたトマト二個を掴んで、引っ張るように収穫した。
(あれっ。剪定ハサミで切らないのかな?)
などとグレンが不思議そうに見ている目の前で、彼はそれらを両手に力を込めて握り潰した。
ぶしゃーと、特にトマトが瑞々しい汁を噴き上げてグシャグシャに潰れた。
赤い汁がルシウスにも、近くにいてしゃがんでいたグレンの顔にもかかった。
「わかるな? 己の意に反して無体を強いてくる輩がいたら、もげ。潰せ。ああ、何をか? などと聞いてくれるなよ? もちろん男の股の間の竿と玉だ」
ニヤリと笑うその顔にもトマトの汁が鮮血のように飛んでいる。まるで今さっき魔物でも殺してきたかのように。
「たとえステータスの魔力値や体力値が低くとも、もいで潰すぐらいの力なら、か弱い少女でも獲得可能なのだ」
「は、はい」
「君はとても愛らしく、人を誘う容姿を持っている。これからも性的被害に遭う可能性は少なくないだろう。……鍛えなさい。それで君の弱さはだいぶ克服できるはずだ」
(さすがルシウスさんだ。下手な慰めをしてくる連中とは格が違う!)
グレンが改めて、この聖剣の聖者様を深く尊敬した出来事だった。
励ましが予想の斜め上過ぎて笑うしかなかった。
その後はルシウスと一緒に夏野菜を収穫して、彼の弟子たちと一緒にトマトソースのパスタをご馳走になった。
胸に染みるような美味だったのを覚えている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます